第84話 ペガサスタクシー
魔王の住むグルーべ山は全部で10合あり、麓が1合目となる。
ユウジたちは、パンパンのザックを背負いながら、登山口のある麓の村にたどり着いた。
額に脂汗を浮かべたユウジが弱音を吐く。
「登り切れるかな……」
荷物も少なく体力のあるランパは、腰に手を当てて、ユウジにあきれる。
「まったくもう、ここまで来て。この村で一晩休みましょうか?」
「休む……」
ユウジは、背中からザックを下ろし、その場に座り込んだ。
鈴音は空を見上げる。夕焼けで空は赤く染まっていた。
「もう暗くなりそうだからね。夜に山を登るのは危険だし、それじゃ宿探そうか」
「んじゃ、私らで探してくるか。ランパはここでユウジのこと見守っててくれ。宿取れたら呼びにくるから、まだそのときユウジがザック持てなそうなら持ってやって」
スバルと鈴音は、ユウジをランパに任せると、村の宿屋を探しにいった。
「待ってまーす」
情けない声を出すユウジに、ランパはため息をつく。
「まったく、うちの勇者は過保護にされすぎです」
「えへへ、勇者って照れるなぁ」
ランパはユウジを背負って、近くのベンチに座らせた。ランパは小さい女の子であるが、軽々とユウジを運んだ。
「よいしょっと……。お水飲みます?」
「ハイドレーションでずっと飲んでたから大丈夫……」
「トイレは?」
「まだ我慢できる……お腹減ったなぁ」
「宿屋で食事しますから我慢してください」
手のかかるユウジを、ランパはまるで親のように相手した。
自分も過保護すぎたな、と思いつつ、母親のような振る舞いをすることをどこか楽しんでいるランパ。
彼女自身は親にちゃんと育ててもらった記憶がないので、母親の愛とはイメージでしかなかった。
ランパは決めていた。もし、もしこの先、母親に再会することができたのなら、その時は立派に成長した姿を見せるよりも、まずは甘えようと。
「いつもすまないねぇ」
「それは言わない約束ですよ」
ベンチに座り込むユウジの膝元に、ランパは腰を下ろして、ちょこんと落ち着く。
ユウジは、ランパの頭を優しく撫でた。ランパは目を細める。
ただ、いまはまだ、こうやってユウジの世話をしながらも、彼に代わりに甘えさせてもらおう。
ランパは、トン、と背中をユウジに預けた。
「どこも登山客でいっぱいだったな」
「ええ、なんとかひと部屋空いててラッキーでしたね。あっユウジくーん」
スバルと鈴音が戻ってきて、ベンチに座るユウジに手を振った。しかし、ユウジは静かに口元に人差し指を持ってきて、「しーっ」と囁いた。
「ああ、疲れて寝ちゃったんだね」
「へへっかわいい寝顔しやがって」
ランパは、ユウジの膝の中で丸くなって寝息を立てていた。
いくら体力がある獣人の彼女とはいえ、落ち着く場所に収まれば、緊張も解けて眠くなるというものだった。
「宿ありがとうございます。さぁ行きますか」
ユウジは、慎重に寝ているランパをお姫様抱っこした。ランパは一瞬眉を動かしたが、コテンと収まりのいい位置の、ユウジの胸に頭を預けた。
「……ん?え、どうしよ、それ」
鈴音が問題点に気がつく。スバルはなんのことかとしばし考え、ああ、と思い当たる。
「おい、ユウジ。お前がランパで手が塞がるならよ、お前のザックと、ランパのザックは誰が宿まで運ぶんだ?」
「……あ。しまった」
ユウジはあちゃーと舌を出す。先ほどユウジの荷物は、ベンチの横に下ろしていた。
これを背負い直そうとすると、せっかく気持ちよく寝ているランパを起こしてしまうかもしれなかった。
「さすがに私たちも自分のザックで手一杯だしなぁ……ん?見て!いいところにタクシーが!」
「タクシー?」
ユウジは聞き慣れた単語に、違和感を持つ。
この異世界に来てから、自動車はまだ見たことがない。この世界には存在しないのかと思っていた。
車がないのに、タクシーとはどういうことか。
ユウジは、鈴音の指差す方向をむくと、そこには白馬が引く馬車があった。
「まあ、そりゃそうか」
村内だけを交通する馬車をタクシーと呼んでいるらしい。
しかし、よく見るとその白馬には大きな特徴があった。
「ん?あれ翼生えてる?」
白馬の背中には、鳥のような翼が左右に生えていた。
「ほんとだ。ペガサスってやつか。すいませーん」
スバルは手を上げて馬車に声をかける。するとペガサスは、ブルルルと鼻息を荒くして、足を止めた。
ペガサスの背中には運転手は誰も乗っていない。言葉も通じるらしいあたり、どうやらこのペガサスは自分の意思で客を乗せて運んでいるらしい。
「ブルルル……」
ペガサスは首をくいっと動かし、馬車にかけられた、金額の書かれたプレートと箱を示す。
「はいはい」
スバルは財布を出し、金貨を箱に入れる。
ペガサスは、それを確認すると、馬車に乗るように促した。
ザックを積み込み、4人が乗ると、もう馬車のなかは満員だった。
ユウジは、左右を鈴音とスバルに挟まれ、膝元にはランパを置いた。おしくらまんじゅう状態だった。
「……むぎゅう」
ユウジのからだは、女子たちによって潰された。
「まさかペガサスの荷馬車に乗る機会が来るとはなぁ」
「さすがにこの重さじゃ飛べないみたいですね」
ペガサスは、翼をわずかにパタパタしていたが、馬車は全く浮き上がらなかった。
宿までは1キロ、すぐについた。
「ブルルル……」
4人が馬車を降りると、ペガサスはいななきながら、次の客を探すために去っていった。
のちのち宿屋に聞いたところ、あのペガサスは本来観光タクシーであり、山の周辺を飛行して案内してくれるものだったらしい。
夕食どき目が覚めたランパは、ペガサスに乗っていたときに寝ていたことを悔やんだが、荷物が多すぎて飛んでくれなかったことを聞くと、諦めがついていた。
「ペガサス乗れば登山しなくて済むんじゃね?」
スバルは思いついた。しかし、鈴音は悲しそうな顔をする。
「でも……登山グッズもう買っちゃいましたしもったいなくないですか?」
「たしかに……」
鈴音の言葉に、スバルは深く納得したのだった。
次回、登山スタート。




