第38話 反撃の「狼煙」 ①
「魔王四天王クラーケンについて、私が知る限りのことを教えるね」
鈴音は、ランパの額のタオルをひっくり返した。
ランパは、安らかな表情だった。傷もずいぶん癒えてきていたが、もうしばらくは安静にした方が良いとのことだった。
「クラーケンはもともと弱小な魔物の一体だったそうなの」
ユウジは、鈴音の話を聞く。スバルは今日もリハビリと称して街を歩いていた。
「彼は火属性の魔法を得意とする種族だったけど、あるとき限界を感じ、あらたな強さの可能性を蒸気に見出した。そうして宝籠省を裏から支配して、蒸気国家を建てたの」
「あの、クラーケンってタコなのに、火の魔法が得意だったってこと?」
ユウジはずっと抱える違和感を尋ねる。海のない国で、クラーケン。しかも火魔法が得意なんて、ちぐはぐだった。
「クラーケンというのは、偽名だから。元の名も姿も誰も知らないの。彼は、培養した人工触手をもってこの国を支配したことから、そういう名前がつけられたってだけ」
「ややこしいね……それにしてもあの触手、作られたものなんだ」
ユウジは、チラリとランパを見た。触手は人工物とはいえ、そこらの魔物より断然強い代物だったという。魔王四天王が操るだけある。
「うん、つまりクラーケンの戦力は大きく分けてふたつ。蒸気の力と、人工触手。人工触手のほうは、スバルさんが切断したってことだから、しばらくは再生しないはずだよ。叩くならいまだね…!」
「…………」
ユウジは、まじまじと鈴音を見た。
「?どうしました?」
「いや、あの……鈴音さんって僕らの味方してくれるってことですか?」
魔王四天王雪女。鈴音は立場上、魔王の元へ帰るその道を、案内してくれるだけの役割だった。
それなのに、いまの口ぶりはまるで、ユウジがクラーケンを倒すことを応援しているような……。
鈴音は、首を傾げた。
「あれ、ほんとだ。うーんでも……いいんじゃないかな。四天王なんて倒しても、新しいひとが任命されるだけだし、きっと大丈夫だよ」
「そういうもんなの?」
「それに……ランパちゃんやスバルさんを傷つけたのを、許せないので」
鈴音はにっこりと笑った。
「それは……全くその通りで」
ユウジは深く頷いた。
「そこの服持ってきな。お嬢ちゃんへのご褒美だ」
大男は、幼児のマネキンに着せてあった黒い可愛いロリータ服を指差した。
「へえ……ランパはこういうのがほしかったんですね」
ユウジは、鈴音から渡された名刺の住所に来た。縫製店というので、手先の器用そうな店主が出てくると思ったら、えらくガタイのいい大男が出てきたので、最初は面食らったが、テロリストのボスだと聞いて、納得した。
「あなたが巻き込んだんですよね……ランパのこと」
ユウジの言葉に、大男は膝をついて謝罪した。
「この国のゴタゴタにあんな小さな子を巻き込んでしまったことは申し訳ない」
「いまさらいいですよ。謝られたところでなにかがかわるわけじゃないんですから」
ユウジは店内を見渡す。大きなミシンと、たくさんの生地や意匠のこった服。なかには、ちいさなぬいぐるみもあった。
大男は、ぽつりぽつりと独り言のようにもらす。
「仲間はもうみんな死んだ。はやめにうちらのグループから抜けた腰抜けどものほうが正しかったってわけだな。へっしょせん腕っぷしがいいだけじゃ国は変えられなかったってこった」
「…………」
ユウジは、プラプラと店内を歩きながら大男の話に耳を傾けていた。だが、あまり興味の出る話ではなかった。
「クラーケンの野郎は、この国に暮らすための改造手術と称して、人々から魔力を奪った。我々は蒸気の発展の代わりに、神秘の力を失ったのだ。そして、やつは国民から集めた魔力で強大な力を持ち、手がつけられない独裁者となった。奴は逆らう者を即座に粛清し、自由を禁じた。我々は、立ち上がらなければならなかった」
「……脱退した元メンバーの方々とは連絡が取れるんですか?」
「取れんこともないが、みな元の安寧の……支配された生活に戻った。関わりたくないというのが、本音だろう」
ユウジは大男に手を差しだした。
「じゃあこういって生き残りの皆さんを集めてください。勇者が来たから、少しだけ手伝えって」
大男は目を丸くした。
「な、なんだと?」
「クラーケンを殺す手筈は整っています。あとは必要なのは、人手だけなので。言っておきますが、確実です」
大男は困惑していた。自分よりヒョロく、殴れば簡単に倒せそうな男が、確信の目をしていた。曇りのないその目は、疑う余地がなかった。
「お前に、賭けていいのか」
「ええ。ていうか協力してくれなきゃ、ランパを巻き込んだことを許しません。あ、あと」
ユウジは店内の商品を指差して言った。
「こういうのひとつ作ってください」
「……それは作戦と関係があるのか」
「ないですけど」
大男は、捉えどころのないユウジに、しばらく唖然としていたが、もう失うものなどないことを考え、賭けに乗ることにした。
そうして大男は、ユウジの手を握った。




