あの子
三題噺もどきーにじゅうさん。
これは、僕の過去の話。
お題:過去・美術室・むずむず
これは、過去の話。
僕がまだ、高校生だった頃。
高校で、なかなかクラスに馴染めず、基本的に1人でいた僕は、放課後の部活の時間だけが楽しみだった。
中学から引き続き、美術部に入った。
毎日、絵を書くことに没頭出来るこの時間が何よりも嬉しかった。
そんなある日―2年の春くらいだったかな―他の部員が帰り、僕だけが美術室にいた。
こういうことは、よくあるので、別段気にしていない。
(むしろこっちの方がより集中できていい。)
ひとり黙々と絵を書いていた。
人がいるとき以上に筆が速い。
すると
ガラッ―
と、扉の開けられる音がした。
(先生が来たのかな?それにしては早い気がする……)
いつもならもっと遅い時間に来るのだが…そもそも部室に来るのは、下校時間を迎えたから声をかけに来た、という場合がほとんどだ。
まあ、来たのなら仕方ない。
もしかしたら、思っているより時間は遅いのかもしれない、帰ろう―
そう思い、帰る準備を始めようとしたところ、
「ねぇ―」
突然、声をかけられた。
先生の声―ではない。
やけに高い、部活の女子生徒だろうか。
「はい―?」
とっさに顔をあげ、相手の顔を見る。
しかし、西日が射し込み、顔が影になっていて、よく見えなかった。
(誰だ?)
顔が見えないのと、そもそも人の顔を覚えていないので、全く分からない。
「私の、絵を書いてくれない?」
「は、?」
突然の提案に驚きを隠せなかった。
何をしたくて、そんなことを僕に望むのだろう。
(モデルをするってことか?)
知らない、見覚えのない人なので、不信感を抱く。
「あの、えと、どういう事ですか?」
とりあえず、聞いてみる。
「そのまんまの意味よ。私の絵を書いて?」
今度は、少し上から目線の様な声だった。
―というか、先程から、口調が上から目線のような言い方…。
女子とは、こういうものなのか…?
「モデルを、してくれるって事ですか?」
「えぇ、そうよ。」
彼女が、姿勢を少しずらした。
その時、顔がハッキリと見えた。
くっきりとした目鼻立ちで、サラリと流した黒い髪が風に揺れていた。
「それで?書いてくれるの?」
話し方のせいか、どうも威圧的に感じてしまう。
「え、あぁ、もちろん。」
けれど、それ以上に彼女の美しさに見蕩れてしまい、思わず返事をしてしまった。
「あ、まって「それじゃ、明日からよろしく。」
弁解を試みるも、彼女の声に押し切られ、結局引き受けることになった。
彼女が出ていってすぐに先生がやって来て、その日は帰った。
次の日から、他の部員がいなくなったと同時に彼女は美術室に来るようになり、僕は彼女の絵を書くようになった。
椅子に座っていたり、窓辺に立ってみたり―ポーズをとると言うより、彼女が居るところを僕が書くという感じだった。
彼女といる時間は、どこかをくすぐられているみたいにむずむずして、何とも言えない時間だった。
それから、3年生になって―彼女は突然来なくなった。
毎日、他の部員が帰ってからも少し待ってみたりしたのだが、彼女が来ることは無かった。
高校最後の年で、部活に明け暮れている暇などなく、部室に行く時間自体が少なくなっていた。
1度、探してみようと思ったのだが
(そう言えば、名前も学年も知らない。)
その事に思い至り、それ以降は探そうとしなかった。
そして、高校を卒業し、社会の波にもまれ、何もかもに疲れていた日。
彼女のことを思い出した。
(結局、誰だったんだろ)
何故、そんな昔のことを思い出したのかは分からないが。
考えている間、ずっと頬をつたい、足元に溜まったそれを見て、
―あぁ、明日も生きないと。
そう思った。