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幸い(さきはひ)  作者: 白木 春織
第十章
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第十章 ④

 そこで言葉を切った西野と、黙って聞いていた南山は、当時のことを思い出しているのか、無意識に息を詰める。


「それは北川の馬と伝染病で死んだ馬を入れ替えること。


 北川の馬は場所を移したばかりでまだ実験には使われていなかった。


 また、私たちが馬の死亡に気づいた時、北川は出張で不在でした」


 そのうえ、死んだ馬の中には北川の馬と兄弟の馬もいて、交換したことにも気づかれにくい環境であった。


「結果、北川の馬を使うことで私たちはお産直前に、破傷風菌の抗毒素血清を手に入れることができました。


 北川が死んだ馬を発見し、絶望した顔を浮かべているのを見て見ぬふりをしてね。


 しかし、因果応報(いんがおうほう)というべきか、私たちの子どもは破傷風にかかり、そのために用意した血清の副作用で亡くなってしまった」


 子を守るために、他人を犠牲にした父親たち。


 ――沈み、口を(つぐ)む時間がしばらく続いた後、西野は再び口を開く。


「北川はそれからも馬の入手に動いていたようですが、その頃は私たちの馬も殺した動物の伝染病が猛威(もうい)を振るい、(つい)ぞ新たな馬を用意することが出来なかった。


 行っていた実験は中止せざる得なくなり、北川は失意の中大学を去りました。


 ・・・それからほどなくして北川本人からとある連絡が入りました。


 奥方が亡くなったことを告げるものです。


 一切の感情が抜け落ちたような無機質な声だったことを覚えています。


 でも、私はその時は北川を不憫(ふびん)に思っただけで、特別何かを気に掛けるということもありませんでした」


 娘を失った悲しみをごまかすための忙しい日々の中で、すっかりとそれは頭から消えていた。


「次にそのことを思い出したのは、北川の連絡から数年後のこと。


 恐ろしい感染症の流行が起こり、教授の奥様、看護婦として奥様を看病していた私の妻がその病に罹り、この世を去った時。


 妻の葬式を終え、抜け殻のように遺影と向き合っていた私は、北川が連絡してきた時に最後にぽつりと言った言葉を(にわか)に、思い出しました」




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