第86話 空を駆ける尾
5合目まで登ったところで、夕方になった。
ユウジたちは開けた野原にテントを立てる。
「雨は降らないらしいです」
ランパは鼻をくんくんさせて言った。山の天気は変わりやすいが、ランパはなんとなく匂いで雨が降り始めそうかがわかるのだという。
霧も晴れて、もう陽は落ちているが快晴だった。広い空はすべてを飲み込むような雄大さがある。薄暗さのなかにわずかに浮かび上がってきていた。
「天体観測でも始めようか」
ユウジは、野原に寝転がって、空を見上げた。視力的に、いくつかの小さな星は見えづらかったが、見えないものを見ようと目を凝らした。
「あっ流れ星」
鈴音が空を指差す。空を駆けるほうき星は、綺麗な尾を引いていた。スバルは即座にブツブツと願い事を唱えた。
「なに唱えたんですかー?」
いつになく乙女チックなことをしたスバルが面白くて、ランパはぐりぐりと頭を擦り付けた。
「健康健康健康って」
「うん……大事ですよね健康」
流れる間に唱えられる文字数などそんなものである。
あまり遅くならないうちに、ユウジたちは寝袋に入って眠りについた。
そして早朝起き出し、水分と携帯食をしっかりと食べて元気になると、出発の準備をした。
山の空気が綺麗なおかげが、はたまた昨夜のスバルのお願いのおかげか、みな体調が良くすっきりとした面持ちで再スタートを切れた。
しばらく歩いたところで、スバルがピタリと止まる。
「おい、なんかこっち行くと神社あるって」
メインの登山道から分岐して、一本脇道が伸びていた。
矢印つきの立て札には、この先300mに神社があると書かれている。
「ずいぶん昨日から信心深いですね」
ランパが意外そうに言うと、スバルはポリポリと頭をかいて正直に明かした。
「いやぁ、なんか……緊張しちゃってな」
魔王の元に行こうとしているのだ。実力のあるA級冒険者であるスバルでも、さすがに物怖じする。
鈴音は、一瞬目を伏せるが、すぐに明るい笑顔になって、スバルの手を引いた。
「せっかくだしお参りいきましょう!なにかしらの神様の加護が受けれるかもしれませんよ!」
木々の繁る小道を抜けると、日が差してきた。ユウジはまぶしさに目を瞑る。
慣れたところでゆっくり目を開けると、神社には先に参拝者がいた。
4人とも同じ生地のフード付きのローブを着て、社に向かって手を合わせている。
「やばい宗教団体ですかね」
偏見まみれの感想を口にするユウジ。
4人のうちひとりが、ユウジたちの足音に気がつき、振り返る。
すると、驚いたように口に手を当て、スキップでユウジに近づいてきた。
「お久しぶりです!」
「……?」
フードに隠れた顔に、ユウジは誰か判別がつかなかった。しかし、ランパはピクピクと鼻を動かした後、はっとした顔をした。
「この匂い、ピースさん?」
「あたり!元気そうだねランパちゃん」
フードを取り去ると、頭からぴょこんと折り畳まれていた長いウサギ耳が飛び出した。
獣人国家もとい、エルフ獣人国家エンベコピーにて出会った、ウサギの獣人ピースであった。
かつてランパと激闘を演じたことなど、微塵も気にする素振りもなく、ピースはニコニコとランパに笑顔を向けた。
そうなると、必然的にローブのもうひとりの正体もわかってくる。
「ってことは……」
「やあユウジくん。魔王様のとこまできたんだね」
ローブのひとりがフードを外す。こちらも獣耳がぴょこんと出てきた。
ピースのパートナーである転生者ヒイロであった。
あらゆる鎖に縛られなかった伝説を持つ狼の神獣フェンリル。彼はそのフェンリルが持つ「解放」の能力を女神から授かっている。
ヒイロとピースは、あの一件があって以来エンベコピーを追放され、旅に出ていた。
「こんなところで再会できるとは思いませんでした」
「あのあと、いくつかの街を巡ってたんだけど、ある街で面白い噂を聞いてね。彼らを魔王様に紹介したくてついてきてもらったんだ」
ヒイロは、ローブ着の残り2人を紹介する。
2人は同時に、パサっとフードを取る。
鈴音は、目を丸くする。
「あなたは……ベコさん?」
「こんにちはぁ。その節はどうもぉ」
大きな背丈を、折り畳むようにお辞儀をする女性。
彼女は、ウィッチ・ド・サンで会ったゴーレムマニアのベコであった。
ベコは巨大なゴーレムを操作し、大いにユウジたちを苦しめた。この旅を振り返ってみたとき、ユウジが一番苦労したのはこの件だと断言する。
ただの一般人であるベコに、チート能力者であるユウジは全く歯が立たなかったのである。
そして、ベコの隣のもうひとりも、ウィッチ・ド・サンで出会った女性だった。
「私のこと覚えてる?」
「えっと……」
女性はクールな声色だった。ユウジは、フードの下から現れた、端正なその顔立ちをじぃと見るが、思い出せない。
思い出したのはスバルだった。
「あっ!宿屋でボドゲしてる時に来たやつだろ!名前なんつったっけ」
「ああ……あの時の」
スバルに言われて、ユウジもようやく記憶が蘇る。そういえば旅立つ前に、誰かが何かの用事で訪問してきたことがあった。そのときの女性かと納得がいく。
「ソドムよ。あの時はちゃんと名乗ってなかったかもしれないわね」
女性はフッと笑った。
彼女こそはウィッチ・ド・サン魔法局所属、錬金術師ソドムである。
ユウジやベコたちの様々な思惑が重なって起きた黄金の雨事件に関わったひとりであり、中心人物ともいえる。
しかし、彼女がこの件にどのように関与したのかは、世間には、またユウジたちにも知られていない。
ソドムはただの魔法局の職員という肩書きの一般人なのだ。
「ヒイロさんにスカウトされてね。仕事をしにきたのよ」
「はぁ……」
ほぼ初対面の相手とどう接すればいいかわからないユウジたちは、それとなくヒイロに会話の主導権をバトンタッチさせる。
ヒイロは、ユウジに尋ねた。
「これから魔王城に行くんだろ?よかったら一緒に行くかい?」
「一緒に登山ですか?人が増えると賑やかでいいですね」
「登山……?ああ君たちは足で登ってきたのかえらいね」
ヒイロの発言に、疑問符を浮かべるユウジ。まるで彼はまったく歩いていないかのような口ぶりだった。
だが、言われてみれば、ヒイロたちは最低限の防寒着としてローブを着ているだけで、山登りに最適な服装をしていない。なにか別の手段でここまで来たに違いなかった。
「もしかしてペガサスできたんですか?」
鈴音は、麓にいたペガサスの馬車に乗ってきたのかと推測を立てる。しかしヒイロは首を振るった。
「そこのソドムさんが魔法局でキメラを開発してるんだけど最近完成してね、貸してもらってそれに乗ってきたんだ」
「キメラ?」
「お見せするわ」
ソドムは手を頭上に掲げて、パチンと指を鳴らした。
すると神社の社の背後から、ニョロニョロ、と全長10メートルはあろうかという大蛇が現れた。
「グオオオオオ!」
否、蛇というにはところどころ外見がおかしい。髭が生えてるし、よくみると小さな手も生えている。背中には立髪のようなものもある
「これって龍ですか?」
「ご名答。数種の動物を組み合わせたのよ」
大蛇の姿は、ユウジのイメージする中国式の龍と符号した。
ソドムはキメラ実験で、蛇をベースに龍を人の手で人工的な龍を作り出したのだった。
龍は地にその身をつけることなく、全身を宙に浮かべている。どのような原理で空を飛んでいるのかはソドム以外誰もわからなかった。
ヒイロは、龍の背中に飛び乗る。立髪にしがみつくことで、振り落とされないように連れていってもらうようだった。
ユウジは難色を示す。途中でうっかり手を離してしまい高いところから落ちてしまう想像が容易くできた。
「僕らは歩いていくことにします。もう半分まできましたし」
ユウジは、誘いを断った。ヒイロはそうかい、と頷いた。
「じゃあ先に魔王様に会ってくるから、後でユウジくんたちが来ることも伝えておくね」
「ありがとうございます」
ユウジはお礼を言った。ピースとベコ、ソドムも続々と龍に乗り込む。
「じゃあねぇみなさぁん」
「魔王城で待ってます!山登りファイトです!」
「また、そのうちね」
「ブオオオオ……」
手を振って別れを告げると、龍はクネクネとからだをくねらせながら、ヒイロたち4人を乗せて霧の向こうに消えていった。
「アポ取れてよかったですね。常識通り事が進めそうです」
ランパは満足そうだった。マクアショーではアポが取れなかったために、城に入れなかったことがある。今回はそういうことにはならなくて済むようだった。
スバルはボソリとつぶやく。
「あれ斬ったら龍殺しが名実ともになるな……」
「ミルコさんで満足してください」
鈴音は冷静にツッコむ。
一方ユウジは、龍の姿に、昔みたアニメの映像を重ねていた。
「日本昔ばなしみたいだったな……」
異世界人である仲間たちには、通じなかった。
またヒイロに再会したら、でんでん太鼓を鳴らしてくれないか、頼んでみようとユウジは決めた




