第60話 とらぶる
宿屋で食事を終えたあとは、みんな一斉にベッドのうえにダイブした。
「ふかふかですね〜」
「ああ〜落ちる〜」
「いい宿取って正解でした〜」
鈴音たちは目がとろんとしていた。旅路の中で疲れが溜まっていたらしい。
「明日どうします?」
ユウジはスバルの下敷きになっていた枕を引き抜き、寝転がった。
スバルは蠢いたのち、ユウジのお腹に頭を乗せて定位置を見つけた。
「明日も観光しようぜ〜」
「鈴音さん、ここからの旅の行程はどうなるんです?」
ランパの問いに、瞼が閉じかけている鈴音はうとうとと答える。
「魔王四天王オウズがいる夢の国ロスチュへ行くための飛行船を調べたんだけど、どうやら5日後に出航みたい。それまでは観光してよっか……ふわぁ」
「ちょうどゴーレム祭りの期間ですね。満喫しましょうか」
ユウジは机のうえに置いた土の棒に魔力をこめる。棒はぴょこんと立ち上がって、すぐ倒れた。
鈴音の泥だるまは棒の隣で、ずっとくるくる回っている。魔力を込めるたびに回転する術式を書き込んだのだが、さきほど魔力を込めすぎたのだ。
ユウジはくるくる回るだるまを見ているうちに、だんだんと眠くなってきた。
「今日は…楽しかったですね鈴音さん」
「……!」
鈴音はガバッと起き上がって、ユウジの寝顔を覗き込んだ。
「うん!」
ゴーレム祭りにはさまざまなイベントがある。
精密なゴーレムを作れたか競う品評会。
顔に宝石の埋め込まれたゴーレムを探す宝探しイベント。
ゴーレム同士を戦わせるトーナメント大会。
興味深いイベントが満載であった。
「どれ行きましょうか」
翌朝、ユウジたちは宿屋の中で目白押しのイベントの中からどこを観光するか会議をしていた。
みんなで鈴音が広げるパンフレットを覗き込む。
「私はこれ見たいなトーナメント。っぱ野蛮なバトルがいいぜ」
「宝探しイベント楽しそうです」
スバルとランパはそれぞれ分かれて行動することにした。
一方、ユウジと鈴音は。
「じゃあユウジくんは私といっしょにこのゴーレム演劇祭を見に行きましょうか!」
「えっ?ああうん楽しそうだね」
ユウジは鈴音に引きずられて、舞台を観に行くことになった。
ゴーレム演劇祭では、文字通り主演からモブまですべての役をゴーレムが演じる。
魔石に演劇の動きをプログラミングさせて、自由自在に動かしているのだ。
演目は、恋物語だった。
王子様と、平民の女が恋に落ちる甘々なラブストーリー。2人の間にはさまざまな苦難が襲いくるが愛の力で乗り越えていく。
ゴーレムが演じていることを忘れるほど、その物語には没入感があった。
「いいですねこういう恋……」
「そうですねぇ」
鈴音はウットリとしていた。ユウジは面白い演劇に感心していた。
その時、ユウジの後ろの席の客がボソボソと小声で会話をはじめた。
時に静寂のなかでこそ耳に入ってくる小声がある。ユウジは予期せずその会話を聞いてしまった。
「おい、準備できたようだぞ」
「バレてねぇだろうな」
「当たり前だ。お前にも起爆スイッチを渡しておく」
ユウジは耳に入った会話を頭の中で反芻する。
起爆スイッチ。
日常会話で出るはずもないワードである。
「……………」
しかし、花火を打ち上げる話かもしれないと気づく。今日の夜にはゴーレムを空に打ち上げ爆発させる、『泥花火』なる珍しいイベントがあるとのことだった。
おそらくその関係者だろう、とユウジは自分を納得させる。
ただ、一応耳を澄ませてもう少し聞いてみることにした。
「俺はこの街に生まれて30年ずっと暮らしていた。昔はひとが程よく少なくて快適だった。それがいまやどうだ。道に人が溢れて仕方ない」
「ああ、ウィッチ・ド・サンは、もともと魔法を学ぶものたちが集まる学問の聖地だった。それが王が金のために観光に力を入れ始めてからはこれだ」
「俺はもう人と肩をぶつけずに歩けない街に住むのは嫌だ。今日爆破テロを起こすことで王に気づかせるんだ。サンに観光産業なんて必要ないと」
「ああ、その通りだ兄弟。この街からひとを減らそう」
ユウジは腕を組んだ。
爆破テロ。もう爆破テロと言っていたのである。爆破テロはさすがに爆破テロを起こす人しか言わない。
ユウジは鈴音の二の腕をツンツンと指で突く。
「後ろの…」
「気にしたら負けだよユウジくん。宝籠省でどんな目にあったか忘れたの?演劇に集中しよ」
鈴音はユウジの顔の向きを、前に固定させた。すでに彼女も後ろの2人の会話に気づいていたらしい。
演劇は佳境で、王子役のゴーレムが、街の平和を脅かす悪徳貴族を倒し、人質にされていたヒロインを救うシーンだった。
『怪我はないかい?一生私から離れるんじゃないよ』
『はい、王子様。今度はあなたが私を連れ去って……』
ベタな展開ではあるが、ベタこそが至高。観客たちは甘ったるいラストシーンに、歓声をあげた。
鈴音も感嘆していて、口を覆って悶えていた。
「もう!きゅんきゅんするね!これ!」
「あ、う、うん」
ユウジは後ろの2人が気掛かりだった。劇が終わればテロリストふたりは席を立ち、ほかの客に紛れてしまう。
姿を見るならいまがラストチャンスだった。
「ユウジくん、ユウジくん。ユウジくんも私がもし連れ去られたら助けにきてくれる?」
「え?それはもちろんですよ」
ユウジは恐る恐る、後ろを振り返ろうとする。
気のない返答に、鈴音は頬を膨らました。
「むぅーほんとう?じゃあ確かめちゃうよ?」
鈴音はそう言うと、ピョンと席を飛び越えて、後ろの男客2人の膝元に背中から乗った。
振り返りきったユウジは、困惑した表情のテロリスト2人と、その膝元にちいさく丸まる鈴音の姿を捉える。
「なんだぁ?このガキは」「お前の知り合いか?」
「え、なにしてるの鈴音さん、ちょ」
鈴音は寝転がりながら、突然大声で叫んだ。
「ここに!!!テロリストがいまーーーす!!!人質にされて連れ去られるーーー!!!」
「「「はあ???」」」
男2人と、ユウジは声を揃えて、謎の状況に混乱した。
鈴音はいたずらっこな笑みを浮かべた。
「たまにはユウジくんに迷惑かけてみようかなって」
「いやいやいやいや加減加減」
周囲の観客たちが一斉に、テロリスト2人と、鈴音に視線を集める。
「えテロリストってほんと?」「女の子が人質に!?」「そういえば昨日大蛇が逃げ出したって」「魔法局のミスじゃなかったの!?」
男2人は注目の的になり青ざめる。そして、一度硬く目をつぶり、決心したように鈴音を抱きかかえる。
「俺たちは爆破テロを起こす予定だ!この女は人質だ!道を開けろ!」
「この女がどうなってもいいのか!」
男2人は互いにもう泣きそうになっていた。あとは起爆スイッチを押すだけだったろうに、面倒ごとに巻き込まれてしまって敵わないといった表情だった。
一方の鈴音は笑みを隠しきれていない。
「きゃーユウジさん助けて〜」
ユウジはいつかスバルに言われたことを思い出す。
『おとなしそうな女ほどやべえんだなこれが』
「……なるほどこういうことですか」
男たちは声を荒上げて、客をかき分けて、外へ出る。鈴音は楽しそうに男たちに連れ去られていった。
「どけ!俺たちは爆弾をもっている!」
「この女とともに吹き飛ばされたくなきゃな!」
「きゃー!ユウジくーん!」
鈴音の戦闘力は魔王四天王のひとりだけあって、そこらのテロリストなど歯牙にかけない。
ゆえに、わざわざ助けに行く必要などないのだが……。
「僕が助けなきゃ、怒られそうだな……」
ユウジは仕方なく立ち上がって、外へ追いかけていった。




