17
冬也が出て行った後、皆は重苦しい空気で座っていた。
睦美は茫然と涙を流していたが、もう声を漏らしてはいなかった。
相良に言われたことが、気になっているらしかった。
栞に書いてあったルールには、特に泣いてはいけないというルールはなかったと思うが、しかし妨害行為とみなされたら、確かに追放されてしまう可能性があった。
あんなにあっさり人が死んでしまうのなら、気を付けないと本当にあっさり追放になりそうで、志乃も硬い表情でそこに座っていた。
男性達も、皆一様に硬い表情をしていたが、誰一人叫び出したりはしなかった。
皆、志乃と同じように思っているのだと思われた。
藍が、重い腰を上げてホワイトボードの前へと歩いて、ペンを手に取った。
「…占い先を指定するよ。」と、名前を書き始めた。「久司さんは、正俊か相良、美沙子さんは…将也さんか隼人さん、充希は、拓三か睦美さん、美久さんは、冬也さんか志乃さんで。ここに書いておくから、明日の朝呪殺が出たとして、他を占ったとか言っても信じないから。もう、ごめんだけど今夜は精神的にしんどいから、これで終わり。オレももう部屋に帰る。」
「待って。」美沙子が言った。「今夜指定された中に狐が居たら、私はその人を殺してしまうということなの?投票ならみんなが入れたから吊られるって事だけど、占い師だけその人を殺したって罪を負わなければならないの?」
藍は、顔をしかめた。
そう言われたらそうだ。
だが、それしか勝つ方法はなかった。
「…こうなって来ると、占うのが怖いというのは分かる。だが、そうして占い師に呪殺を出してもらわなければ、人狼は必ず誰かを襲撃しなければならないのだ。栞に書いてあっただろう?人狼は、必ず誰かを襲撃しなければならない。襲撃しなかった場合、人狼は全員追放となる。つまり、今の状態でそうなれば、狐が生き残っているのだから狐勝ちで村人達も皆帰って来れなくなるのだ。人狼達は、襲撃するだろう。村人は確実に減る。犠牲を少なくするためにも、何としても村人は勝たねばならない。占い師には、その役職を引いてしまった責任を負って、すまないが村のために占って欲しい。」
健太が、青い顔で言った。
「こんな…本当に死ぬなんて。」と、篤史に手を握られながら、何とか言葉を続けた。「思ってもいなかった。どうしよう…鈴音さんが、人外じゃなかったら。僕は、志乃さんだと思ってたのに。」
篤史が、落ち着かせるように言った。
「皆で決めたことだ。落ち着け。間違っていたら投票した人達が責任を負うだろうし。とにかく落ち着くんだ。」
健太は、ぶるぶる震えながらも頷く。
志乃は、私は村人だから、そっちの方がきっと罪悪感があったと思うけど、と思っていた。
だが、生き残ったのだ。
明日は、自分に黒を打って来られるかもしれないが、その時に共有COすれば問題ない。
指定された美久が、真かどうかが分かるかもしれないのだ。
藍は、疲れ切った顔をした。
「だから、また明日。もう、こんな状態で議論なんかできないよ。ほんとに死ぬんだよ?戻って来るって言うのなら、村人を吊ってしまったなら何としても勝たないと。どちらにしろ、明日の色だ。狩人とは話がついてる…どこを守るのか。オレはもう狩人を知ってるよ。守り先も言えるから。とにかく、部屋へ帰ろう。もうほんとに疲れたんだ。」
私も疲れた。
志乃は思いながら、ふらふらと立ち上がる皆と共に、立ち上がった。
だが、足に力が入らない。
思っていた以上に緊張していたのが、自分でもわかった。
志乃は藍に話し掛けようとしたのだが、藍は本当に参ってしまったのか先々歩いて行ってしまい、部屋に籠ってしまったのだった。
その夜は、長いと感じた。
昼寝をしてしまった志乃は、何度寝ようと寝返りを打っても、なかなか寝付けなかった。
人狼の活動時間の0時を越えてもまだ目が冴えていたので、外の音が聞き取れないかと耳を扉に押し付けてみたが、全く何も聞こえなかった。
防音がしっかりしているのは、確かなのだろう。
志乃はため息をついて、今度そことベッドに入って目を閉じると、そのままやっとの事で眠りについたのだった。
次の日の朝、バチンという閂が抜ける音でハッと目を開いた。
朝…!
今日は、誰か襲撃されたのだろうか。
志乃がジャージのままで廊下へと飛び出すと、皆同じように飛び出して来ていた。
「…皆、無事か。」相良が言う。「番号!1!」
「2!」
「3!」
順番に、声がする。
自分は7だと6の声を待つ志乃の耳に、藍の6の声がいつまで経っても聴こえて来ない。
どういう事だろうと廊下の向こう端へと目をやると、隣りの隼人と、向かい側の京太と久司が、声を大きくして言った。
「藍が出て来てない!」
三人は、藍の部屋のベルのボタンを押した。
「藍!寝てる場合じゃないぞ、みんな出て来てる!」隼人が、叫んでから、応答がないので扉を開いた。「藍、入るぞ?!」
志乃は、胸がドキドキするのを感じた。
相良が、眉を寄せて足をそちらへ向けた。
「…行こう。」
志乃と、美沙子が頷いて、何かに気付いて震える睦美と共に相良について歩いて行く。
藍の部屋に一緒に入って行っていた、京太が慌てて出て来た。
「相良さん!」と、相良を見た。「藍が呼吸してない!」
相良は、足を速める。
「そんな…!!」
志乃は、後ろで絶句していた。
まさか、藍くんが襲撃されたの…?!
共有者なのだから、あり得る事だった。
だが、まさか初日に襲撃されるとは思ってもいなかったのだ。
「そんな…そんな、藍くんが襲撃されたの?!」
三階から、わらわらと人が降りて来る。
「三階は全員無事だったわ。」寧々が、いち早く廊下に降りて言う。「…藍くん?」
美沙子が、震える睦美の肩を抱いて頷いた。
「今、呼吸をしていないって。相良さんが見に行ってくれているわ。」
寧々は、険しい顔になった。
昨日、狩人はどこを守っていたのだろう。
昨日藍と話ができていない志乃には、狩人が誰なのかも聞く事ができていなかった。
相良が、藍の部屋から出て来た。
「…死んでいる。」皆が、ショックを受けた顔をする。しかし相良は続けた。「だが、体は冷たいし何時間も前の事のようなのに、死後硬直もなく紫斑も出ていない。死んでいるが、死んでいない。そんな状態だ。」
京太が、希望がこもった目で相良を見た。
「じゃあ、仮死状態?生き返るかもしれないのか。」
相良は、ため息をついた。
「分からない。私が知らない状態なのは確か。計器もないしな。運営を信じるなら、戻って来るという言葉は無理な事ではないような気もして来た。それしか私には言えない。」
美久が、言った。
「だったらとっとと終わらせましょう!」と、志乃を指した。「私は昨日志乃さんを占ったわ。志乃さんは黒、人狼よ!」
志乃は、驚いたが想定していたことだった。
トラップに掛かった…!美久は偽物だ!
「私は共有者よ!」志乃は、勝ち誇ったように言った。「美久さんが偽物だわ!」
皆が、息を飲む。
シンと静まり返る中、美沙子の腕から抜け出た睦美が、困惑した顔で言った。
「え…?私が、共有者よ。藍くんの相方。」
え…?
志乃は、睦美を見た。
睦美は、志乃を怯えたように見返した。
美沙子が、睦美を庇うように言った。
「私は、隼人さん白。この際だから結果を言いましょう。久司さんは?」
久司は、怪訝な顔をしながら睦美と志乃を見ていたが、答えた。
「…オレは、相良白。」
充希が、叫ぶように言った。
「オレは、睦美さん白!だったら志乃さんが人外だ!美久さんが人狼で狐に黒出ししてるかも知れないから、まだ相方だとは思ってない。でも、睦美さんは狐でも狼でもないから、真共有者だよ!」
相良が、ため息をついた。
「…結果だけ見たら君目線そうかも知れないが、こちらからは誰が真占い師なのか分からないから断定できない。」と、正俊を見た。「藍は、相方の事を君に話していたか?」
正俊は、困ったように首を振った。
「オレはまだ色が確定していないから。いくら仲が良くても聞いてないよ。聞いてるとしたら、狩人なんじゃない?」
だが、狩人を出すわけにはいかない。
誰かに狩人を明かそうにも、確定白が居ない今、それができそうになかった。
「…聞いてないわ。」睦美が言う。「相方だとバレてはいけないから、あまり話さなかったの。まさかこんなに早く襲撃されるなんて思わなくて。」
志乃も、首を振った。
「昨日は午後から全く話せていなくて。狩人のことは聞いてないの。」
相良は、ため息をついた。
「…仕方がない。確定白が居ない今、共有の騙りが出ているので後は猫又しか進行できないだろう。今、7人外の内占い師に二人、霊媒師に一人、共有に一人の四人外が露出している。後三人だが、こうなって来るとグレーに残っている人外は少ないだろうし、出すしかない。」
久司は、頷いた。
「噛まれたらと思っていたが、狩人が困るし、もし共有の相方を知っていたら一人外確実に処理できるよな。猫又は誰だ。」
皆、シンと静まり返った。
誰も、出ない。
しかし生きているはずだった。
相良は、またため息をついた。
「…さすがに出ないか。」と、諦めたように言った。「私が猫又だ。ここからは私が進行する。狩人は、後で秘かに私に知らせてくれないか。霊媒師、結果を。」
全員が、一斉に言った。
「「「白。」」」
鈴音は、確定白。
村人か、狐だったことになる。
相良は、頷いた。
「…全員、着替えて食事をして7時半に居間へ集合してくれ。朝の会議を始める。狩人はその前に誰にも見られないように、メモでもいいから私に正体を知らせて守り先、共有の相方を知っている限り教えてくれ。以上だ。解散。」
皆が、志乃を疑うような目で見ながら、遠巻きにその場を去って行く。
志乃は、どうしてこんなことになってしまったのか、昨日出ておけば良かったと後悔していた。
藍が死んでしまった以上、自分の真を証明できるのは自分しか居ない。
どうか、狩人には話してくれていますようにと、祈る気持ちで部屋へと戻って行ったのだった。




