第45話 ターザンなっちゃう
紹介された空き家のツリーハウスを寝床にすることにしたユウジたちは、荷物を下ろして一息をついた。
ツリーの上へは梯子を登ってくる必要があったのだが、これが結構疲れてユウジはもうヘトヘトだった。
「ふぅーなかなか広いじゃんここ」
スバルは剣を放り出して、寝転がった。木の板の床には、藁のカーペットが敷かれており、寝心地はよかった。
ランパは腰を下ろしてキョロキョロと部屋を見渡した。
「獣人の方々ってこういうところに住むものなのですね。木の上のほうがなにか都合がいいのでしょうか」
「うーん、猫科の獣人さんとか木登り上手なイメージあるけど……狩りとか?」
ユウジたちはヒイロからもらってきた食糧で夕食を取ることとした。多種多様な果物だった。
「こういう食生活なんですね」
「お肉、家畜とかは育ててない感じか」
「草食動物の獣人がいたら共食いみたいになるからかな」
果物はとてもジューシーで甘味が疲れた体にしみた。
ランパは口元についた果汁を舌で舐めとってから言った。
「明日は私のことを知るひとがいないか探してみようと思います」
「僕もついてくよ」
ユウジはランパの付き添いに立候補した。
「私らはどうすっかな」
「お散歩でもしてましょうか」
スバルと鈴音はエンベコピーの散策をして時間を潰すことにした。
「急ぐ旅じゃねえし、ゆっくり探してこいよ」
「はい!ありがとうございます!」
ランパは期待に満ちた顔をしていた。
食事が終わり、寝床の準備をしていると、はて、と鈴音が声を上げた。
「どうしたの鈴音」
「ユウジさんって弓矢使う?」
「え?いや使ったことないけど……」
「じゃあこれ前の家の持ち主の忘れ物かな?」
鈴音が手で掲げたのは、数本の矢が入った矢筒だった。表面には複雑な紋章が入っており、文化を感じさせる。
「獣人って弓矢も使うんだね」
「獣人つってもほとんど私たちと違わねーし使うやつもいるんじゃね?」
そうですね、と納得した鈴音は、矢筒を元あった場所に戻した。
畳まれていた毛布を広げ、みんなで入ると、かなりふかふかの毛並で寝心地がよかった。
「気持ちいいな〜」
「すぐ眠れそうですね〜」
「…………………」
一同はみな寝付きがいい方だったので、即座に眠りに落ちた。
次の日、ユウジとランパはこの国の獣人たちに話を聞くために、他のツリーハウスへ移動しようとしていた。
「これ……これを使えってことなんだよね」
ユウジは冷や汗をかいていた。ツリーハウスには一本の太めのツタが垂れ下がっている。
周りの木々を見ると、早起きの獣人たちがその一家に一本あるツタに捕まって、ターザンのようにツリーハウス間を飛び回っていた。
「私はいけると思うんですけど……でもユウジさんもこのくらいならできるんじゃないですか?」
「うーん……嫌だ!高いから落ちるのはこわい」
ランパはツタを手繰り寄せる。
「私の背中にしがみついてはどうです。腕で掴まるだけじゃなく、ミントで縫い付けて密着すれば安心でしょう」
「おー、それなら安心かも」
ランパはツタを掴む。そのランパの小さい背中に抱きつくユウジ。ミントを発生させて密着したところ、ランパは巨大な草のボールを背負っているようになった。
「では行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい」
鈴音が手を振る。スバルはまだ寝ていた。
ランパが助走をして、ピョンと空中に飛び出した。風を切る音が耳をつんざく。先ほどまでいたツリーハウスが瞬く間に後ろに消える。
「わわわわ。早くない!?」
とんでもないスピードで、空を滑走する恐怖に、ユウジは顔面蒼白だった。なるべく下を見ないように、ランパの背中に顔を埋める。
「減速の方法あるんですかね……ていうかブレーキもわかんないです」
ランパは目の前に迫ってきた、隣の木のツリーハウスのベランダに、どうやって止まろうかと悩んだ。
「うーん、飛び乗りましょうか。よいしょっ」
「ええ?」
フワッと無重力を感じるユウジ。直後、ドスンと衝撃を足に感じる。
ランパが、ユウジをゆっくりと地面に下ろす。
「着きましたよ」
「今一瞬、完全に空中に浮かんだ瞬間なかった?」
「……帰りも目を瞑っていた方がいいですよ」
ツリーハウスの中から、馬の耳の獣人の女の子が出てきた。ユウジを見て訝しむような反応をしたが、ランパに気付き、警戒を解いたように表情がやわらいだ。
「おはようございます。旅のお方ですね」
「おはようございます、突然お邪魔してすみません」
「う、やばい酔ったかも」
「……ユウジさんはそこで寝といてください」
ランパはユウジを無視して馬獣人の女の子と話し始めた。
「なるほど、奴隷として旅をしていたのですか。その歳でご苦労されましたね」
「いえいえ、そんな」
「実はこの国の人たちも大半は元奴隷で、ヒイロさんが解放してくれたおかげで、こうやって自由を手に入れられたのですよ」
「そうだったんですね…」
ユウジは目を閉じて、鳥の囀り、木のざわめき、空を飛び回る獣人たちの風切り音に耳を澄ませていた。枝葉の隙間から溢れる朝日がまぶたを照らす。
この森は、美しい世界である。
異世界に来てから、ユウジは楽しく仲間と過ごしていたが、昨日ヒイロと会ったことで、心のどこかで同じ境遇の人間がいない寂しさを抱えていたことに気がついた。
ランパも同じだったのかもしれない。明るく振る舞っていたが、自分の過去を知る者がいない世界で生きることは、耐え難い孤独だっただろう。
ユウジは、彼女が納得するまで付き合おうと決心しながら、酔いに耐え切れず吐いた。
馬の獣人は、ランパの話を聞いて、申し訳なさそうに目を伏せた。
「血縁者をお探しですか。ううん、獣人は基本的には両親の獣化を引き継ぎます。あなたと似た雰囲気の犬耳と言いますと……正直たくさんいすぎて」
「そう、ですか」
「でもこの国の人口は、7000人程度なので、根気よく探せば、手がかりは見つかるかもしれません。まずは、ここから3軒隣のお兄さんが犬科の獣人でしたので、お話を聞いてみると良いと思います」
7000人。何日かかるかわからないが、途方もない数字というわけでもなかった。希望が湧いたランパは元気良くお礼を言った。
「ありがとうございます!あたってみます。行きますよユウジさん、うわあ、吐いてる……。ミント口に含んでください。さっさと行きますよ」
「おええ」
ランパはツタを掴む。これから行われる3軒分のターザンは、ユウジにとってまだまだ地獄の序章であった。




