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それから、誰からともなく部屋へと戻って行ったので、志乃は藍と正俊と共に二階へと上がった。
正俊が上に上がって行き、二人になった時に藍が言った。
「ちょっといい?」
志乃は、なんだろうと立ち止まった。
「なに?」
藍は、急いで志乃の背中を押した。
「こっち。」
そして、ずんずん歩いて志乃の部屋へと向かうと、中へと押し込んで自分も入り、扉を閉じた。
「…共有同士だから。きちんと話してなかったよね。志乃さん、もうちょいしっかり発言しないと出なきゃならなくなるよ。共有だからおっとりしてるのかもだけど、狩人は一人なんだ。誰を守るって、多分露出しても発言があんまりだったら守ってくれないよ。だから、頑張って。分からなかったら、オレに聞いてくれていいから。」
志乃は、ハッとした。
自分は村人だからと落ち着いていたが、思えば村は自分が共有だとは知らない。
このままグレーに残れば、最悪怪しまれて出ないわけにはいかなくなり、露出して噛まれる未来があるかもしれないからだ。
志乃は、シュンと下を向いた。
「…ごめんなさい。そうよね、これじゃあ私、ヤバいよね。」
藍は、フッと肩で息をついた。
「別に、遊びだしいいんだけど。でも、早々に離脱したらあいつに一泡吹かせられないでしょ?まだ何もしてないわけだし。一言言ってやりたいから来たんじゃないの?オレと正俊が嫌な奴なんだと印象付けようとしてるけど、君は見てるだけだ。ゲームか復讐か、どっちか成さないと帰れないでしょ?こんな所まで来たのに。噛まれたら何もできなくなるよ?頑張ってどっちかやりなよ。力を貸すから。」
志乃は、言われて目が覚めたようだった。
ここに慣れないとと思っていたが、そもそも自分はどこまで生き残れるか分からない。
追放されない間に、冬也に一言言っておかないと気が済まないはずなのだ。
「…わかった。」志乃は、頷いた。「とにかく、鈴音さんにはまず話すわ。私と同じように騙されてるのだろうし、気の毒だもの。ちょっと訪ねて来るわね。藍くんは、部屋に居て。」
藍は、案じるような顔をした。
「…一人で大丈夫?」
志乃は、頷いた。
「大丈夫。あなたが知ってるとなるとあちらも構えるし、知らないことにしとくわ。話を合わせてね。じゃ、行って来る。」
志乃は、言いながらもまだ、冬也と鈴音に対しては、どこか中途半端な気持ちだった。
藍がこうやって親身になってくれるだけで、癒されてどうでもいい気持ちになって来る。
だが、藍に何をやってるんだと思われるぐらいなら、やはりしっかり話を付けて来なければならない。
藍にまで疎まれたら、やってられない…。
志乃は、そんな気持ちになる自分に躊躇いながらも、藍に見送られて、三階へと上がって行った。
冬也は13、鈴音は14だったはずだ。
二人が一緒に居ることは予想できたが、それでも今、冬也を疑っている鈴音なら、話があると言えば、一人で出て来てくれるのではないかと思った。
なので、14号室の前へと到着して息を整えると、思い切ってベルのボタンを押した。
すると、不機嫌そうな声と共に、扉が開いた。
「はい?」
そして、立っていたのが志乃だと分かると、驚いた顔をした。
志乃は、いざ鈴音の顔を見ると俄かに緊張して来たが、言った。
「…話があるの。」
鈴音は、少し扉を閉めて隙間からじっとこちらを見て考えていたが、頷いた。
「待って。」と、小さい声で言ってから、部屋の奥へと振り返った。「寧々さんだわ。ちょっと話して来る。」
やっぱり、冬也が居る。
だが、鈴音は嘘をついたのだ。
冬也に、不信感を持っている証拠だった。
…これなら、話を聞いてくれるかもしれない。
志乃は思って、鈴音の意図を気取って扉の脇へと身を隠した。
鈴音は、黙って廊下へと出て来ると扉を閉じて、そして言った。
「…あなたの部屋へ行く?」
志乃は、まだ藍が居るかもしれない、と首を振った。
「いえ、好きに使ってくれたらと言ったので、藍くんが使っているかもしれないの。だから、居間へ行きましょう。広いから、隅で話したら大丈夫じゃないかな。」
鈴音は、チッと小さく舌打ちしたが、頷いて階段へと向かった。
その態度には驚いたが、しかしとにかくは話しをしなければならない。
なので、黙って二人で一階へと降りて行った。
さっき、皆が引き揚げて行ったからか、居間には奇跡的に誰も居なかった。
ホッとしながら窓際のソファへと向かい合って座ると、志乃は小声で言った。
「鈴音さんは、新婚旅行でこの企画に参加したのね?」
鈴音は、何が言いたいのだろうと訝し気な顔をしたが、頷いた。
「ええ。本当は海外が良かったけど、少人数で豪華なリゾート施設を使えるらしいって聞いて。カードゲームの発売記念だから、ゲームさえしたら、何でも使い放題なんだと聞いたの。だから、破格の安さで一人30万なんだって。でも、みんなタダって言うし。」
志乃は、頷く。
「ええ。私は藍くんに誘われたから募集の投稿も見たけど、無料っていうのが売りだったの。詳しい事は、DMで知らせて来たみたい。お金の事なんて、何も無かったわ。だって、PRなのよ。だから、こんなに時間とかにも厳しいんだと思うし、みんな文句も言わないんだと思うけど。」
鈴音は、フッと肩で息をついた。
そして、キッと志乃を睨んだ。
「…いい気味だと思ってるんでしょう。」え、と志乃が驚いた顔をすると、鈴音は言った。「あの人よ。知らないふりしてるけど、分かってるんでしょ?あなたと三年も二股かけてたって。」
志乃は、口を押えた。
「え…あなた、知ってたの?」
鈴音は、フンと鼻を鳴らした。
「当然じゃない。私が入社した時から、あなたが気に入らなかったわ。もたもたしてる癖に先輩だからって偉そうに言うし、他の人に庇われてて面白くなかった。私は仕事ができる方でしょ?あなたも分かってるはずだわ。」
確かに、鈴音は良い大学を出ているし、仕事の覚えも早くて何でもそつなくこなした。
対して、確かに自分は入社三年目に入っていたのに、あまり要領がよくないので回りに補佐してもらったりしながら、何とか務めていた。
だが、一緒に昼食に行ったり、表向き鈴音は仲良くしてくれていたのだ。
だから、冬也と自分が付き合っていた事を、知らないのだと思っていたのだ。
だが、鈴音は知っていたのだ。
「…だから、冬也に声を掛けたの?」
志乃が鈴音を睨むように見て言うと、鈴音はニタリと笑った。
「いいえ?声を掛けて来たのはあっちよ。係長に昇進してたし、あの人仕事では優秀だったでしょう。結婚すると言った後、もう一人と競って課長になったのよ?だからお給料もあれからかなり上がったわ。あの頃から出世するだろうなって思ってたから、隠してたけどあなたと付き合ってるのは知ってたからちょうどいいと思った。だから、誘いに乗ったの。別に、愛情があるわけじゃなかったし、いつ別れるんだろうって思いながら見てたわけよ。食事に誘ってあの人に断られるあなたを見てると、胸がすいたしね。その内に、あの人が私に本気になったみたいで、結婚しようと言われたの。見るからにあなたの元気がなくなったから、ああ、別れたんだなって知ったわ。私はね、結婚相手にはお金があればいいと思っていたから、妥当かなって思っててね。私は馬鹿じゃない、優秀って言っても私はそこまで社会的に優秀なわけじゃないし、ハイスペックの人達と出会う場もないから諦めててね。同じ会社の、あの辺りで手を打つのが一番良いって、あの時は思ったのよね。」
志乃は、まさか鈴音がこんな女だと思いもしなかったので、ショックで言葉も出なかった。
声を掛けたのが冬也でも、志乃と付き合っているのを知っていたのなら断ることもできたのだ。
それを、愛していたのならまだしも、愛情もないのに受け入れていたというのだ。
そうして、苦しむ志乃を見て楽しんでいたのだろう。
「…酷い…。あなたも、騙されていたのだと思ったから…教えておかないと、って…。」
鈴音は、そんな志乃の様子を見て、フッと鼻から息を吐いた。
「…ま、騙されていたのはそうね。だって、お金、払ってないって。涼次さんから対応しなきゃだからっていろいろ質問されて、答えられなかったの。それで、白状したってわけ。新居の敷金が高かったから、そっちにお金を使ったらしいわ。あいつ、思ったよりお金を貯めてなかったのよ。見栄張って結婚式にお金を使い過ぎたらしいわ。私は別に、二人の式でも良いって言ったのに。だって無駄だもの。旅行にお金がかかると思ってたしね。」
志乃は、浮かんで来る涙を何とか流さずに、言った。
「…でも、許したんでしょう?」
鈴音は、首を振った。
「いいえ。」と、声を小さくして、言った。「あの人が狼だったら襲撃されるかもしれないし、仕方ないわね、ってふりをしてるわ。ただ、この旅行の間にいろいろ考えた方が良いと思うから、離れていましょうって話をしていたところだったの。幸い、まだ籍だって入れてないし、あんな嘘つきなんか要らないわ。今なら取り戻せるわよ?偶然のふりしてるけど、追っかけて来たんじゃないの?」
志乃は、それにはブンブンと首を振った。
「どうして私があんな嘘つき男なんか!あなたこそ、結婚式も挙げたのに、別れようにもこれから面倒だと思うけど頑張ってね。せっかくハイスペックの人達と一緒にお泊りなのに、新婚じゃね。」
志乃は、言われっぱなしではと思って、頑張って嫌味を言ってみた。
鈴音は、苦虫をかみつぶしたような顔をしたが、フンと言った。
「…別に。間違いは誰にでもあるわ。私は悲劇のヒロインなの。だって、騙されていたのは皆が知ってるじゃないの。お別れしてもおかしくはないでしょ?誰かに慰めてもらうわよ。医者も弁護士も居るのよ?最強じゃない。あんたもあの医学生を捕まえておきたいなら、しっかりしなさいよね。また私に取られるかもしれないわよ?」
藍くんを?!
志乃は、立ち上がって言った。
「あの子は駄目よ!あんたの正体なんか知ってるわ!」
鈴音は、そんな志乃に笑いながら立ち上がった。
「忘れたの?あんたより私の方が仕事ができたの。それだけ、機転が利くのよ。そうかあ、あの子を狙ってるのね?ふーん。年下もいいかもね。」
志乃は、出て行こうとする鈴音の背に、言った。
「待ちなさいよ、鈴音さん!」
だが、鈴音は高笑いをしながら扉へと向かった。
そして、扉の前ですっと人懐っこい微笑みに換えると、振り向いた。
「じゃあ、お先に~先輩!あ、もう先輩じゃないか!」
と、居間を出て行った。
志乃は、茫然とそれを見送っていたが、このままでは藍が、と気になって、急いで二階へと駆け上がって行ったのだった。




