第40話 反撃の「狼煙」③
侵入者たちが立ち去った玉座の間で、クラーケンはようやく氷の土台から解放された。蒸気の出力について、依然改良の余地があると、彼は考えていた。怒りを通り越して、すでに冷静だったのだ。
「さて、どうしたものか」
クラーケンは焦ることなく、玉座に座り直す。
宝籠省中には、隈なく監視カメラの目がある。国にいる以上、取り逃すことはない。
問題は、その逃走者を捉える触手がないことだった。切断された触手の再生には、半日以上かかる。時間が必要だった。
クラーケン自身がこの建物を出て、追いかける選択肢はなかった。なぜなら彼の蒸気の源、つまり水は、この部屋につながる地下水路からの供給で成り立っていたからである。
町中にも水路は張り巡らされてはいるが、この部屋ほど多くの水は手に入らない。この建物は、地下水脈に真上に位置しているのだ。
「それにしても、妙であるな」
クラーケンは先ほどの戦闘に疑問を抱いていた。自身のスペックでは、理論上あれ以上の蒸気を扱えたはずであった。蒸気の出力が明らかに少ない。なぜか。
身体の機能には異常はない。
考えられるには、水路あるいは地下水源そのものに、なにかをされたということ。無論、鈴音ら侵入者たちによって。
「かんぱーい!」
鈴音は意気揚々と、グラスを掲げた。ユウジたちもつられてグラスを掲げる。
ホテルのバーに似つかわしくない、大所帯の宴会に、マスターは渋い顔をしながら、グラスを拭いていた。
鈴音はさっそく一気飲みすると、すぐさまマスターにおかわりを要求した。
「よく飲むなあ、あいつ」
「雪国のひとってお酒でよく顔真っ赤にするイメージありますね」
「肌が白いからだろうな」
スバルはコーヒーを、ランパはジュースを飲んでいた。
「それにしても疲れましたね……今回私重労働すぎませんか」
ぷくうと頬を膨らましたランパに、ユウジは笑った。
「あはは。ほんとごめん、病み上がりだから前線には出さないようにしたんだけど、結果的に裏方で重労働になっちゃったね」
「ほんとですよ!もう!地下水脈探し当てるの大変だったんですよ!」
ランパはベッドから回復後、獣人自慢の嗅覚で、クラーケンのいるタワーへ水を供給する水源を探し出したのだった。これはかなり時間がかかり、彼女は一日中鼻を地面に擦り付けて、這い回ることになったのだった。
そして、その地下岩盤を、大男が持っていた爆薬で爆破、タワーへつながる水源を完全に絶ったのである。
「しかも結局みなさんの回収役に現場に赴くことになりましたし」
プリプリと怒りながらジュースをあおるランパに、ユウジは囁く。
「ランパ、その服とっても似合ってるよ」
「!!!えへへ、ほんとですか?そう言われると、頑張った甲斐があります」
途端に機嫌を直すランパ。なんとなく、ランパの扱いを把握したユウジだった。
クラーケンはモニタルームに降り、監視カメラの映像を覗く。この国中の情報を、一挙に吸収する。高性能な彼の頭脳は、処理性能に優れているのだ。
すると、クラーケンは映像に違和感を持つ。
そして、いくつかの街角の映像をピックアップして、確認する。
「やはり、おかしいな」
町中の至るところに、溶接の器具を持った男たちが点在していたのだ。
クラーケンは、街の全てを把握している。今日行われるすべての工事の日程さえも。だが、きょうは溶接の工事はそれほど入っていない。町中にも溶接工がいることなど、ありえないのだ。
「考えすぎか……?」
とはいえ、溶接工が町中にいたとして、なんらかの脅威になるとは思えない。クラーケンは今後の要注意監視対象に、カメラに映った男たちを加えることとした。
大男は、グラスを揺らしながら、ユウジに報告する。
「予定通りなら、町中のマンホールが溶接し終わったころだ。とくに失敗の報告もないしうまくいったようだ」
「ありがとうございます、じゃあ万事解決ですね」
大男は、持てるコネをすべて使って集めた人々に、街中のマンホールをがっちりと溶接させた。それにより、地下道と地上をつなぐすべて出入り口は封鎖されたのだった。
クラーケンの触手は、どこから現れていたのか。それは簡単な話、街に張り巡らされた地下道を通り、マンホールから現れていたのだ。
霧の濃い街ゆえ、マンホールの蓋をあけ、地を這う触手の存在に、住民たちは気づくことができなかった。
この事実を解明したのは、からだを張って触手に轢きづられたスバルである。彼女の功績ははかりしれない。
「おかげで足痛めたぜ」
スバルは跡のついた足が恥ずかしいと、ホテルに大浴場があるのに関わらず、部屋のシャワーを浴びるようになった。ユウジは自分を助けるために、ここまでしてくれた仲間に、感謝してもしきれなかった。
そこで、ユウジは感謝を形で示すことにした。
「スバルさん、これプレゼントです」
「んー、え!!!」
感嘆の声を上げる彼女。スバルにしては珍しいことだった。
「うおおおおおお!こ、これはあがる……」
ユウジがスバルに手渡したのは、縫製店の大男に頼んで作ってもらったぬいぐるみだった。かたちは、スバルが子供の頃お気に入りだったぬいぐるみに似せてある。故郷の城が崩壊したことにより、お気に入りのぬいぐるみが失われて以来、ずっと彼女は引きずっていたのだ。
ユウジは、にっこりと笑ってスバルに感謝を伝える。
「いつもありがとうございます、スバルさん。これからもよろしくお願いします」
スバルはぬいぐるみを抱きしめて少し泣いていた。
「大切にする〜。ユウジー大好きだーー」
つい、ユウジは顔を赤らめてしまった。
クラーケンはモニター前に座り考え込んでいたが、立ち上がり、次の一手を打つための準備をはじめた。
しかし、そのとき。
部屋の扉の隙間から、黒い煙が漏れ出ているのを確認する。
「蒸気機関の故障か…?」
クラーケンは、扉に近づき、開ける。すると一気に室内に黒い煙が入り込む。一瞬にして煙に覆われる空間。
どこかで大規模な火事が起こっていることを察するクラーケン。
「奴らか……」
鈴音たちの仕業に違いなかった。逃走前に火をつけるとは跡を濁す鳥たちだとクラーケンは苦笑する。
スプリンクラーは作動していないようだった。おそらくこれも彼女たちに壊されたのだろう。念入りに火消しの可能性を潰されている。
しかしクラーケンはまったく焦っていなかった。彼はもともと火の魔物。火を恐れることはない。
しかも彼は手術により、蒸気機関の肉体に改造した際、呼吸器官にフィルターを取り付けた。
大気の汚染や火事の熱気など、彼には無効なのだ。
「小癪なことをする」
クラーケンは侵入者たちの足掻きを嘲った。
だが……。
しばらくして、クラーケンはその余裕が仇になったことを知る。
ボヤの侵攻は、すでにこの建物中に至っており、もはや黒い煙から逃げる場所はなかった。
通路には、大気フィルターの限界を超えて、ススが気管に溜まったことにより、活動を停止した元・魔物の改造ロボットがいくつも倒れていた。
絶え間なく発生する煙。蒸気を扱う改造戦士だろうとそれをすべて濾過することは叶わなかったのだ。
さらにクラーケンを焦らせたのが、火元が見つからないことだった。無限の煙の発生源、どこかにあるはずの燃え盛る炎。それが通路のどこにもない。
「まさか……!」
大慌てで心当たりのある部屋へ駆け込むクラーケン。
その部屋とは、部屋中に井戸がある部屋。井戸の先には地下通路が繋がっており、ここを通して街中に触手を伸ばしていた。
「くそっ…!やられた……ぐっごほっ!」
予想通り、煙は井戸から登ってきていた。地下通路の先に、火元があるに違いなかった。
ここでクラーケンは思い出す。街中にいた溶接工を。
煙がここまでの速度で建物に充満したということは、煙の進行方向が一方通行であったということ。
おそらく溶接工たちは街中にあるマンホールをすべて溶接し、煙が街に逃げずに、この建物だけにくるように誘導したのだ。
煙は絶え間なく発生する。クラーケンの濾過フィルターにも限界がある。どんどん煤が溜まって、呼吸が苦しくなってきた。
「が……ぐ……こんな……こんなことで俺は……死ぬのか……?あんなやつら、俺の触手と蒸気駆動が本領発揮すれば……一瞬で首を……」
はねられるというのに。
現実では、床に倒れ伏すのはクラーケンだった。
意識が途切れる直前、最後にクラーケンは疑問を持つ。
こんなにも大量の煙を発生させるほどの燃料とはなんなのだろうと。
その真相を知ることはなく、しばらくのち彼は静かにこときれた。
もちろん。
ここまでこの物語を読んだ読者には明解であろう。
バーにて、ユウジはマスターに差し出された酒の味に顔を顰めた。
「うーん濃い……もっとスッキリした飲み口のがいいなぁ……でも、あんなにたくさんミントを生み出したから、ミント酒はしばらくいいかな」
現在地下では、通路いっぱいを占める大量のミントを燃やして、無限に煙を生み出す業火が楽しそうに笑っていた。
こうして、魔王四天王がひとりクラーケンは、自らが築いた煙の街にて、煙により命を落としたのだった。




