第65話 魔法都市
「魔力のこもりし、土の傀儡よ、その身を構成するすべてを我に捧げ、塵と化せ……」
ソドムは、BLTのある街の風景に、最後の別れを告げ、ついに呪文を唱え始めた。
魔本を片手に、一行一行、噛まないようにゆっくりと読んでいく。途切れてしまえば最初からやり直しになる。
67行からなる長い呪文は、事前の練習では30分も詠唱にかかったしまった。
しかしソドムは焦っていなかった。ゴーレム祭りはまだ中盤。生贄となるゴーレムはたくさんこの街にある。
夕暮れまでに唱え終わればよいのだ。
ゆっくり、ゆっくり。
この街の思い出に浸りながら、呪文を唱えていった。
「潰れてくださぁい……!」
残酷なベコの命令に従い、古城に扮していた巨大なゴーレムは、ユウジと鈴音を踏み潰そうとしていた。
鈴音は、いちかばちかで足掻きの冷たい吐息を頭上にふいた。
どおおおん……。
氷のドームが形成され、鈍い音とともにゴーレムの足の裏を、ぎりぎり防ぐ。
「ぎり耐えた……!」
ユウジたちから見て、氷の天井は、すでにひび割れていた。鈴音は冷や汗をかいている。
「こんなに命の危機を感じたのは久しぶり……」
「はげしく同感」
ユウジと鈴音は、どちらも力を持っていた。そのためいままで死ぬかもしれないという状況に陥ることがほぼなかった。
そんなふたりをまとめて追い詰めた、20メートルゴーレム。それを操る女ベコ。
只者ではなかった。
「あらあらあらぁ?氷……そういえば氷柱や氷塊でゴーレムが壊されてる噂を聞きましたぁ。これはもう犯人確定ですよねぇ……!」
ベコの言葉には殺意がこもっていた。彼女自身のゴーレムは、ユウジたちに壊されなかったとはいえ、作品発表の場をぶち壊されたことが許せなかったようだった。
日差しの強さにより、ベコの長身は陽炎でゆらりゆらり、と揺れて見える。殺意のオーラに包まれた彼女は、ある種の怪異だった。
「ぺしゃんこにするには重さが足りませんでしたかねぇ…」
「ひぃ……ユウジくん、はやく逃げよう……!」
「いや、でもあのゴーレムにはたぶんたくさん魔石が埋め込まれてるし……あの質量のゴーレムが爆発なんてしたらちょっとの被害じゃ済まないし…」
「……そうだよね、ほんとスイッチなんて壊さなきゃよかった!」
鈴音は大きく息を吸い込んで、ふぅ!と吐き出した。
冷気の塊は、氷の塊になり、巨人ゴーレムに飛んでいく。
バゴッ!
ゴーレムの胸部に氷の塊が埋まり、左半身全体に亀裂が入る。
「よしっ」
手応えを感じる鈴音。だが、ベコは動揺しなかった。
「いい火力ですねぇ。でもぉ私のゴーレムは特別製なんですぅ」
ベコはパチン、と指を鳴らした。
すると、カタカタカタ、と周囲に散らばった他の展示品ゴーレムの残骸の土塊が小刻みに震え出す。
「修復、再生せよぉ!」
ベコの叫びと共に、あたり一帯の土塊が、巨人ゴーレムのからだに向かって吸い込まれるように飛んでいく。
土の塊がひび割れ箇所にペタペタとひっついていき、あっという間に、ゴーレムは無傷の元通りになった。
「うそぉん…」
鈴音は気が抜けてしまった。
「私のゴーレムちゃんにはぁ、修復、融合の魔法をかけておいたのぉ。なんど壊されたって直っちゃうんだからぁ」
ベコが絶望的な事実を教える。
「そんな……これならどうだろ」
ユウジは、試しに巨人ゴーレムの全身に、ミントを生やしてみた。
ビシビシ…バキッ!!!
根が張り巡らされた巨人ゴーレムは、あっという間にヒビだらけになり、他のゴーレムと同じように瓦解する。
しかし、すぐに土の塊は小刻みに震えて、近くの塊と融合を繰り返していく。瞬く間に、それは元の人型に形作られていき、巨人ゴーレムへと再生した。
「……………」
口を結んで黙ってしまうユウジ。相性が悪すぎた。
ベコは愉快そうに語る。
「どうですかぁ?私の最高傑作ぅ!せっかくですから、最終形態まで見せてあげましょうかぁ!」
風が舞起こり、砂埃がサラサラと動き出す。
魔法観光都市ウィッチ・ド・サン。
剣と魔法のファンタジー世界で、魔法に特化したその都市が、生ぬるい冒険になるはずがなかったのだ。




