第30話 時計の部屋
スバルたちは入国して早々、通路から生えるロボットアームに、ガスマスクを手渡された。
「なんだこれ?」
来訪経験のある鈴音は説明する。
「この宝籠省は、蒸気の国の異名の通り、あらゆる設備が蒸気動力によって自動化されているのです。ただしその弊害で、国中モクモクしていて……熱気に弱い私にとってはあまり長く滞在したくない土地なのです」
鈴音はガスマスクをつけて顔が隠れる。短い丈のミニスカ風和装に、ガスマスクは、なんともチグハグな見た目であった。
「なるほど、その大気から身を守るためのガスマスクというわけですか」
ランパも子供用の小さいガスマスクを装着する。頭に生えた獣人の耳が、ぴょこんと存在感を強調する。
「なんつーか息苦しい国だな。観光客にガスマスク強要するなんて」
スバルもぶつくさ言いながら装着する。
そして、いよいよ通路を抜け、国内に脚を踏み入れると、ぶわぁ!と熱気が襲ってきた。
「うおおおん!?あっつ!」
スバルの金髪がぶわぁと巻き上がる。鈴音は予想していたので、顔を伏せて直撃を避けた。
やがて煙が晴れて街並みがぼんやりと浮き上がる。ランパは感嘆の声を上げた。
「わぁ……これは……すごいですね!」
煙の中に浮かぶのは、数々のビル群。増築が繰り返されたような、不恰好な建物が多く、外壁には蒸気機関の配管が張り巡らされている。
そして特筆すべきは住人たちである。
入国する際に、永住するには機械手術が必須と言われていた通り、道ゆく人々の体の節々には銀色の肌が見え隠れした。
両腕が機械な、日傘をしたご婦人。
脚にターボエンジンがついた、スケボーに乗るこども。
顔面がすべて鉄に置き換わった燕尾服を着た演奏家。
これまで旅してきた国とは、まったくの別文化に、ランパは胸が躍った。
「この方々の呼吸器官は、この蒸気の国でも生きていけるように、改造手術を行われています。さらにからだの一部を機械に置き換えて、蒸気の力を使ったりもしているですよ」
鈴音は説明する。ランパは目を輝かせた。
「私も改造手術したいです!」
「おいおいやめとけランパ。タトゥーと改造手術は、大人になってからだ」
スバルはランパを止める。
「私はもう大人ですよ!」
「はいはい」
この国に滞在している間、なるべく鈴音は外に出なくて済むよう、用事がある時以外は基本的に宿で待っていることになった。
「それでは、あまり羽目を外しすぎないようにしてくださいね、魔王四天王クラーケンさんにお会いする時はお呼びください」
鈴音は高層ホテルにチェックインをして、ふたりと別れた。
スバルはランパに尋ねる。
「さて、どうするか。今回はさすがにユウジのこと助けに行くか?」
「うーん心配ない気もしますけど……まぁどこに捕まってるかくらいは調べておきましょうか」
ふたりは手分けして街を探索することにしたのだった。
一方その頃ユウジは、パイプ管や歯車が張り巡らされた地下通路を、ロボットたちとともに歩かされていた。
「あの、どこへ連れてかれるのでしょう」
ユウジが話しかけるも、ロボットは反応しない。シュコーシュコーと、彼らの動力源である胸の蒸気機関を鳴らすだけであった。
無機質なメタルボディの彼らには、プログラミングされた動きしか実行できないのだ。
「はいはいっと」
ユウジは諦めたように天井を見上げる。
カタカタカタカタ、とネズミがパイプの上を伝っていった。そのからだにすらも、歯車が埋め込まれており、ユウジは舌を巻いた。
そうして、ユウジが連れ込まれたのは、大小さまざまな掛け時計が壁を埋め尽くす一室であった。
部屋いっぱいの時計は、高い天井に至るまでの壁一面に設置されており、一番上の時計などは文字盤すら見えなかった。
「え……なんすかここ。これが牢屋……?」
チクタクチクタク、無数の針が音を奏でる。その針が示す時間は時計によってバラバラであり、いま現在の時刻はどれを信じればいいのかわからなかった。
ロボットは無言で部屋の隅っこにユウジを押し込むと、カシャカシャ足を上下させながら、部屋から出ていった。
鉄製の頑丈な扉が、がじゃん、と音を立てる。鍵がかけられたようだった。
「………」
独りになったユウジは、とりあえず鉄板の敷かれた床に、座り込む。周りからは絶えず針の音と、ごく稀に定刻をしめすゴーンゴーンという音がなり続ける。
無数の時計が、無機質にこちらを見下ろしてくる。
「あーこれは……気が狂う」
ユウジは理解した。
この部屋は、囚人の気を狂わせる拷問部屋なのだと。




