第三章 ④
廊下を直進し、玄関横の自室に戻る。
奥の襖を開け、畳んでしまってある布団に顔を押し付けて、声が出ないように泣く。
上段にしまってある布団は、千鶴が立って顔を埋めるにはちょうどいい高さで、行儀が悪いことはわかっていたが、千鶴はしばらく布団に突っ伏し泣いていた。
やっとのことで涙が止まり、顔を上げて鏡台を除くと、目の周りは真っ赤に腫れていた。
千鶴は手ぬぐいを持ち、台所の裏手にある井戸に向かう。
井戸に設置された手押しポンプを勢いよく押し、バケツに水を溜める。
千鶴は溜まった冷たい水を両手ですくうと、息を深く吸い、それを顔めがけて思いっきりぶつけた。
着物が濡れるのもかまわない。何度も何度もぶつける。
洗うのではない、ぶつけるのだ。
千鶴にとって、気持ちの切り替えの儀式。
ひとしきりそれをすると手ぬぐいにしばらく顔を押し付ける。
一切の負の感情をここに置いていく。
うじうじするのは終わり。
顔を上げたら前しか見ない。
今から自分がしなければならないことだけを考えるのだ。
――千鶴は勢いよく顔を上げる。その瞳は強く光る。何かを決めたまなざしだ。
そしてその決心を実現させるため、千鶴は離れとは反対方向にある建物へと歩を進めた。