第99話 IN THE FUTURE
それから、さらに1年後。
外に出ると街が賑わっており、何事かとキョロキョロする。
住み込みスタッフが、目をこすりながら教えてくれる。
「あーなんかS級冒険者がいま来てるみたいですよ。サインでも求めて人集まってるんじゃないすか?」
「S級冒険者が?もうここには魔王いないのに……ただの観光かな」
「なんでも竜を討伐したすごいひとらしくて、この山にはその竜の魂を奉納しにきたとかなんとか」
「……ふぅん」
嫌な予感がして、私は山を登った。
山の上にはかつての魔王城がある。ここでは、世界の裂け目がユウジくんのミントによって封印されている。
もしそのS級冒険者の目的が、ここを破壊しようというものなら、一大事である。ミントを焼き払われでもしたら、この世界は消滅の危機を迎える。
世界を救えなかった、役に立たない私だけど、世界を守ることならできるかもしれない。
戦闘で敵わない相手でも、私たちは対話することができるのだ。話し合いで解決できるはず。
私は城の前で、来るかもわからないS級冒険者を待った。
すると、予想以上に早めに待ち人は階段を登ってきた。
湯上がりのほかほか状態で、タオルを首からかけて、赤髪の女が現れた。
「むう?待ち構えられとったのかのぉ。お主……ふむなかなか強そうじゃが、手合わせがお望みかの?」
古風な喋り方をするが、女は若々しい容貌だった。身の丈ほどの剣を背負っており、威圧感がある。腕のたつ戦士であることが窺えた。
私は、物おじしないように気を張った。
「いえ、戦うつもりはありません。ただ一応元魔王様と縁がありますので、ここを訪れる方のことはチェックさせていただこうかと」
「ふぅむ。なるほどのぉ。いまは君が世界の守護者ということかの」
私はむず痒くなった。自分が世界の守護者?そんな大それた役割をいつのまにか背負わされていたのか。
私はただ、豆腐屋としてこの山に残っているだけだったのに。
赤髪の女は、ミルコと名乗った。普段はサンワロック周辺で活動しているS級冒険者だという。
ミルコは現在国から賜った命令のため、旅をしてここまで来たらしい。
「命令、とはなんでしょう」
私はまだ警戒を緩めていなかった。命令でこんなところまで来るのはやはり怪しい。
すると、ミルコは面倒臭そうに欠伸をした。
「ううむ、それに関してはすこし長話になるがいいかのぉ。ここに住んでおるということは、ユウジくんたちのことは知っておるかえ?」
「っ!はい知ってます。あなたもお知り合いでしたか」
「うむ、そのパーティのなかのひとり、スバルちゃんは我が愛弟子なんじゃが、半年前大怪我をしての」
「え……」
それはなかなかにショッキングな話だった。
ユウジは国を作るための土地探しをしていた。スバルは彼に連れ添って、旅をしていた。
ふたりは、建国に最適な豊かな土地をついち見つけた。しかし、その土地には土着の強力な魔物が住んでいた。
その名も、ヤマタノオロチ。
首が八つにわかれた竜である。
「竜は、魔物の中でも特別じゃ。ただの人間が叶う相手ではない。いくらユウジくんがいたとて、簡単に倒せる相手ではなかったんじゃ」
「そんなにですか」
「じゃが、ユウジくんとスバルは強い。八つの首を切り落とし、倒したよ。ただその代償はあまりに大きかった」
ミルコは遠い目をする。
ヤマタノオロチを倒したスバルは、全身から大量出血していた。いますぐに輸血しなければ、助からないほどに。
ユウジたちがいたのは僻地だったが、幸い千里眼で姉の危機を悟ったリズマリーとミルコが駆けつたので、血を分け与えて命を留めた。
「命は助かったものの、ユウジくんとの旅はこれ以上続けられなそうじゃった。じゃから、ワシらは無理やりスバルを連れ帰って治療に専念させた」
「それは……大変でしたね」
「リハビリのかいあって、いまはスバルはもう動けるようになった。竜人であるワシの血を分け与えたから回復力が増したのかもしれんな」
「よかったです……」
「回復したものの、スバルはこのまま王国にて騎士団の訓練係をすることとなった。炎魔法と剣術を騎士たちに学ばせておる。ユウジくんの元へ戻らなくていいのか、と聞いたが、あいつはもうひとりでも大丈夫だ、と。信頼しとるようじゃったよ」
「じゃあ、いまユウジくんはひとりで遠いところにいるんですね」
「ああ、あやつは国を作りたいと言っていたの。もし無事建国できたら、お邪魔してみたいものじゃ」
私は、遠い地で頑張るユウジくんの姿を思い浮かべた。彼が作る国とはどのようなものだろう。皆が幸せに暮らせる国なのだろうか。
私もいつか行ってみたいと思った。
と、まだミルコさんがグルーべ山に来た理由を聞いていないことに気づく。
ミルコはああそうじゃったな、と懐から鞘に収まった古びた剣を取り出して語り出す。
「その剣はなんです……?なんだか禍々しい気配を感じます」
「これはヤマタノオロチを倒したときにヤツの体内からドロップした剣での。『草薙の剣』と名付けられた」
ヤマタノオロチと草薙の剣。日本神話で聞いたことのあるものだった。
ただし私はあまり神話に詳しくないので、なんとなく神器として祀られているということ以外、それがどのような剣かは知らなかった。
「この剣の効果がちと強力すぎての。一振りすると数キロにわたって地面に生える草木を根っこから消滅させてしまうのじゃ」
「ええっ!?す、数キロって……」
あまりに規格外な性能に、度肝を抜いてしまう。そんなの、下手すれば核兵器並みではないかと。
日本人はよくそんなものを祀っていたものだ。
「この力の危険性、お主ならわかろう。もしこの山で剣をひとふりすれば……」
「……世界の裂け目を塞いでいるミントが、消滅する……!?」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
ミルコはその剣を地面に置く。
「もし悪用せんとする誰かに奪われては最悪じゃ。じゃからワシは国から、これをどこか安全なところに封印してくれと頼まれたのじゃ」
「それでこの山に……?危なくないですか?」
「そうじゃな、ここで剣を奪われたらジエンドじゃ。世界は終わる。しかし、どこに封印したとて、悪用したい人間がここまで来れば結果は同じ。じゃから、いっそのことここに封印しようかと思っての」
「灯台下暗しってやつですか……?うーんでも危ないと思いますけど……」
私は心配だった。もう魔王がいないこの山、暴れ者が来たとて、対処する者はいない。
剣を奪われないように本当にできるだろうか……。
ミルコは、剣を拾い上げると、私にポン、と手渡した。
「うむ。ではあとは頼んだぞ」
「……は?ええ!?なんで私に渡すんですか!?」
ミルコは、サムズアップする。
「いやぁ、ワシもどこにどうやって封印するか悩んでおったのじゃ。そこへお主が現れた。転生者として力もあるお主が管理すれば、世界一安全じゃろう。野心なども持っておらぬようだし」
「えぇ……でも私なんかが?」
「うむ。初対面じゃが、ワシの目に狂いがあったことはない。適任じゃの」
そう言って、嫌がる私を背に、ミルコさんは下山して行った。
ただグルーべ山から帰らなかっただけの私が、まさかそんな重大な役目を押し付けられることとなるとは。
ただの豆腐屋が、世界の守護者になってしまうとは、人生とはわからないものだった。
でも、スバルさんが命をかけて、得たアイテムなのだ。
大事に管理しておくのが、義理という者なのかもしれない。
スバルさんに、故郷で元気に過ごしてもらいたいものだ。
「龍殺しの女騎士、故郷で最強の弟子たちを育てます〜ドラゴンスレイヤーの日常〜」
『へへっ大変な役割になっちまったな』
脳内に響く声に、私は適当に返答する。
「まっやることになったからには、誰にも奪われないようにちゃんと気をつけるよ」
『頑張れや世界の守護者さん』
「はいはい」
異世界転生者は、転生時女神さまからチート能力を授けられる。
この能力とは、世界の狭間に落っこちてどこにもいけなくなった魔物の魂を、転生者の魂に結合させることで発現するものである。
ゆえに、チート能力と長年付き添っていると、このように脳内で能力元となった魔物と会話ができるようになるのだ。
この脳内の魔物と仲良くやっていけると、チート能力はより強力になる。これを女神さま曰く覚醒というらしい。
私の場合は、豆腐小僧である。彼はいたずらっ子な少年で、たまに鬱陶しいこともあるが、まずまず仲良くやっていけていた。
「私が死んだらあんたも死ぬんだからね。襲われた時は本気で力貸しなさいよ」
『ヘイヘーイ』
豆腐小僧の能天気な返答に、私は先が思いやられた。
次回、最終話です。




