第47話 物心ついた時の記憶
ランパたちは人の噂から人の噂に飛び乗り、もう30軒も訪問して犬耳の獣人たちの話を聞いていた。
「いやあごめんねわからないや」「生き別れの子供なんてうちにはいねえよ」「うーん赤ん坊の頃の君かぁ…見たことないな…」
しかし、いまだ手がかりは出ず。
ランパはだんだんしょんぼりして、耳が垂れてきていた。
そしてユウジは顔面蒼白で、もはや吐くものが胃に残っていなかった。
「もう少ししたら夕暮れ時です。今日はここまでにしますか」
「……いいの?」
「いやユウジさんを連れてたら無理でしょう」
「それは確かに。……明日も付き合うよ」
「前に船に乗った時は三半規管、ユウジさんの方が上でしたのにね」
「空と海とでは違うのかも。あーきつい」
一日中空の上で過ごしていたふたりは、梯子を使って地上に降りた。ユウジは久々の地面に安堵していた。
地上を歩いて、彼らの宿に戻るには少々時間がかかるが、ランパも気持ちを整理する時間が必要だったので、クールダウンにはもってこいの散歩だった。
「なかなか見つからないものですね」
「そうだね……ランパにとって物心ついて最初の記憶ってなに?もしかしたら手がかりになるかも」
無闇矢鱈に探し回っても埒があかない。ユウジはランパの記憶の引き出しにヒントが眠っていないかと探ってみた。
「最初の記憶、ですか」
ランパは空を見上げる。木々の切間から見える空は静かにこちらを見守っていた。
ランパはポツリと語る。
「踊りを踊っているデブの男性です……」
「踊りを踊っているデブの男性?」
思わず聞き返してしまうユウジ。ランパは続ける。
「そのひとは獣人……ではなかったと思います。普通の人間で、半裸で、脂汗まみれで、焚き火の周りをぐるぐる練り歩きながらこう叫んでます」
「なんて……?」
「『ぽっぽろー』」
「なに?鳩?」
「男はやがて疲れ果ててその場に倒れ込みました。そこへシャイニングソルティサイダーさんが現れて、彼に水を渡しました」
「シャイニ…ソルティ…だれ???」
「シャソダーさんは男にこう言いました。切手料金が足りなかったので郵便物返却いたします」
「シャソダーさん郵便局員?」
「男は大泣きしました。切手代を持っていなかったのです」
「辛いね……というか何者なんだその男」
「私は隣にいたお母さんとわらいました。おかしいねって」
「ん?」
「男は脂汗を撒き散らかしながら街の方に飛んで行きました。お金を稼ぐ当てがあるのでしょうか」
「いまお母さんいなかった?」
「私は面白そうだったので、男の後を追いかけました。男は巨体にも関わらず足が速かったです。しかし私も子供とはいえ獣人。すぐに追いつきました」
「いまお母さんと一緒にいたよ。そっちの記憶の方詳しく」
「男は、薄暗い建物の中に入りました。そして奥に座っていたシルクハットの老紳士にこう言いました『俺を奴隷として買ってくれ』」
「……そこまでするってなんの郵便物だったんだろ」
「綺麗なお花と詩です。隣町の酒場の女へ宛てて。彼は吟遊詩人だったのです」
「吟遊詩人が半裸で踊るデブのパターンってあるんだ……」
「男は独り者で旅を続けていました。頼れるのは自分の歌声と踊りだけ。彼は芸一本で生きてきたのです」
「……………」
「芸事以外にうつつを抜かしたことのない彼でしたが、彼はある日心を開ける女性と出会いました。名前をナンシーと言います」
「へぇ……」
「ナンシーは酒場の看板娘で、お節介な性格でした。その街にはたくさんの冒険者や旅人がいたので、彼女は甲斐甲斐しく彼らの世話を焼いていました」
「いい人だね……」
「最初は無愛想だった吟遊詩人の男も、彼女の明るい言葉を何度もかけられているうちに、次第に打ち解けていき、ついには恋に落ちました…」
「うん……」
「ナンシーの趣味はお花を愛でることでした。酒場にはお花屋さんで買った綺麗な花が飾られています。街のごろつきたちはそんなものに目をくれません。彼女だけの楽しみだったのです」
「………」
「ただひとり、吟遊詩人だけは、花を愛するナンシーの心に気がつきました。そこで彼は街を超えて山を登り、高山に咲く幻の花を取りに行ったのです」
「すごい……」
「山は険しく苦難の道でしたが、男は花を見つけました。しかし帰り道、山賊に襲われて身包みを剥がされ金品もほとんど奪われました」
「ああ……だから半裸でお金がなかったのか」
「彼は自分の想いがナンシーに届くことを願って花を挟んだ手紙を送りました。その情熱は燃え盛る炎のようで、切手代を稼ぐために身売りをするほどだったのです」
「吟遊詩人さんかっこいい……」
「しかし奴隷商の老紳士は首を降りました。『お前なんか誰が買うか』と」
「残当……」
「『む?そこにいるお嬢さんなら買うがどうかね』」
「あ、やば」
「『獣人とは珍しい』」
「逃げて逃げて」
「『お菓子あげるからこっちおいで』」
「耐えて!」
「『ケーキだよ』」
「くっ……ケーキは耐えられないか……!?」
「『お茶もあるよ』」
「お茶まで!」
「気がつけば私は檻の中でした……」
「くぅ〜……ダメだったか……」
「ここまでです……私の記憶は」
ランパは懐かしそうに空を見上げていた。いつのまにか空は夕焼けに焦げていた。
ユウジは単純な疑問を抱く。
「そこまで詳細な記憶があるのにお母さんの顔や名前は覚えてないの?」
「子供でしたからね……うろ覚えです」
ランパは頭を下げる。
「すみません、何の役にも立たない話で。時間の無駄でしたね」
「いや……けっこう楽しかったよ」
ユウジはランパの頭を撫でた。耳がペタンとひしゃげた。




