第91話 魔王とお喋り
結局、ユウジたちが魔王と会うのは、一階の応接間となった。
魔王は数100年生きているとのことだったが、ランパと同じくらいの背丈で、まるでただの子供だった。着込んだバスローブは、ダボダボである。
唯一の魔物らしさといえば、頭の左右に生える大きなツノくらいである。あとは、顔も幼く、人生経験を感じさせないふつうの子ども。しかし、そんな女の子に、鈴音とヒイロは跪いた。
「お久しぶりです魔王様。マクアショーでの魔物制圧任務が完了しましたので、新たな仕事を頂戴したく戻ってまいりました」
「魔王様、ゴーレムのほうはお気に召していただけましたでしょうか」
湯上がりの魔王は、頭にまいたバスタオルを取る。ツノにひっかかり、ひゅるりと擦れる音がした。
濡れた長い茶髪をぶるぶるとふるい、水飛沫をあたりに撒き散らす。
そして魔王は頭を下げる部下2人に対して、口を開いた。
「ヒイロっちありがとねーあのゴーレムすごいよ。私がこんなに長時間部屋から離れててもなんとも起きないなんて!今度魔力たくさん貯めて旅行にでも行っちゃおうかなぁ。山から出るのなんて何年振りだっけ。うーん?日記とか買いとけばよかったな。時間の流れがよくわかんない。
鈴音ちゃん久しぶりー!元気してた?よくここまで来たね。長旅ご苦労様!仲間も連れてきたんだね。鈴音ちゃんの仲間だし歓迎しないと!新しい仕事?なんかあったかなぁ。
あっひとまず髪の毛乾かしてくれない?」
お喋りな魔王のうしろで、パタパタと慌ただしく動いていたドルチェは、鈴音にドライヤーを渡す。
「それではこれよろしくお願いします!わたしはお召し物準備してきますので!」
「あ、うん」
魔王は、鈴音に背中を預けて、髪を乾かしてもらいはじめた。ツノをかき分けて、濡れた髪を束にして乾かす。
ブオオオオと音を立てるドライヤーを前に、魔王もさすがに大人しくなる。
ドライヤーを見て、ユウジは以前から抱いていた疑問を口にする。
「この世界って妙に近代化してるというか、僕たちの世界と遜色ない文明ありますよね」
魔王はきらりと目を輝かせた。話題のタネを見つけたら口を挟まずにはいられない性分だったのだ。
「それはね『ブォーーー』者だってそうでしょ?いろん『ブォーーー』のよ!だから流行りの音楽だ『ブォーーー』あれでしょ?いまはゲームだ『ブォーーー』マ娘!私もやってみたいんだよね〜」
魔王は意気揚々と口を動かすが、ドライヤーの風の音でほとんど聞こえない。
ユウジは、とりあえず頷いておいた。ちらりと見ると、鈴音は笑いを堪えていたので、わざとやっているのかもしれないと気づいた。
お喋りな、小さな女の子。
それがこの世界を支配しようとしている魔王なのだった。
食堂から、ピョコンとウサミミが飛び出す。ピースが顔を見せた。
「あっ!魔王様やっほー!ねぇねぇいまお夕飯作ってるんだけど手伝える人いるー?あっ!ランパちゃん、お料理教えてあげよっか!」
ガーナも、ピースに続いて顔を出した。
「えーと何人分作るんでしたっけ……ひぃふぅみぃ……。こんなにひと来るの初めてです。お皿足りるかなぁ」
ご指名されたランパは、ユウジとスバルを交互に見る。
「えっと……」
「いいよ、行ってきなよ」
「ここは私たちに任せとけ。闘う雰囲気じゃなさそうだしな」
スバルはずっと剣に手をかけていた。しかし、全く抜く機会が訪れない。
魔王は友好的であるため、ランパがこの場を離れても問題はなさそうだと判断できた。
「じゃあ行ってきます!」
ランパは楽しそうに、ピースとガーナのほうへ駆けて行った。
魔王の髪の毛は、しだいに水気がなくなっていった。サラサラとした茶髪を、鈴音は愛おしそうにとかす。
頭皮を刺激されて、魔王は気持ちよさそうに目を細めた。
「んー、久々の感触〜。あっそうだまだ名乗ってなかったよね。私の名前は、セガ。魔王とか周りが呼ぶけどどっちで呼んでもらっても構わないよ」
「セガさん……」
魔王のセガ……。サタンセガ……。セガサタン……。ユウジは脳内でいらないことを思いついたが、通じるはずもないので黙っておいた。
セガは、鈴音の膝から降りると、ソファに座るユウジのもとに、てとてとと歩いていった。
「ユウジくんは転生者なんだよね。戦うつもりはないの?女神からお願いされてきたんでしょ?」
自分を殺しにきたであろう相手を前に、セガは、一切恐れることなく話しかけた。ユウジは、その大物さに気圧されながら答えた。
「いえ、そんな戦うつもりはないんです。実はここに来る前に女神様から事情を聞いてて……」
「あら、そうなの。じゃあ君もこの世界に留まることにしたんだ。でもせっかくチート能力持ってるんだし、一発私に撃ってみたら?」
それを聞いてヒイロは顔をしかめる。
「魔王様、お戯れはほどほどに」
「ちょっとー初対面の時にいきなり殴ってきたヒイロっちが言う?いいの、気にしないで。挨拶みたいなもんだから、どーんと殺す気でやっちゃってよ。君は女神からどんな力をもらってきたの?」
セガは、自分の胸をトントンと叩いた。
ユウジは、ヒイロを見るが、ため息をついていて、もう好きにしてくれといった風だった。
「えっとそれじゃ……」
遠慮がちに、ユウジは手のひらをセガに向けた。
ミント、発動。
ユウジは、魔王セガの心臓にミントを生やした。
並みの魔物なら、この技でいままで全員倒せてきた。
心臓に異物が生じて、なんともない生き物なんていないのだ。
だが。
魔王は、そこらの魔物とは違った。
ユウジが能力を発動しても、セガはなんともない様子だった。
セガは首を捻った。
「いまなにしたの?」
「心臓に、ミントを生やしました」
ユウジは、緑色の小さな植物を指先に出してみせた。セガはそれを見て、納得がいく。
「ああ、なるほど!はぁーそれはすごいね。どんな魔物でも一瞬で倒せちゃうんじゃない?ま、私には効かなかったけど。ふふふ、不思議かなー?じゃあ種明かししてあげる。魔王とまで呼ばれた私の固有魔術。それは〜」
「時間を巻き戻す。それがあなたの能力ですよね。それも女神様に聞きました」
「むぅ。カッコつけたのにいじわる」
ユウジに言葉を遮られて、セガは口を尖らせた。
事前に女神から聞いて、魔王にはミント能力が効かないかもしれないとは知っていたとはいえ、目の前で調子に乗られて、ユウジもいい気がしなかったので意地悪をしたのだった。
一方スバルは、唖然としていた。
「お、おいなんだよそれ。時間を巻き戻す?つまりミントを心臓に生やされたけど……生やされる前に戻したってことか?」
驚いてくれたスバルに、セガは得意そうに胸をはる。
「そのとーり!私の肉体にはオートでその魔術がかかってるからね。怪我も一瞬で治る……というか元に戻っちゃうんだ!その剣で切り掛かってみる?無駄だけど」
「………やめとくよ」
スバルは、ようやく剣から手を離した。向かっていっても叶う相手ではないと理解したのだ。
あの竜人ミルコでさえ、こんな無茶苦茶な能力を持つ魔王には勝てないだろう。スバルは、世界の広さを体感した。
セガは、ユウジのほうを向き直す。
「ま、とりあえず夕飯いっしょに食べようか!女神から事情聞いてそれでもここまで来たってことは、なにか話があるんでしょ?」
「はい。よくおわかりですね。聞いていただけますか」
ユウジは頷いた。セガは、また胸を張った。
「もちろんっ。ふふ私はお喋りも好きだけど人の話を聞くのもだーいすきなのよ。ずっと部屋に篭ってるのは飽きるからね。旅の話もじっくり聞きたいな」
食堂からいい匂いが漂ってきた。日も暮れてきて、夕飯にはぴったりの時間である。
ちなみに、ユウジがあげたミントも香草といっしょに調理に使われていた。




