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第88話 朝風呂と豆腐小娘

 早朝、山に住む鳥の独特の鳴き声とともに、ユウジは目を覚ます。


 ガサゴソと物音がしたので、ベッドに寝たまま、音の方向をむくと、先に起きていたスバルが、なにか準備をしていた。


「おはようございます早起きですね」


「おう。なあ朝風呂行こうぜ」


 スバルはザックから、タオルを引っ張り出した。


 8合目から30分登ったところの9合目には温泉街がある。日帰り入浴も可能だという。


 鈴音とランパを起こしてから、ユウジたちはまだ日が登り切る前に登山を再開した。


 ただし大きなザックは宿に置いてきて、軽装での登山なので、ユウジの足取りは軽かった。


 鈴音はまだ眠そうだった。酒が抜けていないらしい。


「むにゃ……魔王様に会う前にお化粧整えなきゃ……」


 標高が高くなってくるにつれて、あたりに湯気が漂っていた。山から湧いた温泉から流れてきたのだ。


「そういえば鈴音さんって暑いの苦手ですよね。雪女だから」


 ロスチュでは男女別の入浴だったため、ユウジは鈴音が温泉でどう過ごしたのかは知らなかった。


「暑いのはたしかに苦手だけど、さっぱりするのは好きだし、あがるの早いくらいかな」


 一応、湯には浸かれるとのことだった。


 8合目は石畳が敷かれており、木造の古風な温泉旅館がいくつも並んでいた。そのなかから、日帰り温泉ができると聞いていた名湯「白花の湯」を探して、中に入る。


「じゃあまたな。ユウジ今日はお邪魔しないから」


「え?いまのどういう意味ですか?」


 スバルは、暖簾を押して女湯のほうへ行く。鈴音は首を捻りながら後ろについていく。


 ランパも暖簾をくぐろうとするが、ピタリと止まってユウジにたずねる。


「お風呂上がりアイス食べたいです」


「いいよ、僕ははやくあがると思うからどこか売ってるとこないか探しとくよ」


「やった!」


 スキップまじりに女湯へ向かうランパ。いつのまにか甘え上手になったものだと、ユウジは微笑む。


 男湯の暖簾をくぐったユウジは、ささっと服を脱ぎ、浴場に足を運ぶ。


 さすが山の上の名湯、ロスチュにあった温泉よりも広く、また湯の効能も、読むのが面倒になる程に看板に書き連ねられていた。


 ゆっくりと湯に浸かっていい時間を過ごしたと思ったのだが、予想通り、ユウジがあがったころにはまだ女性陣は温泉を楽しんでいるようだった。


「さーて湯冷ましに散歩でもするか……」


 旅館の外に出て、ユウジは石畳を歩く。ようやく登ってきた太陽が、明るく顔を照らす。


「まぶし……」


 ほんわかと温まったたからだを、柔らかに撫でる風。目を覚まそうとしてくる朝の日差し。さわやかな気分の散歩だった。


 だが、歩いている途中にこんな早朝にアイスを売っている場所などあるわけがないことに思い至り、青ざめる。


「ガッカリさせたくないな……」


 足を止めて腕を組むユウジ。こんな朝からやってる店など豆腐屋くらいだろう。


「って豆腐屋なんて異世界にないか。あってもアイス売ってないし」


 プ〜。プ〜〜〜。


 そのとき、気の抜けるようなラッパの音が前方から聞こえてきた。


「なんだ?」


 カツン、カツンと下駄を鳴らしながら、ラッパの主は小道から現れる。


 笠をあたまに深々と被った、小さなシルエット。ラッパはヒモに通して首にかけている。服は割烹着を着ており、手には水の張った桶を持っていた。


 ラッパの主は、ユウジに気がつくと足を止めて、笠をくいっとあげた。笠の下に隠れていたのは丸い童顔とおかっぱで、どうやら女の子のようだった。


「お豆腐、いりますか?」


「豆腐屋あるんだ……」


 異世界には意外といろんな文化がもといた世界と共通しているものだと、感心するユウジ。


 すると、ユウジの反応を見て、女の子はもしかしてと呟く。


「あの、あなたってユウジくん、ですか?」


「え、そうだけど。なぜ僕の名前を?」


 初対面の女の子に、自分の名前を知られていて驚くユウジ。女の子は、やっぱり!と手を叩く。


「ヒイロさんから聞きました!もうすぐ転生者がやってくるよって!実は私もユウジくんやヒイロさんと同じ転生者なんです!」


 女の子は、名前をカナエと名乗った。カナエは元の世界では女子高生だったが、ある日車に轢かれて死んでしまい、こちらの世界に流れ込んできたのだという。


「そうだったんだ……あれ?魔王の城下町にいるってことはもしかして」


 ユウジは察する。カナエは、照れるようにはにかんだ。


「お察しの通り、私も魔王城を目指して旅してきたんですけど……討伐諦めちゃいました」


「そっか……」


 開店前の団子屋が、外に椅子を出しっぱなしにしていたので、ユウジとカナエはそこに腰を落ち着ける。

 

「ユウジくんはどうするか決めてるの?というか、そのへんの事情は聞いてる?」


「うん、ここにくる前に女神様からあらかた」


 カナエはそれを聞いて目を丸くする。


「えっ?あの女神様が?先に教えてくれたんだ……。私は魔王様を前にして、ようやく聞いたんだよ。『どうして女神様は、魔王様を倒そうとしているのか』を」


「方針変えたみたいだよ」


「そっかぁ。まー疑問に思わず、女神様に会っても聞かなかった私も悪いか……。あのね、私この世界に来て不安だったの」


 カナエは、身の上話をはじめる。いつのまにか雀のような小鳥がちゅんちゅんと鳴き始めていた。


「だから女神様から、魔王を倒すようにって目的もらったとき、ああ、それが私がこの世界で生きる意味なんだ、それに従えばいいんだって楽になって」


 ユウジは相槌をうつ。たしかに、はじめて転生をしたときは孤独だった。自分を知るものは周りに誰もおらず、また自分を形作る肩書きもない。


 どう生きればいいのか、先行きが見えなくなるのは当然だった。


 カナエは、すこし自虐的にわらう。


「でも、いろいろこの世界のことがわかって、好きに生きていいんだってわかって。ふふ、主人公なんてやらなくていいことがわかったら、肩の力抜けちゃったよ」


「はい……」


「せっかく女神様からチート能力もらったんだから、これをもとに好き勝手生きることにしたんだけど、そしたらもう生きるのが楽しくってさ。いまはここで豆腐屋さんやってるの」


 カナエはぎゅっと桶を抱きしめる。


「だから、先輩ヅラするわけじゃないけど、あまりユウジくんも、自分の決断に深刻にならないでね。2度目の人生、楽しく生きなきゃ損だよ」


 ユウジは目を閉じて、頷いた。


「そうですよね……ありがとうございます。実は僕ももう、魔王に会ったらどうするかはもう決めてるんです」


「そうなの、それはユウジくんも納得できる選択?」


「ええ、大満足のハッピーエンドです」

 ユウジは自信満々に胸を張った。


 

 カナエと別れて、ユウジは温泉に戻る。すると湯上がりでホカホカになったスバルたちは、水を飲みながら談笑していた。


「それでよー私はこう言ったんだ。『煮ろ!』ってな」


「いやそれじゃまるで人体実験じゃないですかぁあっははは……」


 スバルの話に、鈴音は笑い転げていた。オチだけ聞いてもなんの話かわからなかった。


「あっ!おかえりなさい!」


 ユウジが帰ってきたことに、ランパは気がつく。視線がキョロキョロとしており、明らかにアイスを探している。


 つい、ユウジにも悪戯ごころが芽生える。


「んーランパ、こんな朝にアイスなんて売ってると思う?」


「えっ!なかったですか?」


 ショックを受けて、獣耳がへたるランパ。そんなランパの前に、ユウジは皿を差し出した。


「なんて嘘だよ、ほらアイスあったよ。豆腐屋さんからもらった豆腐アイス」


 ユウジは、さきほどカナエから豆腐から作ったアイス、豆腐アイスをもらっていた。


 カナエのチート能力は、妖怪「豆腐小僧」から由来する能力「TOFU」であった。


 食べると元気になる豆腐を生み出すことができる能力である。


 ランパは、スプーンで豆腐アイスを食べて、ニコニコになっていた。TOFUの能力によるものなのか、風呂上がりに冷たいものを食べれた喜びからか、あるいはユウジに甘えることができたからか……。



 さっぱりしたところで、4人は装備を整える。


「じゃあ行きましょうか、魔王の元へ」


 ユウジたちは、10合目、頂上にある魔王城へついに向かった。




 余談だが、道中、ユウジはさきほど豆腐小僧の能力を持つ転生者と会ったことを話したところ、鈴音に驚かれた。


 大妖怪見越し入道と、ろくろ首のあいだに生まれた妖怪、豆腐小僧。


 豆腐を司るだけの存在であるが、妖怪の間では、豆腐小僧はかなり有名な、伝説の妖怪とのことだった。


 ユウジは、自分のミント能力にも、なにかいわれがあるのだろうか、と想像した。

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