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幸い(さきはひ)  作者: 白木 春織
第九章
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第九章 ⑨

 就寝時間になり、いつものように千鶴は自身の布団を敷く。


 そうすると、部屋の広さと構造上、桐秋の布団の横に千鶴の布団が並ぶようになる。


 千鶴はそのことに少し前、新妻(にいづま)といわれた時と同じ気恥ずかしさを覚えながら布団に入る。

 

 すると先に布団の中にいた桐秋が、就寝用の絹の手袋をした手を千鶴の方に差し出した。

 

 手と一緒に向けられた桐秋の目線は、千鶴と同じ高さにある。


「こうして手を繋ぎ、君の顔を見て眠りたかったんだ」


 そう言って桐秋は少年のような無垢な笑みを浮かべた。


 千鶴はその笑みの眩さに焦がれるよう、手を布団の外に伸ばす。


 出した瞬間、桐秋に強く握られる手。


 それは病魔に侵されているとは思えないくらい、ちから強い握力。


 少年とはかけ離れた大人の男の力。


 千鶴はその手の強さと、布越しでも伝わる熱いほどの体温に、この人はまだ生きているのだと感じる。


 それでもすぐに、いつまでこんな幸せな日々が続くのだという拭いきれない不安が千鶴を襲う。


 それは桐秋が体調を崩して、血を吐いてからは(いちじる)しく、千鶴にはりついて消えてくれない黒い影。


 そうなれば独り布団に隠れて、声を殺して泣くしかない。


 けれど、今日の千鶴は桐秋と繋がっている。


 手の震えから異変を感じとったのか、桐秋が


「どうした」


 とことさらやさしい声で千鶴に問いかける。


 千鶴は涙声を抑えて、

 

「なんでもありません」


 と答える。


 しかしそれは桐秋には通用せず、たちどころに千鶴の布団がめくられた。


 そこに隠れていたのは、桐秋が血を吐いてからも、気丈にふるまっていた看護婦の姿ではない。


 肉食獣に今にも食べられんとする小動物もかくやという、恐怖に身を震わせ、涙の粒を目尻いっぱいに貯めた愛おしい女の弱り切った姿。


 その様に桐秋は狂おしいほどに胸を締め付けられる。


 そして、想いのままに女を懐に引き寄せ、強く強く抱きしめた。


 すると、桐秋の自身を抱く手に、決壊寸前でせき止められていた堤防(ていぼう)が崩れたのか、千鶴は桐秋の胸元を掴み、幼児のように声を上げて泣き始める。


 

千鶴がずっと不安を押し隠していたことを桐秋は知っていた。


 夜半、桐秋が血を吐いて横になった後、泣きそうな顔をして己を見つめていたことも。


 だが千鶴は桐秋の前でそれらを一切見せず、笑顔でいた。


 正の感情を表す時は人前でも目一杯に泣くのに、負の感情、特に自身に辛い想いがあるときは独りで隠そうとする。


 だから、千鶴が独りで泣かないようにと布団を並べた。


 残り少ない桐秋ができることは限られている。


 それでも、最後まで己のすべてを千鶴に(ささ)げようと決めたのだ。


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