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幸い(さきはひ)  作者: 白木 春織
第五章
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第五章 ⑤

 診察が終わり、千鶴は中路を玄関先まで見送ろうと後をついて行く。


 すると、玄関の前で中路は振り返り、千鶴に話しかける。


「少し話ができないかな。桐秋様のことで聞きたいこともあるし、」


 中路の申し出に桐秋のことならばと、千鶴は頷き、玄関横にある洋間に彼を案内した。

 二人はテーブル越しに向かい合って座る。


 千鶴は中路にここにきて記してきた桐秋の観察記録を見せた。


 桐秋の一日の行動を基本に、客観的に見た桐秋の体の状態から、その日の献立、食べた量、桐秋のふとしたしぐさで気にかかったことまで、千鶴は事細かに記していた。


 中路はそれを真剣に見ている。


 ときおり、気になることがあると、千鶴に視線を合わせて訪ねてくる。千鶴もそれに真摯にこたえた。


 中路と千鶴は四半刻ほど桐秋の現状に対する意見のすり合わせをして、今後の診療方針について話し合った。


 千鶴は南山に伝えたとおり、このまま桐秋の桜病の研究と、彼自身の病の治療を両立させたい旨を必死になって伝える。


 中路は、千鶴が南山に提出した看護計画を見ながら、千鶴の話を黙って聞いていた。そして、


「わかった。人には生きがいはあったほうがいいという君の意見には僕も同感だ。


 それで、目覚ましい回復を見せた人を何人も僕自身もみてきた」


 そういって、千鶴の意見を受け入れてくれた。


 千鶴はあからさま、それにほっと一息つくと、中路は真剣な顔から一転、ふっと笑う。


 それに千鶴は、首をかしげる。


「君は変わらないね」


 そう言った中路の顔は優しい。


 彼は人の心を和ませる表情をする人だ。千鶴も自然と笑顔になる。


 それを機に、二人は力を抜いて、千鶴が入れた覚めたお茶を飲みながら、互いの近況についての話も始めた。

 中路は現在、私立大学の講師をしながら、上条が経営する病院の訪問診療を担当しているらしい。 


 それを聞いて千鶴は彼らしいと思った。


 以前、中路の実家は地方で開業医をやっていると言っていた。


 いずれそこを継ぐために、いろいろな症例の患者と接し、多くの経験を重ねていきたいとも。


 そうした思いもあって、中路は医師になってすぐ、地域住民とより密接に関わることのできる千鶴の父の診療所で働き、訪問診療にも精力的に出向いてくれていた。


 そして今もそれを続けている。


 千鶴は医師としての初志を貫く中路を看護婦として尊敬する。


 千鶴もここにいる経緯をかいつまんで、中路に説明する。


 中路からも笑いながら、西野先生に反対されても困っている人をほっとけないのが千鶴ちゃんらしいねと、返ってきた。


 その笑顔にやはり千鶴はほっとする。


 今の時世、女性が働ける職業が増えてきてはいるが、それが世間的に認められているかというとそうではない。


 特に千鶴が高等女学校を卒業した当時、女子が資格を得るため、それより上の学校に行くことはとても珍しかった。


 看護婦になる前から診療所を手伝っていた千鶴でさえ、父から看護婦の学校に行くことを反対された。


 そんな折、新人医師として診療所を手伝ってくれていた中路に、看護婦になりたいのだということを相談したことがあった。


 彼はそれを一も二もなく応援してくれた。


『これからは、女性が積極的に医学に関わっていくようになる。


 女性ならではの気づきや細やかな心配(こころくば)りなんかは、男にはとても真似出来ない。


 僕たち医者は看護婦の支えがなければ、なにもできないよ』


 そう苦笑交じりに告げられた言葉は、千鶴の看護婦になりたいという気持ちを後押ししてくれた。


 その出来事を思い出し、千鶴は温かい気持ちになった。


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