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幸い(さきはひ)  作者: 白木 春織
第十一章
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第十一章 ③

 満ち足りた日々を過ごすうち、瞬く間に季節は巡った。


 しかしそれは幸せに向かって歩むのではない。


 薄氷を踏むような道中での夢の如き出来事。


 現実は憂いを帯びて二人に迫る。


「冬になると貴方様が体調を崩されることが多くなりました。


 そんな貴方様をお支えするため、より近くで研究を補佐するうちに、自分の血が貴女様の患っている桜病の治療薬になるのではないかという考えをもつようなりました」


 大まかな桐秋の研究内容は南山から聞かされていた。


 が、あらためてそれを側で確認するうち、幼児期の桜病を患い、克服した自身の血なら、桐秋が患っている桜病の抗体があるのではないかと思い至った。


 決して馬から作らずとも、自分の血からでも抗毒素血清は抽出できるのではないかと。


 しかし何の確証もなく、ためらっている間にも、桐秋は血を吐いた。


 白い雪に赤い花が咲いた瞬間、父が死んだ様がまざまざと思い出され、真っ暗な恐怖が身を包んだ


「貴方様が血を吐かれた日、迷っている時間はない。


 可能性があるならと、私はその日のうちに診療所に戻りました。


 父の研究資料をみていた養父なら、何か分かるのではないかと思ったのです。


 養父は知っていて黙っていたのだと言いました」


 西野は亡き友の子が、自身の妻を殺した病の元凶であることを知っていた。


 それでもなお、その子を娘として愛してくれていた。


 だからこそ、もうこれ以上、娘を桜病と関わらせまいと口を閉ざしていたのだ。

 

 女子は唇を噛みしめる。


「養父は馬で抗毒素血清を作っているのならそれを待ちなさいと言ったのです。


 これまで育ててくれた父が、必死に諭す姿を前に、私はそれ以上何も言えなくなりました」


――しかし


「馬からできる抗毒素血清を気が気でもなく待ちながら、その間にもどんどんと悟りを開いたかのような顔になる貴方様を前に、私は遂にそれすら待つ余裕がなくなりました」


 そのうえ、研究を急いで欲しいと南山に訴えにいった先で、馬から作られる抗毒素血清に副作用があると伝えられた。


 南山から告げられた言葉に、必死に押さえつけていた感情の(せき)が決壊した。

 

 そこは母が死んでこの方、満ちることのない大きな大きな湖だった。


 己の罪を自覚してからは感情をせき止める大きな堰さえできていた。


 そこから外に流されるのは選び出された正しい感情だけ。


 それが看護婦の西野千鶴を形作っていたもの。


 他者からの好意を受けていた自分。


 桐秋の前でもそうあろうとした。


 だが、桐秋だけには上手くいかなかった。


 桐秋の一挙手一投足は、心を散り散りに乱す。


 決して選択などさせてくれない。


 桐秋の言葉ですぐに涙があふれるし、桐秋の行動で自然と笑みがこぼれる。


 心のままに感情が垂れ流されていくのだ。


 けれど、想いは発露(はつろ)していくのに、それ以上の想いを桐秋がくれるからそこはいつも満々と満ちていた。


 内なる湖はあっという間に正負(せいふ)入り交じる桐秋への想いでいっぱいになっていたのだ。


 最後は、桐秋を想うが故の感情の激流に堰は押し流され、崩れてしまうほど。



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