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幸い(さきはひ)  作者: 白木 春織
第二章
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第二章 ⑥

「ここにいたのか」


 後ろから聞こえた声に千鶴は振り返る。


 そこにいたのは南山だった。


 千鶴の視線が南山に向けられた隙に、青年は千鶴に握られた袂を振りほどく。


 南山は、千鶴の奥にいた青年にも気づき、


「おや、お前も一緒にいたのか。ちょうどいい」


 そう言って千鶴と青年の間に立つ。


「千鶴さん。紹介するよ。私の息子の南山桐秋(みなみやまきりあき)だ。


 そして桐秋、こちらが今日からお前の看護をしてくれる西野千鶴(にしのちづる)さんだ」


「西野千鶴と申します。よろしくお願いいたします。」


 南山の紹介とともに千鶴は桐秋に向かって深くお辞儀(じぎ)をする。


 桐秋は千鶴を一瞥すると、興味がなさそうにその場から去ろうとする。


 南山は呼び止めようとするが、桐秋はそれを無視し、歩みを止めないまま縁側(えんがわ)から離れの一室に入る。


 あそこが桐秋の療養している部屋だろうかと千鶴は思う。

 

 南向きのその部屋はどこも襖戸(ふすまど)が閉じられていて、中の様子はうかがい知れない。


 千鶴が部屋の様子を気にしていると、


「すまない」  


 と南山から謝罪の言葉が発せられた。


「病を得てからというものすっかりふさぎ込んでしまって、誰とも口をきこうともしないし、医者の言うことも聞かない。


 だから派出看護婦(はしゅつかんごふ)をお願いしても、みんなすぐに辞めてしまう」


 南山の言葉に千鶴は看護婦という仕事に就く女性の人間性について考える。


 看護婦は女性が就く職業の中でも、とりわけ高い教養が必要となる。

 

 女子の就学率があまり高くない今の時世であっても、看護婦養成所(かんごふようせいじょ)に入るには、


 高等小学校こうとうしょうがっこうの卒業、または女学校(じょがっこう)二年生以上の課程を就業する、などの条件がある。


 その後、養成所に二年以上就学し、卒業。試験に合格してやっと正看護婦になれるのだ。 


 千鶴も女学校を経て、看護婦養成所に通ったが、周りの同級生には、独立心旺盛で、大きな責任感をもった士族(しぞく)や、商家(しょうか)の子女が多かった。


 だからこそ彼女たちは、自分の行いが正しいのだと信じ切っている。


 そのような気位の高い彼女たちに、自分のことを聞かない患者の相手をしろ、といってもそれは難しいことかもしれない。


 それでも南山は諦めず、息子のために必死に看護婦を探し、千鶴にも声をかけてくれた。


 南山が桐秋を大切に想う気持ちは、初めて会った時から今まで、千鶴は痛いほど感じている。


 しかし千鶴はさきの桐秋の南山に対する態度に難しい親子関係も感じ取る。


「先に庭を見てもらったが、玄関から入って、離れを案内しよう」


 南山はそう言って、もと来た方向に歩き出す。千鶴も後をついて行く。


「ここに来る前もお願いしたが、桐秋は離れに人が入るのを嫌うから、看護だけではなく、奥向きのこともやってもらうことになるけど大丈夫かな」


 南山は歩きながら千鶴に確認する。


「大丈夫です。家でも奥向きのことと、診療所の仕事、両方をやっておりましたので」


 千鶴の答えに南山は安心したように頷く。


「君に頼んでよかった。


 実ははじめ違う看護婦に依頼をしていたんだが、君の方が優秀だと推薦されてね。


 引き受けてくれてよかった」


「もったいないお言葉です」


 その言葉に千鶴は俯き、頭を下げる。


「君の家との違いもあるだろうから、離れのことがわかる女中(じょちゅう)を待たせてある。


 その者に何でも聞いてくれ」


 千鶴は南山の気遣いに頷く。


 話しているうちに離れの玄関に戻ってくる。


 先ほどのことがあったからか、大きな玄関がさらに立派なものに見えてくる。


 南山はさらりと扉を開け、千鶴を招く。


 千鶴は目をつむり、胸に手をあて息を一つ吐くと、少しの緊張と大きな使命感をもって扉をくぐるのだった。



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