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シンと静まり返り、皆が困惑した顔をした。
アーロンが帰って来る様子もなく、何やら取り残された気持ちになる。
久司が、言った。
「えーっと、何か分からんが役職行使とかあるみたいだな。とにかく、上に上がって自己紹介とか明日にするか。」
相良が頷く。
「ここは言う通りにしておいた方が良いだろう。常なら10時に施錠だと言っていたし、だから急いでいたのかもしれない。何しろ出港したのが二便で7時過ぎだったからな。時間が押しているのだろう。急ごう。」
藍が、あーあと伸びをしながら立ち上がった。
「なんだよ~無料でリゾートとかって言うから何かあるかもと思ってたけど、めっちゃきっちりしてるなー。」と、志乃を見た。「行こう、志乃さん。正俊も、部屋が上だろ?」
正俊は、立ち上がった。
「だな。何でもタダほど高いものは無いって言うし、仕方ないな。」
他の皆も、顔を見合せて立ち上がり、居間の扉へと向かう。
すると、鈴音が小声で言った。
「え、無料?」と、冬也を見ている。「どういうこと?」
やっぱり知らなかったんだ。
志乃は思いながら、そんな二人を後に、階段を上がって行った。
ぞろぞろと部屋へと向かう中で、隣りの8号室になるあの、優しげな大人っぽい女性と一緒になった。
扉の前で志乃を見て、彼女は言った。
「あの、お隣り同士ね。10日間よろしく。」
志乃は、突然で驚いたが、微笑んで頷いた。
「こちらこそ。また明日。」
そうして、それぞれの部屋へと入った。
途端に、ガツンという音がして、鍵がしまったのが分かった。
どうやら、どこかから監視されているようだ。
その音に驚いて扉から飛んで離れた志乃だったが、フッと肩で息をつくと、トボトボと歩いてベッドに座った。
…広い。
志乃は、ため息をついた。
港であの船を見送った時には、あのまま一人で虚しく帰るものだと思っていた。
なのに、突然に声をかけてきた藍に連れられて、こうしてこんなところまで来てしまった。
…そうだ、着替え。
志乃は、思った。
土産物屋でもあれば何とかしようと思っていたが、ここには何も店屋などない。
最悪着た切りになる、とあまり期待もしないまま、クローゼットを開いて見た。
すると、そこには紺色のジャージのような物が数点、ぶら下がっていた。
良かった、寝るのには事欠かない。
志乃がホッとして中の引き出しを開いて見ると、そこには袋に入ったまっさらな下着と、カップ付きインナーのタンクトップが入っていた。
そして、簡単なカットソーやデニムのパンツもあって、毎日洗濯しておけば何とかなりそうだった。
…至れり尽くせりね。
志乃は、ホッとした。
今の季節、そこまで寒くないので空調の効いているここではこんな服装でも特に問題はない。
手ぶらで来ても、問題が無いようにしてくれてあるようだった。
…私は共有者だし、今日はお風呂に入って着替えて寝ようかな。
志乃は思い、さっさと着ていたワンピースを脱ぎ捨てると、お風呂にそのまま直行したのだった。
風呂で下着やワンピースを手洗いしてカーテンレールに干すと、ジャージ姿で志乃は栞を手に取った。
共有者…唯一お互いに村人だと知っている役職。
説明には、そう書いてある。
役職は他に、占い師、霊媒師、狩人、猫又とある。
そして、敵は四人の狼と、その狼を知っている狂信者、そして2匹の狐だった。
…リアルな時間軸でやるの、初めてだなあ。
志乃は、思っていた。
すると、挟んでいた名簿がハラリと落ちた。
そこには、1番から順番に、20までの番号が並んでいた。
1相良
2睦美
3美久
4将也
5隼人
6藍
7志乃
8美沙子
9京太
10久司
11涼次
12拓三
13冬也
14鈴音
15寧々(ねね)
16充希
17健太
18篤史
19あゆみ
20正俊
志乃は、冬也と鈴音の名前を睨むように見た。
二人の役職は、何だったのだろう。
同じ陣営だったら、協力しあってやっていけるだろうか。
そもそも、あちらは志乃が居たことで、新婚旅行に水を差されたと怒っているかもしれない。
だが、こんなに時間が決まっていて、しかも夜は別々の部屋に10時には入らなければならないなんて、そんな企画をわざわざ新婚旅行に選ぶなんて、おかしくないだろうか。
だが、皆の顔色を見ていると、どうもそんな風だとは知らなかったらしいので、冬也のことだから安易にタダでリゾートという文言につられて、申し込んだらこうだった、という可能性があった。
思っていた以上に藍や正俊が協力してくれようとしているのが、今夜の様子でも分かっていて、有難かった。
きっと、藍は知っていてああいう風に、タダだタダだと連呼してくれたのだろうし、正俊もそれに気付いてああして乗ってくれたのだろう。
やはり冬也は、志乃が最初に掴んでいた情報通りに鈴音には奮発したとか良いカッコしていたのだろう。
そう思うと、冬也の事などどうでもいい気持ちになって来ていたが、それでも自分を馬鹿にした報いは受けてもらおうと、志乃は暗い気持ちでニタリと笑った。
…明日から、覚悟してなさい。
志乃は、そう思って栞を横に置くと、張り詰めていた気持ちがフッと緩んで、眠りに落ちて行ったのだった。
次の日の朝、気持ちよく眠っていた志乃の耳に、ガツン、という音が聴こえて来た。
何事かと起き上がった志乃が最初に目にしたのは、机の上にある金時計だった。
その針は、六時を指していた。
…朝だ!
志乃は、起き上がってカーテンを開いて、外を見てみた。
すると、その窓からは島の裏の景色と、その向こうに広い海が見えた。
「わあ…綺麗。」
志乃は、思わずつぶやいて、海風を感じてみたくなり、窓を開こうとしたが、造り付けらしくてビクともしなかった。
残念に思いながら、顔でも洗って来よう、と洗面所の方へと向かうと、ピンポン、と軽快な音が聞こえた。
…そういえば、ここはノックが聴こえないからベルを鳴らしてくれってアーロンさんが言ってたっけ。
志乃は、急いで扉を開いた。
「はい。」
すると、目の前には志乃と同じ紺色のジャージを着た、藍が立っていた。
「志乃さん。みんな廊下に出て来てるんだよ。着替えて下で朝ごはん食べてから、自己紹介から始めようかって。ほら、今夜から人狼ゲームの投票も始まるじゃない?だから、会議もしなきゃでしょ。早めに始めようかって。」
志乃は、もうゲームなんだと驚いたが、頷いた。
「ええ。みんなやる気なのね?適当にやるのかって思ってたのに。」
藍は、苦笑した。
「え、栞読んでないの?」志乃は、何のことだろう、と眉を寄せる。藍は続けた。「これはPRもだけど社会実験でもあるんだって。お仕事みたいなものだから、ここの滞在費は無料になってるだけで、お仕事をきちんとできない人は追放で、ここじゃなくて別の場所に押し込められてそこで待機しなきゃならないらしいよ。せっかく綺麗な場所で居るのに、十日も変な場所に押し込められたらたまらないじゃない?だから、頑張ろうって話だよ。じゃ、どうする?また呼びに来ようか?独りで降りて、その…会ったら嫌でしょ?」
志乃は、藍が気を遣ってくれているのだと分かった。
冬也と鈴音が、たった一人で居る志乃に寄って来たら嫌だろうと言うのだ。
だが、あの二人だってこれだけ人数が居るのに、表立って何か言って来る事は無いとは思うが、それでもバツが悪いのは確かだった。
なので、言った。
「あの、すぐに顔を洗って着替えるわ。ここのクローゼットにいろいろあったし。だから、私が藍くんの部屋に行くね。待ってて。」
藍は、笑って頷いた。
「おっけー。分かったよ。じゃ、待ってるね。」
藍は、そう言うと手を振って自分の部屋の方向へと戻って行った。
志乃は、あの時藍に声を掛けてもらって本当に良かった、と思った。
何しろ年下だし好きになるようなそんな感じではないが、友達としてとても良い子だと思うのだ。
志乃は、温かい気持ちになりながら、急いで洗面所で顔を洗って準備をしたのだった。




