第36話 幹
天井から伸びてきたタコの足。
それはユウジにとって絞首台にかかる縄であった。
しかし異世界に転生してから、これまで一切のピンチを乗り越えずに過ごしてきたユウジには、その危機を察知することはできなかった。
不用意にも、ユウジの指先が、触手に触れようとした、その瞬間。
「うらああああああ!!!」
耳をつんざく叫び声が室内に鳴り響いた。
静寂を切り裂き、同時にタコの足を切り裂きながら、空から急降下してきたのは。
金髪がたなびく、美しき剣士。
横顔には半分ずらしたガスマスク、上半身は裸の、両手で長刀を握りしめる女。
「ス、スバルさん……?」
ざっくりと二股に裂けたタコ足を背に、彼女は長刀を振るって、刀身についていた粘液を吹き飛ばした。そして、ゆっくりと鞘に収めると、いたずらっ子っぽく笑った。
「よおユウジ。ビビったろ突然現れて」
「助けに来てくれたんですか……!?」
スバルはユウジに手を差し伸べた。
「やっぱりお前には、私がついてないとダメみたいだな」
ユウジがその手を取ると、スバルはバタン、と彼の胸に倒れ込んだ。
「おとと」
「わっ大丈夫ですか?」
「へへ、決めきれなかったわ。すまん、疲れた。肩貸してくれよ」
スバルは照れたような顔をした。
鉄の扉は、スバルがファイアボールを撃ち続けることによって、こじ開けることに成功した。
地下道に続く道を進むふたり。スバルはユウジに肩を担がれていた。
「あーあ全身いてぇなぁ」
スバルは愚痴をこぼす。
彼女の全身は打撲痕や裂傷だらけであった。触手に捕まって地面を引き摺られ、あらゆる場所にからだがぶつかってここまで来たのだ。これ以上動けるはずもなかった。
「ありがとうございます、俺のために」
運動不足のユウジは、スバルのからだを運ぶのに精一杯だった。
しかし恩人である。雑にせず丁重に運ばなければならない。
スバルは礼を言われ、顔を赤らめた。
「うるせい。私はクラーケンを倒しにきただけだ」
「え、クラーケン……?魔王四天王の?倒したんですかスバルさん」
「……………」
スバルは口を閉じて、黙ってしまった。そしてしばらくの沈黙ののち明かす。
「わかんね。ってのも、触手の大元を辿って、たどり着いたのが、高い塔の一室だったんだ。そこにクラーケンがいると思ったんだが……」
「思ったんだが?」
スバルはその部屋で見たものを説明する。
そこには壁一面に、街中の映像を映し出すモニターが設置されていた。
そして天井からは触手の根本……一本の太い触手が生えていた。
そこから枝分かれした複数の触手が、部屋の各所に設置された移動へと伸びていたのだ。
「え?触手のおおもとって……タコの頭とかじゃないんですか?」
「違った。でっかい太い触手だった」
ユウジは奇妙なその部屋を想像する。夢に出てきそうな気持ち悪さだった。
「だから私はとりあえず、太い触手の根本を剣でザクザクして、ユウジのいそうな部屋へ繋がる井戸へ降りたってことなんだが。これはクラーケンを倒したってことでいいか?」
「部屋は無人だったんですか?」
「うん」
「じゃあ……それならクラーケンってやつの本体は太い触手だったってことで、いいんじゃないですかね」
「まじで?やった。わたし単独で魔王四天王倒したってこと?すげーじゃん」
スバルはにしし、と笑った。そして、さすがに疲れたのか、まぶたを閉じる。
「わりぃ。ちょっと寝るわ」
どっと重くなるスバルの体を、ユウジはなんとか支える。
「……ふかふかのベッドで寝ましょうね、スバルさん」
ふたりは地下道から地上を目指して歩いていった。




