第九章 15
※大人表現ご注意ください
千鶴はいつもより丹念に入浴を済ませた後、桐秋の寝室へと向かう。
着ているのは、白い襦袢に薄い桜色の羽織。千鶴なりの花嫁衣裳のつもりだ。
短い廊下を緊張しながら進み、桐秋の部屋の前で一つ息を吐いて静かに扉を開ける。
行灯の薄灯りの向こうには最愛の人が待っていた。
部屋に入る前はこれを結婚初夜と考えるならば、夜の挨拶が必要だろうか、などと考えていた。
三つ指をつき、夫となる桐秋に未来永劫の愛を誓う。
しかし、桐秋と視線が交わった瞬間、そんなことは必要ないのだと知る。
今は言葉ではない、ただただ千鶴の存在が求められている。
熱をもった漆黒の瞳に吸い込まれるように、千鶴は桐秋の胸に飛び込んだ。
桐秋は大きな懐に千鶴を包み込むように受け入れる。
しばし抱き合いながら、互いの熱を分かち合う。
――やがて桐秋と千鶴は自然に見つめ合う。
顔と顔の距離がゆっくりと近づき、・・・本当の意味でやっとふれあった。
一回目はそっとふれるだけ、二回目は角度を変えて、三回目は、桐秋が千鶴を絡めとって。
千鶴の息が荒くなっていることに気付き、桐秋がゆっくりと唇を離すと、千鶴は頬を染め、瞳を潤ませてこちらを見ていた。
夢現の中にいるような千鶴の悩まし気な表情に、桐秋が欲を刺激され、再び唇を合わせようとすると、千鶴は拗ねたように唇をすぼめる。
「慣れていらっしゃるのですね」
濡れた上目使いの瞳で桐秋を睨む愛おしい女。
その愛らしい表情と嫉妬に、桐秋は顔が緩む。
しかし、それをぐっと堪え、誠実に、それでいて正直に告げる。
「一夜限りの不誠実な真似がなかったとは言わない。
それに幼い頃、花の妖精に出会って芽生えた淡い想いが恋というなら、あれが私の初恋だろう。
だが、この焦がれるような、いつまでも燃え盛っているような激しく狂おしい想いを抱いたのは、君が初めてだ」
桐秋はこれではダメか、と妖艶でいて、どこか子犬のような寂しげな瞳で千鶴を見つめてくる。
千鶴は桐秋の情熱的な言葉を嬉しく思う一方で、あざとい瞳に絆されたことが悔しく、赤らめた顔で頬を膨らます真似をする。
本当は怒ってなどいない。
千鶴はそんな桐秋も含め、愛しいのだ。
桐秋もそれをきっと分かっている。
千鶴の怒った真似も続かず、いっときすると二人は顔を見合わせ笑い合う。




