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幸い(さきはひ)  作者: 白木 春織
第三章
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第三話 ②

 千鶴は寝ているかもわからない桐秋に配慮し、音を立てないよう襖を開け、そっと部屋に入る。

 

 部屋は薄暗く、目が慣れるまで少し時間がかかった。


 そして千鶴はそこで見た光景に言葉を失った。


 挨拶した際に見た桐秋の部屋は、療養のためのベッドと、あとは簡易の家具がある簡素な居室だった。

 

 その構成は変わらない。


 が、そこに追加されたのは大量の本。


 畳にはどこもかしこも本が積まれ、足の踏み場がない。


 ベッドには、寝ていなければならないはずの主人の姿はなく、そこにも本が(うずたか)く積まれている。


 本人はというと、すべての外光が奪われた部屋で、薄ぼんやりとした橙色の卓上ランプをつけ、文机(ふづくえ)で一心に本をめくっている。


「何をしておいでですか」


 その様子に千鶴は思わず駆け寄り、声をかける。


「なぜここに」


 いるはずのない人物が現れたことに、桐秋は眉を(ひそ)める。


 千鶴はその言葉に答えず、まくしたてるように言い(つの)る。


「桐秋様、このように暗い、換気の行われていない部屋で本をお読みになるのはおやめください。


ベッドできちんとお休みになってください。」


 千鶴は接触感染予防の手袋をはめた手で、力一杯桐秋の腕を引っ張り、ベッドに連れて行こうとする。


 が、桐秋はそれを乱暴に振りほどく。


 千鶴も諦めず再度、腕を掴んで連れていこうとするが、またも振りほどかれる。


 何度もその攻防を繰り返すが、桐秋は(かたく)なに動こうとしない。


 千鶴は重い息を吐き、桐秋を動かすことを一旦諦める。


 足を向けた先は、桜の庭に面した襖扉。固く閉じられたそこを思い切り開け放つ。


 暗かった桐秋の部屋に一瞬で、(くら)むような光が差し込んで来る。

 

 (ほこり)混じりの淀んだ空気も、新鮮な緑の匂いをまとったものに入れ替わる。


 換気を終えると、千鶴は続いて、所狭しと置かれた本を整えながら片付けていく。


 桐秋はよほど本を読むことが重要なのか、千鶴の行動を(とが)めることもなく、紙をめくる手を止めない。


 千鶴も何も言われないことをいいことに、てきぱきと本を片付けていく。


 本にはところどころ書類が挟まれており、桜病(さくらびょう)の文言が見える。


 本そのものも、桜病や感染症に関する書物のようだ。


 桐秋は病を得てからもずっと、桜病について調べていたのだろうか。

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