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幸い(さきはひ)  作者: 白木 春織
第十一章
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第十一章 ③

――あの時何を考えていただろう。


 明確には覚えてはいない。


 ただただ胸の中が真っ暗なものに覆い尽くされていたことは覚えている。


「そんな時、(うつむ)いて暗い私の視界に、淡く光る小さな花びらが入ってきました。


 導かれるよう顔を上げると、もたれていた白塀からこちらを除くように薄紅の花をつけた枝が伸びていました。


 木は塀の裏に幹があるようで、私は興味を惹かれ、もっと間近で見てみたいと思いました。


 幸いにも、塀には小さく穴が開いており、私はそこから中に入る事にしました」


 その日は白いワンピースを着ていたが、それをいとわず、頭から穴に突っ込んだ。


「強引に穴を抜けるとそこには、紅く色めいた枝を天に向かって悠々(ゆうゆう)と伸ばす、大きな木がありました。


 花自体はあまり咲いていませんでしたが、開花間近のふっくらとした蕾をいっぱいにつけたその木は、全部が真っ紅(まっか)に染まっていました。


 それはまるで、全身にくまなく血が巡っているようで、生きる力に満ち満ちていました」


 父に請われるまま、何のためとわからず血を提供している自分とは違い、《《自分自身が生きるため》》、隅々(すみずみ)まで血を流している。


「そのような木の在り様に、私は幼い子どもながら魅入られました。


 そして私が木に見入っていると、いつのまにか側に美しい男の子が立っていました。


 桐秋様、貴女様です」


 女は花がほころぶように笑う。




「貴女様は、突然現れた私にも優しく声を掛けてくださった。


 しかし、私はいきなり麗しい人に声をかけられたことに驚き、逃げ出してしまった。


 その勢いのまま家に帰りました。


 紅い木をみたことや美しい少年に出会ったこと、今まで出会ったことのなかった未知のものに触れた衝撃で、父の恐怖を忘れられていたのです」


 父親は逃げだし、ワンピースを汚して帰ってきた娘を見ても、何も言わなかった。


「逃げ出したこともあってか、その日は血は採られませんでした。


 それでもまた、次の日からは血を求められる日々。


 でもあの真っ紅な木や美しい貴方様のことを思い出すと、それが心の(よすが)になったのか、不思議と乗り切ることができたのです」


 女子は胸の前で手を重ね、握りしめる。


「それから一週間ほど経った頃でしょうか、父が家を空けることがありました。


 私は紅い木と貴女様に再び会いたくなり、家を出ました」


 あの日辿った道を懸命に思い出し、再び白塀の前に立った。


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