第51話 ウサギの戦い方
ウサギの獣人ピースは、ニコニコと無邪気に笑っていた。これから戦う人間とは思えないほどに。
ヒイロはピースに命令する。
「殺さない程度にやってくれよ。相手はまだ子どもだから」
「はい!もちろんです」
仲のよさそうな2人のやりとり。ヒイロはUNCHAINを発動させて、オオカミの口を出現させた。
よだれの垂れた大口を背に、ヒイロは尋ねる。
「ピースのことを強化させてもらうけど、試合前のドーピングは禁止かな?」
エルフは眉を顰めたが、ユウジは了承する。
「いいですよ、それなら僕も能力でランパのこと支援するので」
「オーケー、それならフェアだ」
ガブリ、と狼の口に消えるピースの姿。肉食動物に狩られるウサギは、残酷な光景であった。スウと狼の姿が消えると、そこには体を覆う体毛の範囲が先ほどより増えたピースが立っていた。
「獣人の潜在能力を解放すると、獣化範囲が広がる。より獣の力を引き出せるようになるってわけだよ」
ヒイロは、ピースの頭を撫でる。ピースは興奮状態なようで、赤い目をギラギラと光らせていた。
それを尻目に、ユウジはランパの背中に手を当てる。
「ほいっと」
「かゆっ何したんですかユウジさん」
ランパは背中に発生した痒みを伴う違和感に、モゾモゾと後ろに手を伸ばした。
「かいちゃダメだよ。今ランパの背中に一本ミントを生やしたんだ」
「!?なんでですか!?」
「お守りみたいな?」
「ええ……ううーん」
ランパはかきたい気持ちを抑え、これから戦うのだから、とほおをたたいて気を引き締めた。
エルフは、声を上げる。
「それでは、両戦士、向かい合って!」
ピースとランパが向かい合う。2人並ぶと、身長差が歴然だった。大人と子供の戦いである。一見ランパに勝機はない。
しかし、ランパは犬科の獣人である。ウサギなど本来、対等に戦う相手ですらない。勝負の行方はわからなかった。
「恨みのない相手と喧嘩するなんて、変な気分ですね」
ランパが顔色を伺うように言うと、ピースは気さくに手を振った。
「そんな重く考えなくていいよ!こんなことー」
エルフはピースをぎろりと睨む。当事者にとっては、今後が決まる大事な一戦なのである。
「では、どちらかが負けを認めるか、明らかに決着がついた時点で終了とする。いざ、はじめ!」
エルフの号令とともに、ランパは構えた。両手を前に、鋭い爪を見せて威嚇している。
ユウジはヒイロの隣で2人の戦いを観戦していた。
「うちのランパは強いですよ」
「はは、それは楽しみだね」
ヒイロは全く心配していないようであった。木にもたれかかって、悠々と闘技場を眺めている。
「……ピースさんとヒイロさんはどんな御関係なんですか」
ユウジは気になって尋ねる。こんな大事な戦いを任せられる相手とは、よほど深い絆があるに違いなかった。
すると、ヒイロは照れ臭そうに語った。
「こっちの世界に来てから、初めてできた仲間だよ。彼女とは一緒に旅をしてきた」
「へえ……」
「獣人として転生した俺は、ピースと同じ奴隷商の元にいたんだ。そこではまあひどい扱いを受けていてね。一緒に抜け出してきたんだ」
ヒイロは懐かしむような目をする。彼にもこれまでの旅の歴史があるのだと、ユウジは悟る。
「それがきっかけで、獣人の奴隷解放運動を始めたんですか。でもエルフたちを追い出すのはやりすぎだったと思いますよ」
聞き耳を立てていたスバルが内心突っ込む。
(城を崩壊させたり、国の中枢で大火事を起こしてきた奴がやりすぎとか言うかあー?)
ヒイロはうなづく。
「確かに悪いことをしたと思うよ。でもしょうがなかったんだ。独自の文化を持つエルフたちの国に、いくあてのなかった獣人たちを移住させたものの、食い違いは日常茶飯事だった」
「はぁ……」
「具体的には、みんなでお茶会を開いた時、エルフはパンケーキ派だったが、獣人はクレープ派だったとかね」
「え?」
ユウジは聞き間違いかと思い、ヒイロを見る。真面目な顔をしていた。
エルフの方を見るも、これもまた険しい顔をしていた。
「そんなことでですかぁ……?」
ユウジはわずかに信じられなかったが、ヒイロは続けた。
「まあ他にも色々あったけど、1番険悪になったのはその件だったね。いつか大きな衝突が起きる。それを回避するために、彼らに場所を譲ってもらったんだ」
「………………」
パンケーキとクレープの戦争。
争いとはそんな些細なことで起こるのか、とユウジは少し呆れてしまった。
「奴隷を解放して回って、そのまま彼らを放置というわけにはいかない。獣人には、獣人のための国が必要だ。もしこの戦いで負けたら、獣人は難民になってしまう。そんなことは絶対にさせないよ」
ユウジは、しっかりとした考えを聞き感心した。ヒイロはいつも緩い雰囲気を纏っていたが、こんなにも深い考えを持って生きていたのだと。
例え火種が、パンケーキクレープなんてものであっても。
「でも、僕にも負けられない理由はあるんですよ」
「ほう?」
ユウジは、昨夜の会話を思い出す。
『なんだよお前ら、金が欲しくねーのかよ』
『別にいらないわけではないですけど、スバルさんどうして急にそんなお金が欲しくなったんです』
『急にっていうか……私らの旅費、そろそろ底をつきそうだぞ?』
『えっあーまじですか』
『ああ』
『あー……そう、ですか……。あー……」
ユウジは拳を握る。
「ここで食べる果物も美味しいですけど、次の国に着いたら……お肉を食べたいんです!」
「…………」
ポリポリと頭をかくヒイロ。
「それは、頑張らないとだね」
「よーし、ランパちゃん行くよー!」
ピースはウサギの獣人である。ランパはジャンプから始まる空中戦を予想していた。しかし、ピースは全くの正反対の方向へ、姿を消した。
「な!?」
ランパはピースのとった行動に目を丸くする。
空中の正反対。つまりは、地中。
ピースは凄まじい速さで土を掘り返して穴を作ると、その中に飛び込んだのだ。
「じゃあねー」
穴の中から聞こえるピースの声。穴の横には、掘り起こされた土がかたわらに積まれている。
巻き上がった砂ぼこりが晴れるまで、ランパは呆然と立ち尽くす。そして、チラリとユウジを見る。
「え、これ……どうやって戦えば?」
ユウジは腕を組んだ。
「モグラ叩き、かな」
「セコンドヘボいな」
スバルがチャチャを入れた。鈴音は心配そうに両手をぎゅっと握っていた。




