第79話 竜人 ミルコ
ユウジたちが着いた夢の景色は、スバルの故郷サンワロックの街並みと瓜二つだった。
屋台が並び、人々が行き交う賑やかな王都。ユウジが破壊したはずの王城は、元の形のまま綺麗に治って聳え立っていた。
「ほぉ。ここが夢の中か。現実と見分けがつかんのぉ」
ロスチュという夢の国を初めて訪れたミルコは、感心したようにあたりを見渡していた。
「御託はいいから始めようぜ」
さっそく、スバルは剣を抜いた。ギラリと光る刃に、ミルコがうつる。剣の中でミルコはニヤニヤと余裕そうに笑っている。
広場の真ん中で相対するふたりを、ユウジたちギャラリーは、離れたベンチに座って見守っていた。
「……大丈夫かなスバルさん」
ユウジは心配そうに呟く。夢の中とは言え、意識してしまうと痛みも感じる。真剣勝負は命は落とさなくても、精神が摩耗しそうだと予想していた。
「はーい、みなさんイメージして♡ここには透明の絶対防御壁があります♡攻撃の余波が迫ってきても私たちには危害は及びませーん♡」
オウズはみなの夢のイメージを誘導する。すると、すぐさま透明の壁がユウジたちの目の前に出現した。これで安全ということらしい。
「ユウジさんは、お姉さまが勝つと思いますか?」
リズマリーは、ユウジの隣に座っていた。彼女は、優雅に扇を仰いでいる。これから始まる戦いを余興として楽しんでいるようだった。
「……リズマリーさんの千里眼ではもう結果がわかってるんですか?」
リズマリーはその全てを見通す宝石のような瞳をパチリと閉じて、ウィンクした。
「千里眼は未来は見えませんわただ遠くのものが見えるだけのもの。神様からのギフトですが、そんなに大層なものではないのですよ」
「そうなんですか。……僕はスバルさんが勝つと信じてますよ」
ユウジの答えに、リズマリーは喜んだように頷いた。
「ずっとあなたたちの旅は見ていました。お姉さまはいい仲間を持って幸せですわね」
「……じゃあ連れ帰ろうとするのやめてもらってもいいですか?」
「それは話が別ですの。お姉さまをこれ以上危険な死地に送り出すなんて許容できませんので」
そう言って、リズマリーは目を伏せた。彼女は姉を慕っているのだ。だからこそ、連れ帰ろうとしている。嫌がらせをしにきたわけではない。
「始まりますよ」
溢れ出る殺気から、戦いの火蓋が切って落とされたことを察したランパ。ごくりと唾を飲む。
ユウジはからだを、広場の中央の方へ向き直した。
スバルは、剣を正中に構えて、すぅと息を吐いた。そして。
ザッ。
レンガ畳を短く蹴る音が聞こえたと同時に、スバルの姿が消えた。
「はやっ……」
鈴音が声を漏らす。
スバルはいつのまにかミルコの背後に回っていた。無防備なミルコの後頭部に、剣を振り下ろすスバル。
だが。
「ほう。なかなかの身のこなしじゃが、相変わらず気配消すの下手じゃのぉ」
ミルコは振り返ることもなく、ひょいっと前に一歩進むだけで、スバルの剣先をいとも簡単にかわした。
「ちぃっ!」
「駆け引きができんと一流とは言えんぞぉ」
ミルコは悠々とした仕草で、しかし隙を感じさせることなく、身の丈ほどの巨大な剣を背中から下ろし、そのまま地面に突き刺した。
「さあて、遊んでやろうかの」
挑発的に、赤い髪をかきあげるミルコ。スバル相手なら、剣を手に持つ必要すらない。そういった意図である。
「……くそがっ!」
眉間にシワを寄せるスバル。舐められて、血が頭にのぼった彼女は、地を蹴り一気に距離を詰める。
縦に、横に、斜めに。スバルは何度も剣を振るう。
その軌道はユウジにはまったく目に追得ないほどの速度であった。
しかし、ミルコはほとんどその場から動かないまま、全ての剣撃を最小の動きだけでかわしきる。まるで剣がすり抜けているようだった。
「いや化け物ですかあれ……」
ランパは戦々恐々と震えていた。鈴音も柄にもなく、冷や汗をかいている。
「絶対あんなひとと敵対したくないな……」
「ふふ、こんなものではありませんよ。サンワロックの最高戦力の実力は」
リズマリーは誇らしげに、扇を仰いで言った。
たしかに、いまだミルコは一度も攻撃をしていなかった。かわし続けるだけで実力差を見せつけているのだ。
夢の中ゆえに、いくら動いてもスバルはスタミナ切れすることはなかったが、剣が当たらない焦りから、額には汗が浮かんでいた。
「っこの!性格悪りぃな!そっちも攻撃してこい!」
痺れを切らしたスバルは、一度攻撃を止め、距離を取って息を整える。
ミルコは愛らしそうに、スバルを見る。
「なんじゃ欲しがりじゃのお。もっと切りつけてきてもよかったのじゃぞ?」
「うるせー!」
憎らしそうに叫ぶスバル。対照的に、嬉しそうにミルコは剣の柄に手をかけた。
「ミルコは竜人、簡単に言えば、獣人の竜バージョンなのですわ」
ついに剣を手にしたミルコを見て、リズマリーは目を細めた。
オウズはビクンッと尻の尾を立たせる。
「それってつまり竜……ドラゴンの力を使えるってことぉ……?やばぁ♡」
魔物の間では、ドラゴンは別格の強さを持つ種族として畏怖されていた。オウズもじっさいにドラゴンを見たことはないが、子供の頃から恐ろしい存在として何度も聞かされて育った。
巨大な剣を、片手で軽々と持ち上げたミルコは、口角をあげ、チラリと牙を見せる。まさに竜を彷彿とさせる、恐ろしく鋭い牙だった。
「ふしゅうううう」
ミルコは深い深呼吸とともに、全身に覇気を纏う。すると、剣を掲げた腕の正常が次第に変化していく。
ひび割れた、しかし堅そうな緑色の皮膚。爬虫類の鱗のようだった。
そして尻からは、ニョキニョキと太い尾っぽが生えてきた。これまた鱗に覆われている。
「竜人は竜化を進行させることにより、さらに莫大な膂力を得ますの。……このバリアほんとに安全ですのよね?」
リズマリーは心配そうに、透明な壁に手を触れた。
「本気のあんたを見るのも何年振りだろうな」
「ふぅむ?スバルちゃんの前で本気など出したことがあったかのぉ?」
ミルコは、竜と人が混じり合った姿になった。顔は人間のままだが、体のいたるところが鱗に覆われている。
ミルコは巨大な剣を、大きく後ろに振りかぶる。
「さあて、わし力込めるとノーコンじゃからのぉ。直撃したら運が悪かったと諦めるんじゃぞ」
「……ぬかせ」
スバルは剣を構えて、攻撃を待つ。
「ただいまユウジさんに壊されたお城は再建中ですが、実は王城が破壊されるのは、サンワロックの歴史で2回目でしたの」
「その節はすみません」
「1回目は、酒に酔ったミルコが王城に止まった野鳥に切り掛かったときでしたわ」
ミルコが重々しく、横に剣を振るう。
直後。
空気が切り裂かれ、爆音があたりに響く。
「………っ!!!」
嵐のような轟音と、ともに砂煙が巻き起こり、ユウジたちは目を瞑る。
「こっ鼓膜が……」
ユウジは吐き気を催した。耳が痛くて仕方がない。
やがて、あたりが静かになって、煙が晴れる。
スバルは剣を構えたまま、二本足で立っていた。
「ぬぅ、かすりもしなかったか。やはり力任せにやるものではないのぉ」
ミルコはぼやく。
「……とんだノーコンだな」
スバルは吐き捨てるように言った。
「ひぇっ……」
ランパが悲鳴をあげる。
スバルの後方に広がっていた街が、まるで怪獣に踏み潰されたように、崩壊していたのだ。
ある民家は玄関を残して跡形もなく瓦礫になっていた。噴水はそこにあったことも忘れるほど粉々になっていた。
丘はスプーンで掬われたようにえぐられ、石畳は飛び散りみっともなく土を露わにしていた。
パノラマの街を赤ん坊が荒らしたように、無惨に。夢の中のサンワロックの一画は、一瞬で災害地になった。
瓦礫の山を背景に、スバルは虚勢を張る。
「さぁ……続けようぜ」
「うむ、構わんぞよ」
ミルコは剣を肩に背負って、低く構えた。




