第37話 ホテル
ランパは、我先に逃げようとする客たちへ迫り来る触手を、獣人としての誇りである鋭い爪で、切り刻んだ。
無軌道にうねる触手は、どこへ向かうのか、それを考えながら戦うのは、非常に難しかった。
ひと薙ぎで致命傷になる、触手。一手一手に、緊張感が伴った。
ようやく店内の客をすべて逃がした頃。
スバルにより根本が切断され、蠢いていた触手はすべて機能を停止した。
そうして、戦いは終わった。
鈴音は、ホテルのベッドの上でうなだれていた。久しぶりに、羽目を外しすぎたのを反省していた。
「水、水……」
頭を抑えながら、なんとか立ち上がる。すると、ピンポーンとベルが鳴った。
「スバルさんとランパちゃんかしら」
一応覗き穴から廊下を伺うと、そこに立っていたのは、見知らぬ大男だった。
そして、その腕の中には、気を失っているランパ。
鈴音は急いで鍵をあけた。そして大男へ開口一番に言う。
「ここから先は言葉を選びなさい。死にたくなければ」
「……………」
大男は、ゆっくりと床にランパを置いた。
「敵ではない。だが、巻き込んでしまった」
「名前と所属は」
「革命集団サンズ……いや、仲間はもう死んだしな。イーリア縫製店のアルだ」
鈴音は、ランパの脇腹に巻かれた包帯を指差す。
「あなたが止血したの?……上手ね」
「詳しいことはそいつに聞け。いちおう名刺も渡しておく」
アルと名乗った大男は、そう言って去っていった。
ランパの額に、鈴音は手を当てる。高熱を出していた。
「いったい何があったの……」
鈴音は、ランパを部屋のベッドに寝かせた。
それから数時間後、帰ってきたスバルとユウジも酷いものだった。
「ただいま戻りました……」
「うっす鈴音」
スバルは左足を引きずっていたし、ユウジはそんな彼女を担いできた疲れで、へとへとだった。
「ふたりとも早くベッドへ!」
鈴音は、スバルの左足を見て、なにか言いかけたが、口を閉じた。
「……大丈夫だ」
「……冷やしておきましょう」
すっかり酔いの冷めた鈴音は、朝まで3人の看病を続けた。
そして、翌朝。
蒸気の漂う街ゆえに、ホテルの窓には朝の日差しが入ってこなかった。
暗がりのなかでも、ユウジは目を覚ます。時計の部屋でずっと寝ていたので、疲れがあったとはいえ、あまり眠れなかったのだ。
椅子に座って、うつらうつらとしていた鈴音に声をかける。
「おはよう鈴音さん。あとは僕が変わるから、寝てて」
「ユウジくんは……もう大丈夫なの?」
「うん、すっかり元気だよ」
鈴音はベッドに横たわった。そして目を閉じて、寝たままユウジに尋ねる。
「クラーケンに会ったの?」
「うん、たぶんだけど」
「そう……あの子、融通が効かないからね……3人とも無事でよかった……」
ユウジは、その言葉に違和感を抱く。『あの子』。まるでひとへ向けるような呼称だった。
「鈴音さん、クラーケンってどういう見た目をしているんですか?」
「ほぁ……会うたびに姿変わってるから……でも基本的に……」
鈴音は寝付く前に、これだけは言い切る。
「全身機械よ」
昼ごろになると、スバルは伸びをして、起き上がった。
「あーよく寝た」
「おはようございます。昨日はありがとうございました」
ユウジはミントティーを出した。スバルはそれを一気飲みする。
「ぷはっ!効くな〜相変わらず。礼はいいって、日を跨ぐほどのことじゃねえ」
スバルは立ち上がるが、顔を顰める。
「んーまだ足の調子悪りぃみたいだわ。ちょっとリハビリがてらかるーく動いてくる!ランパのことよろしくな」
「はい任されました。ほんとにかるーくですよ!」
「おうよ!」
それからほどなくして、鈴音もベッドから起き上がった。
「スバルさんが出かけた……?」
鈴音は、訝しむような表情をした。
「足の調子はまだ悪そうでしたけど、リハビリするって言ってました」
「………そう、なんだ。ランパちゃんはどう?お熱下がった?」
ええ、とユウジは、ランパの額に手を当てる。
「すっかり、いい寝顔だよ」
「獣人は回復力が高いとはいえ、ランパさんの脇腹の傷深かったから、数日は安静にしたほうがいいよ」
「………そっか」
ユウジたちは、宝籠省にしばらく滞在することとなった。
夕方ごろになって帰ってきたスバルも、それを了承した。
鈴音は、心配そうにスバルに尋ねる。
「大丈夫でしたか?」
「ん?ああ、いい革のブーツがあったからな、物色してたら時間かかっちまった。心配かけたな」
スバルは、ゆっくりと椅子に腰をかけた。




