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志乃は、急いでクローゼットから新しいカットソーとデニムを引っ張り出して着替えると、備えつけてあった化粧品で軽く化粧をして、対角線上に離れた藍の部屋へと急いだ。

6のプレートの下のベルを押すと、何の音もしないのに扉がパッと開いた。

「志乃さん。」と、後ろを見た。「正俊も来たんだ。一緒に朝ごはん食べようって思って。オレ達、一緒に来たことになってるでしょ?設定、覚えてる?」

志乃は、律儀に真面目な顔で頷いた。

「うん。大丈夫よ。私、もともとあんまり話すタイプじゃないし、お話は藍くんと正俊さんに任せるね。」

正俊が、頷いて志乃を中に促して、扉を閉めた。

「大丈夫だ。でも、昨日の夜見たか?ほら、オレ達がタダだって話したら、何か女の方が驚いた顔してた。オレ、あれを見て志乃さんが言ってた事は間違ってないんだなって思ったけどな。」

藍は、頷く。

「うん。でも、あくまでもオレ達は知らないって事だからね。志乃さんは…そうだな、歳が近いし正俊と付き合ってることにしとく?」

え、と志乃と正俊は目を丸くした。

「え、え、オレなんか駄目だって!藍のがいいんじゃないか?だって、医学部だろ?箔がつくじゃん。」

藍は、顔をしかめた。

「でもね、最初は理工学部に入ったから、編入試験受けて二回生の時に学部変わったんだ。だから、最初から医学部目指してたんじゃないんだよ。途中でめっちゃ頭が良い友達ができて、その人に教えてもらって何とか転向できた感じ。別に賢くないよ。」

志乃は、急いで手を振った。

「充分賢いと思う。あの、いいの、ありがとう。お友達ってことで充分よ。おかしな設定にしちゃうとボロが出るかもしれないでしょ?ネット友達ぐらいがちょうどいいと思うの。だから、それで行こう?ね?」

二人は、顔を見合わせてから、頷いた。

「…そうだな。凝るとボロが出るかもしれないもんね。じゃ、行こう。ご飯、何があるかなー。」

藍は、嬉しそうにそう言いながら、扉の外へと足を踏み出した。

そうして、志乃、藍、正俊は、三人で仲良くキッチンへと歩いて降りて行ったのだった。


一階に降りて行くと、藍が言っていた通り皆起きているようで、大勢が居間のソファに座ってパンを食べたりしていた。

その中には久司や相良も居て、藍がそれをめざとく見つけて手を振った。

「あ、久司さん、相良さん!おはよう!」

藍は積極的だなあ。

志乃が感心して見ていると、久司が答えた。

「おう、おはよう。みんな飯食ってるぞ。キッチン行ってみな。迷うほどあるから。」

藍は、頷いた。

「うん、行って来る!」

そして、志乃の腕を掴んでずんずんキッチンへと向かう。

正俊は、その後ろをついて来ていた。

キッチンの扉を開くと、また数人が居てそこにある大きなダイニングテーブルで食事をしている人も居た。

その中に、冬也も鈴音も居た。

「あれ、ここで食べてる人も居るの?」

藍が初対面なのに関係なく言うと、ダイニングテーブルに座る一人が顔を上げた。

「ああ、そっちにたくさんある。和食でもいけるみたいだ。」

胸には、きちんと名札を付けていて9京太と書いてあった。

志乃は、思わず自分の胸に触れた。

「あ。名札忘れた。」

藍は、笑った。

「後で取りに行けばいいよー。今はご飯にしよう。志乃さん、何食べる?オレが持って来てあげるよ。」

志乃は、困ったように微笑んで答えた。

「いいの、パンを選ぶわ。飲み物はある?」

正俊が、冷蔵庫を開けた。

「うーん、ここじゃないな。」

すると、脇で立っていた若い男性が寄って来た。

「こっち。飲み物は一番端の冷蔵庫にまとめて入ってるよ。ほら、アルコールもあるんだ。」

その男性の胸には、12拓三と書いてあった。

藍は、人懐っこく答えた。

「ありがとう。」と、名札を見た。「拓三さん?オレ、藍。大学生なんだ。よろしくね。」

拓三は、驚いたようだったが、頷いた。

「こちらこそよろしく。オレは会社員、27歳だ。」

志乃が、思わず言った。

「同い年だわ。」拓三がこちらを見たので、急いで続けた。「あの、名札を忘れて来て。私は志乃です。会社を辞めて暇だったから藍くんに誘ってもらって参加したんです。」

拓三は、頷いた。

「よろしく。同い年なら話も合いそうだしね。でも、三人で来たの?」

正俊が、ペットボトルのミルクコーヒーを引っ張り出しながら答えた。

「そうなんだよ。ネットでは長い間友達だったけど、実際会うのは初めてなんだ。藍に誘ってもらって。」

藍は、自分もコーヒーを引っ張り出しながら頷く。

「そうなんだー。長年仲良くしてもらっててね。」と、同じコーヒーをもう1本出した。「志乃さん、これでいい?」

志乃は、頷いた。

「うん、ありがとう。」

ダイニングテーブルから、京太が割り込んで来た。

「オレも話に入れてくれよ。一人で参加したから、船で近くだった拓三と一緒に居るんだけど。拓三も一人だったみたいで。」

藍は、自然とテーブルの方へと移動して、京太の隣りの椅子を引いた。

「志乃さん、ここね。」と、自分は志乃の隣りに座って、京太の顔を覗き込んだ。「京太さん、だね。よろしく。オレは藍。」

京太は、頷いた。

「おう、よろしく。オレは会社員で30なんだ。有休貯まってたし一気に使っちゃったよ。」

「オレも。」拓三が笑いながら言う。「でも、ここネット繋がらないよな?昨日夜暇だからSNS見ようとして、圏外だったから仕方なく栞ばっか読んでたわ。」

志乃は、え、と口を押さえる。

そういえば昨日は携帯も見ていなかったし、確認していなかった。

だが、こんな絶海の孤島に電波があるはずがないのだ。

藍が、苦笑しながら頷いた。

「オレも昨日の夜気付いた。こんな太平洋の真ん中だもんねー。」

すると、鈴音が声を掛けて来た。

「あの、やっぱり思い過ごしじゃなく志乃さんですよね?あの、同じ会社だった…」

志乃が、そちらを向く。

冬也は、黙って睨むようにこちらを見ていた。

「あら、やっぱり鈴音さんだったんだ。まさかと思ってたわ。会社を辞めた以来よね。元気にしてた?」と、冬也を見た。「町田さんも。」

町田とは、冬也の苗字だ。

下の名前であからさまに呼ぶのもとわざとそう言ったのだ。

冬也は、慎重に頷いた。

「ああ。君も。」

鈴音は、言った。

「私達結婚したんです!帰ったら籍を入れる予定で、式を済ませてすぐに来たから。」

正俊が、気をきかせてパンの袋を藍と志乃の前へと持って来てくれる。

藍が、それを受け取りながら目を丸くした。

「え、新婚旅行は?人狼何かしてていいの?めっちゃ自由なくて時間決まってるけど。」

鈴音が、眉を寄せる。

冬也が、答えた。

「いや、みんなタダとか言ってるけどオレは確かに料金を請求されて振り込んだんだけどな。普通のリゾートしながらゲームなんだと思ってたから、まさかこんな感じだったとは思わなくて。どういう事なのか、帰ってから問い合わせようかって。」

京太が、眉を寄せた。

「え、詐欺なんじゃないか?オレもだが拓三だってタダだって言うから参加したしなあ。だったら新婚旅行のつもりだったんだろ?訴えた方がいいんじゃね?」

それには、拓三も頷く。

「そうだよ。そう言えばオレの隣りの涼次が弁護士だって言ってたぞ?話を聞いてもらったらどうだ?」

鈴音が、驚いた顔をする。

「え、弁護士さんが参加してるの?」

正俊は、パンを食べながら言った。

「へえ~凄いな。藍は医者の卵だしハイスペックの人達も居るって事だよな。自己紹介が楽しみだなー。オレはしがない会社員だけどさ。」

鈴音も、冬也も驚いた顔をして藍を見る。

藍は、顔をしかめた。

「だから卵なの。医学部行ってるだけ。まだ二年あるしね。国家試験受けてもないのにさ。」

それでも、鈴音の目がキラキラしている。

冬也が、それに気付いて居心地悪そうに立ち上がった。

「ま、相談するかどうか考えとくよ。先に居間に行ってる。」と、鈴音をせっついた。「食べ終わったんだから行こう。」

鈴音は、不満げな顔をした。

「え、せっかく仲良くなれるのに。」と、強引に引っ張られながら、志乃を見た。「志乃さん、また後でね!」

そうして、二人は出て行く。

それを見送りながら、藍は言った。

「…何か変なの。タダだって死ぬほど書いてたのに、請求来て払う?普通、一度運営に確認するよね。」

拓三が、うーんと顔をしかめた。

「だな。もしかしたら新婚旅行がパアになったらまずいから、慌てて振り込んだのかも知れない。」

あの男は嘘ばっかりなのね。

志乃は思いながら、パンを口にした。

五年もそんな男と付き合って時間を無駄にしたのだと思うと、鈴音の得意げな結婚宣言も気の毒に思えて来るから不思議だ。

志乃は、参加して良かった、と心から思っていた。


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