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第87話 ランパのルーツ

 8合目に着いたのはお昼過ぎだった。


 山道は途中から石段に変わり道が舗装され始めた。そこを歩いていくと、石の鳥居の向こうに歓楽街が広がっていた。


 木造屋台、雑居ビル、高級レストラン、カフェ、酒場。玉石混交に、さまざまな建物が入り乱れている。


 街を歩くのも、ユウジと同じような普通の人間から、ランパのような獣人、その他一つ目や背中に翼の生えた亜人、人型〜異形の魔物など多種多様な種族たちだった。


「ここは魔王城城下町。あらゆる文化が集まる街だよ」


 鈴音は懐かしそうに話す。


「このグルーべ山は、いくつもの国々に囲まれた中心部にあるから、さまざまなルートからこの街にひとはやってくるの。ここは山上にある文化の交流地なんだ」


「美味しそうな匂いがたくさんしますね……お昼ご飯しましょうよ」


 ランパはヨダレを垂らしていた。


「そうだな。もう頂上まではすぐ行けるみたいだし今日はゆっくり宿取って休もうぜ」


 宿に荷物を置いた後、ユウジたちは町の定食屋でご飯を食べた。


 そして腹も膨れて日も暮れてきた頃、鈴音の行きつけの店に案内してもらうことになった。


「ミュージッククラブなんだけど、初見さん大歓迎だから安心して」


「クラブって行ったことないなぁ」


 鈴音に連れてこられたのは、路地裏のビルの一階。ユウジが重い防音扉を開けると、ポップなミュージックが流れ込んできた。


「ひゃあっ」


 いきなり大きな音が鼓膜を刺激したので、ランパはびっくりして獣耳を畳んでしまった。

 

 目が慣れるまで、室内はほとんど真っ暗だった。ところどころカラフルなライトで照らされているがが、あまり他の客の顔は見えない。


 音楽と笑い声だけが響く暗闇。ユウジはまるで異世界に迷い込んだようだと思った。


 じっさい異世界に迷い込んでいるのだがそれはともかく。


「ごめんね、大きな音だって言っておけばよかったよしよし。そうそうあと、ワンドリンク制だよ」


 ランパを抱き寄せる鈴音。子供には刺激の強い場所に連れてきてしまったと反省した。


 ランパがはぐれないように、4人固まってカウンター席に移動する。バーテンダーにドリンクチケットを渡すと、妙に甘ったるいドリンクが出された。


「見ろよラップバトルやってるぜ」


 丸椅子に腰掛けたスバルが、ライトに照らされたステージを指差す。


 ステージ上では2人の男がマイクを持って、リズムに乗りながら交互に罵り合っていた。


「ここに立ってるってことはお前を倒す準備はできてるってことだ、のってるかサイファー?切り裂くぜリッパー!俺はやんちゃざかりの聞かん坊、お前は店をつげない次男坊!」


「よぅよぅ好き勝手言ってくれるじゃねえかこのニート野郎聞かん坊風来坊?お前はただのプー太郎!カッコつかねぇぜ?無職に色気はまだ早え出直してこい」


 ステージの上のひとりは、いかにもラッパーといった風貌だった。サングラスをかけキャップを被り顎髭を生やしている。


 一方で、対するもう1人の男は異様な出立ちであった。上半身は裸で大きな腹をだらしなく揺らしている。頭にかぶった三角帽子もズボンもボロ雑巾並みの汚なさで、自由と不潔を履き違えているようだった。


 どうやら押されているのは、後者の太った男のほうだった。男は顔を真っ赤にすると、唾を撒き散らしながら、汚い言葉を叫び散らかす。


「〜〜〜×××××(コンプラ)×××(コンプラ)!××××?××××ッ(コンプラ)」


「かえれー!」「ふざけんなー!」


 劣勢のあせりから飛び出た、聞くに堪えない下品なワードセンスに、さすがに観客たちからブーイングがとぶ。


「むっなんですか?」


「あんなの聞いちゃダメだよ」


 ランパの耳の方向をステージ上からそらすユウジ。ランパは子ども扱いされて不服そうにほおを膨らました。


 結果はもちろんこの太った男の負けだった。


「うわっこっちきたぜ」


 スバルが嫌そうな顔をする。ステージから降りた男は、喉が渇いたからかまっすぐにユウジたちのいるカウンターへ向かってきた。


「ふー熱くてしょうがない。服なんて着てられないねっマスタードリンクちょうだい」


 丸椅子に座ると、汗まみれの肌をタオルで拭く男。隣に座られた鈴音は、少しずつ間隔をあけようとしている。


「おいどうする?場所移動するか?」


「そうしましょうか」


 コソコソと作戦会議をしていると、押さえつけていたランパの耳が、ピクンと跳ね上がった。


「えっ?あれ?」


 不思議そうに、こめかみのあたりに手を当てるランパ。


「どうしたの?ランパちゃん、具合悪い?でる?」


 心配そうに鈴音が顔を覗き込むと、ランパはポツリポツリと独り言のように漏らした。


「いえ、なんか……違和感?なにかが思い出しそうな……?んー?」


 しきりに首を捻るランパ。どうしたのかとユウジたちは見守った。


 ライブフロアは現在、チルアウト(落ち着く)時間であり、安らぐ音楽が流れていた。


 観客たちは、ゆらゆらと体を揺らしながら談笑している。


 太った男のもとに、ドリンクが届いた。男はグラスを持ち上げると一気飲みして、爽やかに声を発する。


「ふー生き返る!おかわ……」


 そのとき。


「あーーー!」


 ランパが突然、その男のほうを見て叫んだ。


「ど、どうしたランパ」


 丸椅子の上に立ったランパは、口をあんぐりと開けてカタカタと震えていた。


 棚の後ろに落ちていた宝物を発掘したかのように。ランパは底から引っ張り出した記憶を前に、アドレナリンがどばどび出て興奮していた。


「ん?」


 太った男が、顔を上げる。ランパが自分を見ていることに気づいたのだ。


「キミどこかで会ったこと……」


「あのときの吟遊詩人さんですよね!」


 ランパは食い気味に、男に迫った。


「吟遊詩人……?あ、もしかして」


 ユウジは思い出す。かつてランパに教えてもらった彼女の過去を。


 ランパは母親からはぐれて、吟遊詩人について行ったところ、奴隷商に捕まってしまったのだ。


 つまり、ランパが母親と離れ離れになった原因の男が、いま目の前に現れたのである。


「ああ、あの時の!無事だったのかい!?」


「……っ!」


 このとき、ランパは心の中に様々な感情が渦巻いた。この男をどうするべきかと。


 怒りをぶつけて殴りかかるべきか。それとも、あれは自己責任だと割り切るべきか。


 ランパはグルグルと頭を回らせながら、最終的に、ストンと椅子に座り直した。


「ええ、お陰様で元気です。その、少しお話しいいですかっ」



 鈴音から、落ち着いて話せるこじんまりとしたバーを紹介してもらい、ユウジたちは店を変えた。


 太った男は、吟遊詩人のテールと名乗った。先ほどはおひねり目的で飛び入りラップバトルに参加していたのだという。


「そのひぐらし。風の赴くままに生きるのさ」


 テールは額に浮かんだ汗を拭いながら言った。相当な汗っかきらしい。


 ランパはテールに事情を話した。奴隷商に売られ、母と生き別れたことを。そしてこれまでどのように生きてきたかを。


 すると、話を聞いたテールは、素直に頭を下げた。


「まさか俺のせいで、君がそんな目にあうなるとは。申し訳ない。あの奴隷商め……。手がかりなどはないのかい」


「いえ……母の顔はうろ覚えですし、自分の種族も犬科の獣人であることくらいしかなくて、手がかりはほとんどなく……西の方はまだ探していないので、そちらにいるかもしれないとは予想してます」


 テールは、ふむと頷いた。


「ぼくもここ数年西の方には出向いていないからな。それじゃ罪滅ぼしに、探す手伝いをしよう。そろそろこの街も出ようと思っていたから旅の指針をそちらに向かせるよ」


「ほんとですか……ありがとうございます!」


 ランパは、ぱぁと顔を明るくした。確執なく、協力者を手に入れられたのは、喜ばしいことだった。


 それと、とテールは続ける。


「ボクは自慢じゃないけど見聞が広くてね。昔、獣人百科という本を読んだことがある。だからきみの種族も当たりがついているよ」


「えっ!ほんとですか!」


 トントン拍子に事が好転していく。ランパがテールに再会できたのは、彼女にとって幸運なことだったのだ。


「ああ、きみの種族は……」


 ごくんと唾を飲むランパ。犬科の、具体的にはいったいなんの動物なのか。


 オオカミなのか、キツネなのか、はたまたタヌキなのか。これまでランパは様々な想像をしていた。


 自分のアイデンティティに関わることなので、気にせずにはいられなかったのだ。


 ついに今日彼女は、自分の種族を知る……。


「きみは、ドールだ。犬科のドール」


「………。………?」


 首を捻るランパ。振り返り、ユウジたちに意見を求めるが、みんなピンと来ていなかった。


 ランパに代わり、スバルが尋ねる。


「ドールってなんだ?」


 テールは唸る。どう説明したものか、といった様子だった。


「ドールはドールとしか……そういう犬科がいるんだよ。図鑑が手元にないから見せれないけど……」


 鈴音は小さく手を挙げる。


「えっとオオカミとは違うんですか?」


「違う分類とされてるね。仲間ではあるけど」


 テールは、それ以上説明を求めないでくれこっちは学者ではないんだ、と手を振った。


「ど、どーる……」


 ランパは何度か口に出す事で、からだにその言葉を馴染ませようとしていた。しかしなかなかしっくり来ないようだった。


 ユウジは、そんな彼女の頭を撫でた。


「じゃあ魔王とのことが終わったら、お母さん探すついでにドールっていう動物も探してみようか」


「っはい……!」


 ユウジの言葉に、大きく頷くランパ。


 旅が終わったらユウジと離れ離れになってしまうのではないかと、時々ランパは不安になっていたのだ。


 テールから得た情報より、ランパはこのユウジの言葉に一番満足して、この夜ぐっすり熟睡できたのだった。

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