第48話 砂のエルフ
エルフは木の枝から木の枝へ軽快なジャンプで森を高速移動していた。
鈴音とランパは地上を走りながら背中を追いかけていくが、ついていくのに精一杯だった。
「なんだよアイツ!少しくらい私らに合わせろよ!」
「こんなに走ったの久しぶりです!」
鈴音の頬に、一筋の光がさした。光は次第に拡大していき、パァっと目の前が明るくなる。森を抜けたのだ。
鈴音は突然の光量に耐えられず目を瞑った。
「まぶし……」
やがて目が慣れてきて、あたりの光景を映像として脳が捉える。
「これは……」
「はぁ?」
絶句する鈴音とスバル。
エルフは木から降りて地に立っており、ふたりと同じ背の高さからキツイ目で睨んできていた。
「これがすべてを奪われた我々の生活だ」
エルフの背後に広がっていたのは広大な砂漠であった。
風が吹き、サラサラと砂が舞う。緑はひとつたりとも見当たらない。
そして特筆すべきは、砂漠に立てられたいくつものテント群である。
砂の世界に点在する三角形の簡易的な住居。ざっとその数100を超える。
「これらすべてが難民というわけですか」
「おいどういうことだ鈴音。私全然わかんねーぞ状況」
エルフは憎々しげに言った。
「我々は何百年も住んでいた森を追われたのだ。獣人たちのリーダー、ヒイロによってな」
エルフの腕には、いつのまにか砂がこびりついていた。透き通るような綺麗な肌だったというのに、いまや土汚れてしまっている。
また、森の暗がりであまり見えなかったが、少し日焼けもしているようだった。肌がヒリヒリと痛そうに赤くなっている。
この環境が彼女らの肌に合っていないのだ。
「なんだよそれ。ヒイロの野郎に?あいつは獣人解放かつどーとかしてるイイもんじゃなかったのかよ」
スバルは困惑していた。しかし鈴音はやはり、と言った表情だった。
「世界各地に奴隷として散らばった獣人たちを解放して、自由な国に住まわせるというのは、とても素敵なことです。ですが、問題は場所です。大勢の獣人奴隷を住まわせることのできる土地なんて、そうそう見つかりません」
「……だからコイツらの住処をぶんどったってわけか!?」
「はいおそらく。思い返してみてください。エンベコピーには複雑な紋様の彫られた木細工や、年季の入ったツリーハウスがありました。建国から何年経っているのかは聞きませんでしたが、元奴隷たちの国にしては、やけに文化が成熟していませんでしたか」
「たしかに……言われてみりゃ長い歴史の国のはずじゃないのにあれはおかしいな」
「聞かせてください、エルフさん。あなたたちはどういった経緯で森を去ることになったのですか」
エルフは歯を食いしばる。
「森と生きる我々は、他の国と交遊せずに暮らしていた。しかし奴らはある日突然やってきて、森の半分に住まわせてくれと言ってきた。村の長老たちは反対したが、物珍しさから若いエルフたちはその者たちを歓迎し、迎えて入れた」
「…………」
「だが次第に、少しずつだが確実に。奴らは守りでの勢力を増やしていった。獣人の移住者は増え、いつのまにか国の決まりごとにもヒイロが参加するようになり、エルフの意見は無視されるようになっていった。そして2年前、ついに我ら一族は森から追放されたのだ……!」
テントのなかからひとりのエルフが出てきた。痩せ細っており、両手には空のバケツを持っている。
鈴音は地図を思い返す。川は森のなかを流れていた。この砂地には、水源はない。彼らは水を飲むことにすら苦労しているのだ。
「事情はわかったけどよぉ。なんで私らに会ったんだ?まさか国を取り戻すのに協力しろって言うつもりじゃねえよな」
スバルはポリポリと頭をかいた。聞かされた話は同情できるものだが、かといって自分達は義賊というわけでもない。
また、獣人たちも行き場がなく彷徨ってここに辿り着いたのだ。彼らを森から追い出せば、今度は彼らが難民になる。
どちらへつくべきかなど、簡単に決められることではない。
エルフは片膝をついて頭を垂れた。
「失礼ながら昨日、あなた方がヒイロと対等に接する姿を盗み見し、その話も聞かせてもらった。そなたらは旅の勇者とお見受けする。我らを導いてはくれぬか」
彼女の顔は真剣だった。エルフはプライドが高い種族である。旅の者、まったくの部外者に協力を仰ぐなど、普通では考えられないことだった。
しかしそんなプライドも安くなるほど、いまの彼女たち一族は追い込まれていたのだ。
「あの頭を上げてください!そんなことされても困りますよ……」
鈴音はエルフを立ち上がらせて、膝についた砂をはらった。ポロポロとこぼれる砂。芝生がないので、座るだけで汚れてしまう。
「無理、か」
エルフは節目がちになっていた。先ほどまでの威圧感のある風格はナリを潜めていた。
「あー残念ながら別のやつを当たるんだな」
スバルは心苦しいながらも断った。
エルフが首から首飾りを外す。煌びやかな金に宝石が埋め込まれたネックレスだった。
「もし協力してくれたら、エルフのもつ金や宝をお渡しする」
「ほおー……?」
スバルはネックレスを手に取り眺める。彼女は王城育ちである。宝石は見慣れているはずだった。
「申し訳ありませんが、そんな物を渡されても変わりま」
鈴音の声をスバルが遮った。
「うひょー!なあ鈴音!これかなりいいもんだぜ?協力してやろう!」
「ええ……本気ですかスバルさん…」
鈴音は現金なスバルに呆れた。
見慣れているからこそ、スバルは金銀財宝が大好きなのだった。




