表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幸い(さきはひ)  作者: 白木 春織
第一章
6/131

第一章 ⑤

 千鶴は自室に戻らず、診察室で父が行っていた診察具の消毒の続きを行う。


 急ぎの仕事ではないが、今は何か手を動かしておきたかった。


 作業に没頭しながらも頭をよぎるのは、先ほど父が見せた顔。


 いつも優しく、笑顔を絶やさない父のつらそうな表情。


 その顔の意味を考えながら、千鶴が作業を続けていると、玄関先で音がした。


 土を強く踏みしめたような音。


 窓から玄関の方を見ると、南山の車が表につけられたところだった。


 今しがたの音は車の停止音だろう。


――そういえば・・・


 父の様子があからさまに変わったのは、南山の名前を聞いてから。


 千鶴は診察室を飛び出し、玄関へと向かった。

 運転手が開けたドアから、今にも車に乗り込もうとする南山を、千鶴は遠くから声を張り上げ、呼び止める。


「南山様」


 南山はその声に振り返る。


 千鶴の姿を見とがめると、車に乗り込むのをやめ、駆けてくる千鶴を待っていてくれた。


 千鶴が南山の元につくと、南山は千鶴の息が整うのを待って、どうしたのか、と尋ねる。


「お忙しいところをお止めして申し訳ございません。


いきなりで大変恐れ入りますが、父と何の話をなさったのでしょうか」

 

 予想だにしなかった千鶴の言葉に、南山は驚いた表情を浮かべる。


 それにもかまわず、千鶴は矢継ぎ早に告げる。


「失礼を承知で申し上げます。


いつも柔和(にゅうわ)な表情を浮かべております父が、南山様がこちらにいらしたときから、とても苦しそうな顔をしております。


一体、南山様はどういったご用件で、本日こちらをお尋ねになられたのでしょうか」


 南山は千鶴の言葉に少し眉間にしわを寄せながら、難しい顔をする。


 怒っているのではない、何かを考えているような表情だ。


 そのまま下を向き、黙る南山に千鶴はなおも続ける。


「父と南山様の個人的な事情で、娘の私には関係のない話かもしれません。


それでも私は、父があのような表情を浮かべていることが心配なのです」


 父を想う娘のまっすぐな言葉。


 南山も思わず声を漏らす。


「いや、君に関係ないことではないが」


「では、なおのこと教えていただけませんか」


 迫る千鶴に、南山が顔を上げると、千鶴の真剣なまなざしと交わる。


 一切(にご)りのない透明な(ひとみ)は、口を(つぐ)むことを許さないとばかりに訴えかけていた。


 大の大人である南山もたじろぎそうなほど強い目だ。


 それに元来の目的で言えば、南山は千鶴に関わる話で西野にお願いに来た。


 本人に話さない理由はない。


 ただ、父親である西野に断られたので、持ち帰ろうと思っていたところだった。


 南山は西野に対する後ろめたい気持ちを抱えながらも、千鶴の(ちょく)と己を見つめる(まなこ)には逆らえず、ここを訪れた用向きを語り始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ