第44話 UNCAIN
ウサギ耳の獣人は、棚を布巾で拭いていた。なかなか綺麗にならないらしく、なんども腕を前後させ、そのたびに長い耳が動いていた。
「ほら俺らって転生してきたときに女神からチートスキルもらっただろ?あの力が認められて、魔王四天王に抜擢されたんだよ」
ヒイロは、ユウジたちに語る。
「そんな進路があるんですか……?」
ユウジは驚いていた。いままで彼は女神に言われるがまま、魔王を倒すしかこの世界で生きる方針はないと思っていた。
しかし目の前の男は、また別の生き方を見つけていたのだ。
「だって女神に従ったところで何があるわけでもないし……元の世界に戻れるかもしれないけど一度死んだときに向こうへの未練はもう捨てたからねぇ」
「それでいまは魔王四天王、『悪鬼』と呼ばれるまでに至ったわけですか。まさか獣人の転生者だとは思いもよりませんでしたよ」
鈴音は興味深そうにヒイロを眺めた。見た目から戦闘力をはかろうとしたが、ユウジのように特殊な能力だというのなら、あまり意味のないことだと思い直した。
「獣人として転生してからは、この世界で少しいいことをして生きていこうとしてね。この国を拠点に、獣人奴隷の解放活動を行なっている」
「あなたがこの国を作ったのですか?」
ランパが尋ねると、ヒイロはうーんと唸った。
「いや、そこまでのことはしてない、かな。俺はリーダーらしいことをしてるけど別に建国者でもトップでもない」
ユウジは考えこんでいた。彼のような生き方もできるというのなら、この旅はもう続ける意味がないのではないか、と。
ヒイロは悩むユウジに微笑む。
「君の進む道は自分で選ぶといい。ただ、この世界で生きたいように生きるのも悪くはないよ」
「つーかよぉ」
いままで大人しくしていたスバルが口を開いた。
「あんたつぇーのか?前の国のクラーケンってやつはまあまあやったが、鈴音より前の四天王のブリザードは一般人どもに倒されたって聞いたぜ?」
「ちょ、初対面のひとに聞く口の聞き方ではないですよ!非常識です!」
ランパがスバルの失礼に慌てる。ヒイロは苦笑した。
「さっきも言った通り、戦うつもりはないんだけどね。……でももしよかったら試してみるかい?これから先も旅を続けるというのなら、俺の能力は君たちのパーティのパワーアップに協力できるかもしれない」
「それは、いったいどういう意味でしょう」
鈴音が首を傾げる。ヒイロは立ち上がった。
「表に出ようか。広い庭がある」
庭に出ると、ヒイロはうーんと伸びをした。
「からだを動かすのは久しぶりだな。まずはユウジくんの能力を俺に使ってみてくれよ。その方が説明しやすい」
「え、いいんですか?」
「いやひとに向けるのはやめといた方いいだろあれ」
戸惑うユウジと、それを静止しようとするスバル。しかしヒイロは大丈夫、と胸を叩いた。
「そうですか……?それなら失礼します」
ユウジは右手を前に出す。そしてMINTの能力を発動させる。
一応遠慮して、魔物を瞬殺するときにやるように心臓ではなく、ヒイロの全身を纏うようにミントを生やしてみた。
ぞわわわわ、と一気にからだが緑色に埋め尽くされるヒイロ。余裕だった彼もさすがに声を上げた。
「うわっすごいねこれ全部ミント?」
ヒイロは興味深くミントの生えた腕を観察した。皮膚の内側に根が張っており、無理に引き抜くと痛みが伴うことが容易に想像できた。
「ほんとに大丈夫ですか?消すこともできますけど」
「いや、ちょっとびっくりしたけど大丈夫だよ。じゃあいまから俺の能力『UNCHAIN』を使うから、みてるんだよ」
「UNCHAIN……?」
ヒイロは胸の前で、両手をパンと鳴らした。
すると突然、彼の背後から大きな狼の頭が現れた。
立髪の美しい、鋭い目をした狼。首の後ろにあるはずの全身は現れず、空中に頭部のみが浮いていた。
「なんだあれ」
スバルは思わず剣に手をかける。しかし狼は大口を開けて鋭い牙を見せると、『ヒイロの身体を』飲み込んだ。
「うおおお!なんだあれ!食われちまったぞ!」
しかし数秒後、狼の頭部はスゥーと姿が薄くなり消失し、あとに残ったのはヒイロだけだった。
その彼の全身からは、一株残らずミントが消えていた。
ヒイロは、目を丸くするスバルを満足そうに見た。
「見たかい?これが俺の能力『UNCAIN』。フェンリルから借りた力だよ」
「まさかユウジさんの能力を攻略する方法があるとは……」
ランパも感心していた。
「説明するとこの力は、自分や他者を縛る拘束を解放する能力なんだ。いろんな拡大解釈ができて、けっこう便利なちからだよ」
「いい能力ですね……それがあれば僕も捕まったときももっと楽に抜け出せたのに」
ユウジは羨ましそうだった。鈴音は尋ねる。
「それで、その力で私たちのパワーアップとはどうやるのですか?見たところあまり攻撃向きの能力ではないようですが」
「ああ、それはね。こういうことだよ」
ヒイロは片腕を横に出すと、狼の口が現れ、今度はその腕を噛みついた。
「こうやって腕を噛ませると腕の拘束、つまり筋肉の機能を阻害していたコリなどの鎖を解き放ってくれるんだ」
地面に向かってヒイロはパンチを打つ。すると彼の華奢な身体から生み出されたとは思えないほどの爆音とともに、地面にクレーターができた。
「こんな感じで、君たちの潜在能力を縛っていた、鎖を噛み砕く。それにより君たちは、これまでにない力を発揮できるようになる。どうだい?魅力的な提案だろ?」




