第74話 サウナはこまめに水分をとって
ユウジたちは、ロスチュで思う存分に鬼ごっこを楽しんだ後、オウズの指パッチンで、現実世界に戻してもらった。
目を開けると、ユウジの足元にははじけた風船が落ちていた。夢を見ている間は、風船が浮いており、覚めると割れる仕組みらしい。
「みんなおはよう!16時間寝てたね〜♡さっからだ洗おっか!温泉案内するよ〜」
オウズは、背中の黒い羽でパタパタと宙に浮いて、ユウジたちを案内した。臀部から生えた黒い尻尾の先はよく見たらハート型をしていた。
テントから離れた丘の先に、長屋があった。浴場は男女分かれており、露天風呂やサウナ、岩盤浴まであるという。
また、タオルは有料で貸し出してくれた。
「サウナハットは別売りだけど買う?♡」
「あー…ひとつください」
「ユウジくん無駄遣いはメ」
オウズに唆されそうになるユウジを止める鈴音。オウズはべぇと舌を出した。
「んじゃーひとっ風呂浴びてくっか」
「ではユウジさんまたあとで」
スバルはタオルを肩にかけて女湯の方へ入っていった。ランパら女性陣はそれに続く。
「はーい……」
ユウジは1人寂しく男湯に入った。こういう時にパーティで男ひとりという疎外感を感じるのだった。
服を脱いで腰にタオルを巻き、浴場に入ると、ユウジの他には客が見当たらなかった。ちょうど貸し切りな時間帯に入れたらしい。
からだを洗って湯に浸かると、ドッとからだの疲れが出た。
寝ていたのだから、あまり疲れていないと思っていたのだが、高精度の夢を見るというのは、むしろ脳を疲労させていたらしい。
ユウジは、立ち上る湯煙をぼんやりと眺めた。
『あなたに教えましょう、魔王を倒さなければならない理由を……』
ユウジは女神から言われたことを思い出す。
「……………」
それは衝撃的な真実だった。聞けばたしかに魔王を倒すのが正しいことのように感じた。
しかし、まだ葛藤はあった。魔王を倒そうとするなら、鈴音と敵対することになる。
また、魔王の本拠地となれば、たくさんの脅威があるに違いなかった。スバルやランパが命の危険に晒された時、自分は守れるだろうか。
このミントの力で。
「…………」
「うわ〜鈴音ちゃんのキレ〜♡すっごいピンクじゃん♡もしかしてまだ…」
「ちょ!やめて!そんなところっ指でっ」
隣の女湯のほうから聞き覚えのある声が聞こえた。
「……………」
ユウジは、湯に沈んだ。
「あまり風呂場で騒ぐと転びますよ非常識です」
向こうからの会話は丸聞こえだった。しかし、あまり聞いてはいけないような内容な気がした。
「…………」
ユウジは立ち上がって、湯船から上がり、サウナに向かった。
「ほらねっ♡現実の私は清いままでしょ♡」
「いや見せないでいいから!」
「…………っ」
ユウジは目を固く瞑って早足でその場を後にした。
サウナにも、ほかの客はいなかった。三段の腰掛けのうち、中段に座る。
奥の方にあるサウナストーンから出てくる蒸気が、からだをほかほかと温めてくれる。
「宝籠省を思い出すな……」
熱気に包まれる感覚を懐かしく思うユウジ。ずいぶん昔のことのように感じた。
「あの時はランパが大怪我して大変だったな……スバルさんも俺を助けるために足を怪我して」
時計の部屋に監禁されていて、気の遠くなる時間を過ごしたユウジを、スバルはまるでヒーローのように助けてくれた。
金髪をなびかせて、剣を振るうスバルは、普段口に出すことはないが、美しい女騎士だった。
「……かっこよかったな」
「おーす邪魔するぜぇ」
そのとき扉を開けて、サウナにスバル本人が入ってきた。
「!?えっご本人登場ですかっ?ていうかここ男湯……」
「何言ってんだ?いいだろ別に今更」
スバルは胸から足にかけてタオルを巻いていた。直接裸を見たこともある仲ではあるが、久しぶりなのでユウジにとってもそれは新鮮な映像に見えた。
スバルはユウジの隣に座る。肌にうっすらと汗が浮かび、やがて滴る。
「あっちぃな……5分持たねえかも」
「無理しないでくださいね」
ユウジは正面を向いて言った。あまりジロジロ見るのも良くないと考えたのだ。
「…………」
「…………」
2人の間に沈黙が訪れる。
わざわざ男湯の方に来たからには、スバルはなにか大事な話でもするつもりだったのかとユウジは身構えたのだが、とくにそんな素振りはないようだった。
「ここまで来ちゃいましたね」
口を開いたのはユウジだった。最初は2人で始めた旅。2人っきりの時間というのもいまは珍しくなった。
「そうだな。お前も逞しくなったんじゃねえか?」
スバルは、ツンとユウジの太ももを触る。長旅のお陰で、やせ細っていた脚にも多少筋肉がついてきていた。
「そう言ってもらえると嬉しいです。このロスチュを立てば、あとは魔王のもとへ行くだけ。……僕らは魔王を倒せるんでしょうかね」
「あーん?倒すのか?魔王。まあいつも成り行きだしどうなるかわかんねーな。そうなったらまたお前のミントでどうにかすればいいよ」
「……気楽ですね」
「お前に言われたかねーよ」
スバルとユウジはクスクスと笑い合う。ユウジは心を開いて話していた。
「スバルさんってどうして僕についてきてくれるんです?」
「ん?楽しいからな。そういや最初はお前が危なっかしくて見といてやらないとって気持ちだったんだがなぁ」
「仲間が増えてからはスバルさんもずいぶん伸び伸びやってましたね」
「へっ元から破天荒だしな」
「言われてみれば。婚約者蹴り飛ばそうとしたり」
「そこでランパに会ったんだよなーあー懐かし」
ユウジとスバルが共に過ごした期間は半年にも満たない。しかし、ふたりにとっては、まるで10年を共にした友同士のような感覚だった。
ユウジはこの時間いつまでも続けばいいと思った。こんなふうに、スバルといつまでもくだらない話をして、大騒ぎして、はしゃいで……。
でも、たまには現実に目を向けてみるのもいいかもしれない。
「スバルさん」
「ん?」
ユウジは、肩を震わせて、拳をぎゅっと握りしめて、先ほどから気づいていたことを、ついに口にした。
「……スバルさんが女湯のほうに行かなかったのって」
「……んー、まあそういうことだが気にすんなあいつらに見せれねーからこっち来ちゃったけどだからと言ってお前が気に病むことじゃない」
「……僕のせいで」
「だから気にすんなって冒険者やってんだこういうこともある。それともなにか?お前は私がコレだと、嫌いになるか?」
「そんなこと……!あるわけないじゃないですか」
スバルは、フッと笑って立ち上がった。
「それを聞けてよかったよ。これからもよろしくな相棒」
そう言い残すと、ヨロヨロとバランスを崩しながらサウナを出て行くスバル。そのまま出口近くにあった水風呂に倒れるようにダイブした。
「……あれ?あれ大丈夫かな?」
水風呂の水面にぷかぁ…と浮かぶスバル。
数秒見守るが、動きはない。
「あっやっば」
ユウジは急いでサウナから出て、水風呂からスバルを救出し、脱衣所でしこたま水分を取らせた。
それから数分後、目を覚ましたスバルは、気絶するのが気持ちよかったなどとのたまり、懲りずにまたサウナ行こうとほざいていたので、ユウジは大量のミントを嗅がせて無理やりリラックスさせて寝かせた。




