第35話 パノプティコンinミストタウン③
迫り来る触手を、大男は素手で掴む。
「ふん!」
触手と大男との、綱引き力比べが始まった。
人質の客らは、突然店内に現れた触手に、逃げ惑っていた。
「やはり犯罪を犯せば、触手が飛んでくるってわけか……なぁ?ゴッドファーザーよ!指先一つで俺たちを弄んで楽しいか!?」
大男が高笑いしながら触手をひとり相手している間に、武装集団の仲間たちがバールや鉄パイプなどで、触手を攻撃し始めた。
「このタコ野郎!千切れろ!!!」
弾力のあるその触手は、最初まったくもって微動だにしなかったが、なんども何度も殴っていると、表面がさけはじめた。
「オラァ!」
振り下ろされたバールが触手の切れ目を大きく広げる。その瞬間、大男は怪力で思いっきり引っ張る。
ブチィッ!
大きな音がして、触手がちぎれた。触手は、ゆっくりと後退すると、破られた窓を通り、霧の中に消えていった……。
静けさが訪れる店内。武装集団たちは、各々緊張が解けて、腰を下ろした。
ランパは、物陰からその様子を窺っていた。
「あの触手……まさか、いまのが魔王四天王クラーケン?」
ランパの全身には汗がびっしょりついていた。いままで全長がわからないほどに、巨大な生物と相見えたことはなかった。
もし、自分があの触手と戦っていれば……考えたくもなかった。
魔王四天王という存在は、おそろしく強大なのだと、認識を改めざるをえなかった。
「やったぞ!勝った!」
喜びのあまり、鉄パイプを天にかかげる武装集団の男。あんなにも巨大なものから戦果を得たのだ。叫ぶのも無理はない。
だが、瞬間、その腕が吹き飛んだ。
「うわぁ!?」
失われた腕の断面を抑えてしゃがみ込む男。
背後には、先端の千切れていない触手が元気に蠢いていた。
「2本目かよ……」
リーダーの大男もさすがに焦り始めたようだった。触手に対して、ジリジリと後退して、間合いをはかる。
ランパは店内の客らを見渡す。
みな、棚の後ろなどに隠れていた。子供は泣き出しそうになっているのを、母親にがっちりと口を抑えられて耐えている。
触手はウネウネと動いて、大男と向かい合っている。
ランパは、この隙に客たちを店の外に逃そうと画策した。
「みなさん!あの男が触手を引き付けてるいまのうちに店の外へ走りましょう!」
ランパが叫ぶ。客らは不安そうな顔をしていたが、そのなかで、ひとりの老紳士が意を決して立ち上がった。
「このままじっともしておれん!ワシはいくぞ!」
老紳士は、ドアに向かって駆け出す。杖を用いた移動なので、あまり早くはないが、距離はそれほどでもなかったので、すぐにドアに到着しそうだった。
大男と向かい合っていた触手が、ピクリと動く。
「!?」
触手の先端が、老紳士の方向を向く。
「じいさん走れー!」「触手そっち向いてるぞ!」「あと少しで出口だ!」
客たちの応援を受け、老紳士は出口ドアへ向け、ラストスパートを仕掛ける。
「ワシは死なんぞ!!!」
が、触手の方が早かった。びゅん!っと触手が床を走り、老人の元に……
「させませんよ!!!」
老人に触手が触れる直前、ランパは爪で触手を切断した。
ビチビチ!床を跳ねる切り離された先端。
「ひいいいい!」
老人は腰が抜けて、その場に座り込んだ。
触手の大元は、しばらくうねったのちに、再び霧の中へ消えていった。
ランパは考察する。
あのタコ足は、犯罪を犯した者のもとへ現れる。しかし、犯罪とは無縁そうな老人にも襲い掛かった。
そして、このタコ足の存在を知る街の住民はいない。
ここから導き出される結論は。
「目撃者も含めて、殺してきたわけですか……ビッグファーザーとやらは……!」
ランパは触手の先端を蹴り飛ばした。
テロ行為という犯罪を犯した大男よりも先に、店内から出ようとした者を、優先的に襲ったことも理由の裏付けとなる。
ランパは声をあげる。
「みなさんなるべく動かないでください!外へ出ようとすると、むしろ襲われるようでした!」
ざわつく店内。
無理もない、自分達まで襲われる対象だと知らされて動揺しているのだろう、そうランパは思っていたのだが、よく耳をすませば。
「えっ……あの子最初は店の外出ろって扇動してましたよね……」
「あのお爺さん死ぬとこだったぞ」
「囮に使ったのか……?」
「……………」
ランパは、老紳士を睨みつけ、早く物陰へ移動するように指示する。
みんなのヒーローになるのはなかなか難しいものだと、ランパは覚えた。
大男が、ランパのほうへ近づいてくる。
「お嬢ちゃん、あんたなかなかやるじゃねぇか。どうだ?俺たちの力になってくれないか?」
「………私は店の人を守りたいだけです。ていうかあなたたちがタコ呼び込んだのに、図々しいですよ」
霧の中からまた、ゆっくりと触手が現れた。
うね、うね、うね、うね。
今度は4本同時のご登場だった。
大男は冷や汗を垂らしながらも、渋く笑った。
「生きて帰ったら、お嬢ちゃんのお願いをなんでも聞いてやるよ」
「……そのくらいのモチベーションは欲しいですね」
ランパは爪を構えた。甘いご褒美を期待しながら、彼女は無軌道に襲いくる触手と対峙した……。
ユウジは、天井を見上げた。
あれほどあった時計は、全て止まっている。
部屋一面に生やしたミントがからまり、針の動きを止めたのだ。
ノイローゼになりそうなほど鳴っていた定期的なチクタク音はもうない。
ここにあるのは、ただの静寂。緑に囲まれたプライベートルーム。
コンクリートの壁に生えたミント群は、まるで文明退化後に繁栄した、新たな支配者であった。
「さて、どうしようか」
ミントがこれ以上密集しても、清涼感のある空気に心地よくなるだけ。
脱出の手助けにはならなそうだった。
ユウジは、仲間のことを考える。
彼女らは助けに来てくれるのだろうか。
ランパは獣人なので、鼻がいい。匂いの痕跡を辿って自分を見つけてくれるかもしれない。
鈴音は、魔王四天王だ。この国を支配する魔物、クラーケンと交渉して、解放してくれるかもしれない。
「スバルさんは……うーん」
もっとも付き合いが長いスバル。彼女の明るい性格には、いつも助けられていたが、一方精神面以外では、役に立ったことはない。
ユウジはごろん、と寝転がる。ミントのベッドは柔らかかった。
「ま、気長に待とう」
そのとき、目線を上にやると、天井から謎の影が迫ってきているのに気づく。
思わず起き上がるユウジ。
「なんだ……?あれ」
天井から降りてきたもの。それはもはやお馴染みの『タコの触手』であった。
「うわ……!?」
タコの触手、ユウジの頭上くらいの高さまで降りると、ぶんぶんと暴れ出した。
「俺のこと探してるのか?」
ユウジは、触手から距離を取る。得体の知れないものから離れるのは、当然の判断である。
触手の大元は、どこから伸びているのか。天井は暗闇で見えないので、窺いしれない。
だが、おそらくこの密室の脱出口と繋がっている。
「……………」
ユウジは悩む。この触手を登っていけば、外に出られるのではないか、と。
ユウジは恐る恐る、ウネウネと動く触手に近づいていった。
その触手には、一瞬で成人男性を肉塊にするほどの力があるというのに。
近づいていってしまった。




