第34話 ゴッコちゃん
雪女の鈴音は、ホテルのバーでカクテルを飲んでいた。
カウンターのマスターは、男のバーテンダーひとり。しかし、彼自身がカクテルを作ることはない。
彼に注文をすると、カウンターに仕込まれたパイプを通して、客のグラスに酒が注がれるのだ。
システマチックなこのバーを、鈴音は気に入っていた。気兼ねなくひとりで入れる雰囲気があったのだ。
鈴音の隣には、ロボットが座っていた。この店が設置している、おしゃべりロボットである。常連客たちは、よくこのロボットに愚痴を聞いてもらっているのだという。
所詮はごっこ遊びににしかならない、プログラミングで決められたワード以外喋れないロボットであるのだが、的確なアドバイスを逆に受けたくない気分の時などには最適だと評判であった。
鈴音は、ロボットに話しかける。
「ねぇ、あなた恋ってしたことある?」
『聞イタコトガアリマス』
ロボットはカタカタと口を動かした。中にはスピーカーが入っている。
「最近、ちょっと恋しちゃったみたいなの……こんなこと初めてで」
鈴音はカクテルを口に含んだ。からだが火照り、口がよく回るようになる。
「よく夜遊びはしてたんだけど、男の子からのナンパはいつも断ってたの。楽しくお酒が飲めれば、それだけでよかったから。でもそういうのから逃げてきたからかな、いざ本当に良さそうなひとが現れた時、どんなふうにアプローチすればいいかわからなくなって」
『ワカリマス』
鈴音は、ロボットの相槌を気にせず話しかけ続ける。
「気になってるのは、ピュアで、でもどこかミステリアスで、いままで会ったことのないタイプの人。少しずつ仲良くなってきたけど、でもその人の周りにはもっと仲がいいひともいて、私なんかが入り込む余地ないのかなって」
『ソウイウノモアリマスヨネ』
マスターはグラスを拭きながら、カウンター下のレバーをひねる。
鈴音のからになったグラスに、再びカクテルが注がれる。
鈴音はすぐにグラスを持つと一気飲みした。
「マスター、もっと強いのでもいいですよ」
マスターは引いた。いまのがこの店で一番強いと言われている酒だったのだ。しかし、鈴音は思い直して注文を変える。
「あ、やっぱ甘めのカクテルください」
マスターは胸を撫で下ろした。
「それでね、もっと積極的に行った方がいいのかなって悩んでるの。あのひとは誰にも優しいから、ちゃんと好意を持って伝えないと気づいてもらえないかもしれない」
『ソレデイインジャナキデスカ』
「でも引かれないかな……」
『ソンナコトナイデスヨ』
「でも……」
マスターは鈴音のグラスに酒を注ぐ。この店で一番人気のカクテルである。
鈴音は一気飲みする。すると、首を傾げた。
「これ……うーん、まあいいか」
マスターは煮え切らない反応にモヤモヤした。ストライクゾーンに入らなかったようだ。
そこで、今度は自分が最も自信のあるカクテルを注いだ。すると鈴音はひと口飲んで、満足そうにうんうん、と頷いた。
マスターはホッとした。
「ねぇ、私って恋愛下手なのかな……」
鈴音がグラスを揺らすと、ロボットがカタカタ動いた。
『デモボクハアナタノソウイウトコロガスキデスケドネ』
鈴音は、まぁと着物の裾で口を抑える。
「お上手なんですね、この子。私のお酒飲みなさい」
鈴音は飲みかけのカクテルをロボットの口に押し込んだ。スピーカーからガガガガと割れた音が鳴り響く。
「あーあーあーお客さんなにしてるんですか!」
マスターがカウンターから身を乗り出す。
鈴音は、怒られたが、酔いが回って、もうなにを言われてるのかもわからなかった。
カウンターに突っ伏して、鈴音は寝息を立てた。




