第98話 NO STORY NO LIFE
それから1年が経った。
私、カナエの日常はこれまで通り変わることはなかった。
毎日豆腐を作って、美味しい朝ごはんを食べ、散歩をして、昼寝をして、すぐに飽きるような趣味に手を出してみて(いまは陶芸)、町の皆さんの井戸端会議にまざる。
魔物を倒して、成り上がるような冒険を求めてる男の子たちには、退屈な日常に見えるだろう。
でも、私は幸せだった。たまに結婚しないの?とか近所のおばあちゃんに聞かれるのだけ面倒くさいけど。それ以外は満足。
宿屋の跡取りをおだてたら、朝風呂の半額券を貰ったので、今日は休みをとって湯に浸かりにきてきた。
お客の信頼を裏切れば、好きなタイミングで休めるのが個人事業主のいいところである。
露天風呂へ入る扉を開けると、湯煙の向こうから声が届いた。
「こら!水を得た魚のように泳ぐな!」
「そっちこそのぼせたからって、ぶら下がらないでよコウモリ?」
温泉には、すでに先客がいた。ここは薬湯が有名であり、湯治のための滞在客で普段からいっぱいである。
大抵そういう客はお歳が召したおばさまがたで、物静かに湯に浸かってるものだが、この声の主は若い女の子ふたりだった。
「ん……あれはたしか」
露天風呂に近づくと、ふたりの姿が見えてくる。
藍色の髪の女の子は、湯船にぷかあと仰向けに浮かんでいた。
そして、もうひとりの緋色の髪の女の子は、風呂の脇に生えた木の枝に足を引っ掛けて逆さまにぶら下がっていた。
タオルもまとわず、開放的な空間を楽しんでいたふたりも、近づいてくる私に気がつき、声をあげる。
「あっあなたは」「カナエさん……でしたっけ?」
私は手を挙げる。それほど関係があるとは言えないが、顔見知りなふたりだったのだ。
「おはよう、ドルチェちゃん、ガーナちゃん」
温泉で鉢合わせたのは、かつて私が倒そうとしていた魔王、その側近の少女たちだった。
ドルチェちゃんとガーナちゃんは、近況を話してくれる。なんでもふたりは、セガが魔王を引退してからも、一緒に旅を続けていたのだという。
「やることないもんね」「ふたりとも孤児だし行く当てもないし」
しかも旅のメンバーは、この3人だけではなかったらしい。
ユウジ、スバル、ランパ、鈴音の4人と連れ添った、7人のパーティで街を渡り歩いていたというのだ。
元勇者と、元魔王。奇妙な組み合わせに私は笑ってしまった。平和を実感する。
「そっかぁ。それでどうしてふたりはここに戻ってきたの?喧嘩別れでもした?」
すると、ドルチェちゃんは顔を曇らせた。
「喧嘩……まあ喧嘩なんですけど」
言葉を詰まらせる彼女に、ガーナはわざとらしくおどける。
「どっちかと言えば殺し合いだよねぇ。死にかけたもん」
「え、どういうこと?」
迂闊に聞いてはいけないことに触れてしまったのかと思えば、聞けば実に馬鹿馬鹿しい理由だった。
7人のパーティは、ある時、ウィッチ・ド・サンに代わって、現在では世界最大規模を誇る学園都市を訪れたのだという。すると、セガがこう言い出したのだ。
『そういえば、学校行ったことないから通ってみたいかも』
セガは、何百年も幼い体のまま幽閉されていた。外の話を聞いて、学校に憧れを抱いていたのだという。
セガは、ドルチェちゃんとガーナちゃんとともに都市一番の魔法学校の入学試験を受ける運びになった。
「入学試験の試験官が嫌味なやつでね、値踏みしてくるような目で見てくんの。こっちはあんたらの数万倍強いってのに」
「だからここは舐められないように一発かまそう!って。そしたらなんか2人で張り合っちゃって……」
ドルチェちゃんとガーナちゃんは、反省した顔で回想する。
セガは、持ち前の膨大な魔力量で、早々に試験官に合格を言い渡されたのだが、問題はその部下ふたりだった。
『余裕余裕』
『さすがまぉ…セガさま!』『私たちもセガさまに恥じない姿をお見せします!』
ドルチェちゃんたちは、2人でどっちがより良い点で合格できるかを競い始めたのだった。
ペアとなって行う、実力を示すための模擬戦闘試験で、ドルチェとガーナは、あろうことか手加減なしに本気でぶつかり合ったのだ。
「えぇ…….仮にも魔王軍のトップがそんなことしたら……」
私は冷や汗を垂らす。想像通り、ふたりの戦いは、あたりを焦土にしかねない勢いだったらしい。
「あまりに周りが見えてなかったので迷惑をかけてしまい……」
「鈴音さんが止めてくれるまで、私たちは戦うのをやめなかったんです」
『こらぁ!いい加減やめなさーい!後輩たち!』
鈴音は、ふたりを氷漬けの氷像にした。
「氷漬け……氷漬け!?」
見ると、ドルチェとガーナの肢体には、生々しい凍傷が残っていた。
「いくら魔物でも全身凍傷だよ」
「だから湯治にきたってわけ」
このあと、多くの被害を出したドルチェとガーナも、実力を認められて、入学が認められたのだが、この問題児には抑止力が求められた。
『ふたりが暴走したら、私が毎回止められればいいんだけどね。でも学園生活送りたいのにクラスメイトに元部下として、上下関係出すのも嫌だしなぁ』
『……セガさま、それなら私に任せてください』
鈴音は手を挙げた。
こうして、鈴音は学園に教員として、迎え入れられたのだという。
「えっ!鈴音さんあんなにユウジくんのこと好きそうだったのに、パーティから離れたってこと!?」
少ししか顔を合わせなかったとはいえ、部外者の私にも、鈴音さんがユウジくんに好意を寄せてるのは丸わかりだった。
それなのに、鈴音さんが離脱を決断をするとは、私には驚きだった。
「でも別れ際みょうに満足そうだったよね」
「絶対一発やったって」
下世話な話をするドルチェとガーナ。あまり反省していないのかと疑ってしまう。
この悪ガキふたりに手を焼く鈴音さんと、はじめての学園生活を送る魔王。
また新たな面白い物語がはじまっているようだった。
『元魔王の最強学園生活〜元部下たちと楽しくやっています〜』
それからまた、1年が経った頃。
私はお買い物をしに、山を一合降りて、市場に出かけに来ていた。
街の広場はなにやら賑やかで誰かが歌っているらしい。楽しそうな雰囲気につられて、私も覗いてみることにした。
「……うわっなにあれ」
思わず正直な感想が口から漏れてしまった。
広場の中央では、お世辞にも美しいとは言えない肥満体型の男性が半裸で踊りながら、歌っていたのだ。
歌の内容は、旅をしてきた実体験や伝えきいた話のようで、目さえ瞑ればかなり興味深いものだった。どうやら男はあのなりで、吟遊詩人に属する者らしい。
というか、男の周りに群がるギャラリーは、みな目を瞑って歌を聴いていた。
「………ならうか」
私も、周りと同じように目を閉じて男の話を聞いた。
「あるところに親子の獣人がいた〜毛並みが綺麗な犬科ドールの獣人さ〜娘は奴隷に捕まり売り払われ〜、母は行商人として旅をしながら娘を探していた〜
娘はたくましく育ち〜勇者の仲間として活躍し〜ついにら魔王を倒したってさ〜
魔王を倒したあと娘は、ついに母と再会した〜私の歌を聴いた母が、娘が生きていることを知り〜ついに出会えたのだった〜
親子感動の再会〜ふたりはいま仲良く小さな薬屋をやって過ごしてるんだってさ〜
お金が貯まったら親子水入らずで最近できた遊園地に行くんだってさ〜
とある立派な獣人さんの作った差別のないテーマパーク〜君たちも興味があったらぜひおいで〜獣人も人間もエルフも誰でも大歓迎なそうだよ〜」
私は、おつかいの最中だということを忘れて、話に聞き入ってしまった。
もしかすると、この話の親子とは、ユウジくんのパーティにいた、ランパちゃんなのではないか。
豆腐アイスを美味しそうに食べてくれた彼女が幸せそうで、なによりなことだった。
親子で今は薬屋をやっているということは、ランパちゃんもユウジくんのパーティから離れたのか。
じゃあいまユウジくんは、スバルさんとふたり旅をしている……?
私は、彼らの現在が少し気になった。
そして、遊園地をつくったとある獣人とは、これは間違いなく、ヒイロさんとピースちゃんのことだった。
先日、私にも手紙と共に招待状が届いたのだ。
ふたりは、奴隷解放のために各地を回っていたが、あるとき過激な方針を変えて、獣人たちのイメージ向上を目指すようになったのだという。
そうしてヒイロさんたちが作ったのが、獣人たちと触れ合える遊園地『もののけパーク』。かわいいキャストさんたちのもこもこした毛皮を触れると、オープンしてすぐ、世界中から客がひっきりなしに訪れているという。
「……って、わわもうこんな時間か!はやく買い物行かないと!」
私は、吟遊詩人さんの歌を名残惜しく思ったが、住み込みスタッフがお腹を空かせて待っていることを思い出し、その場を離れた。
世界のどこかで、また物語は続いていく。
『もふもふ獣人の薬屋日誌〜田舎で母娘なかよくスローライフ送ってます〜』




