第二十五章 初めてのマヨヒガ 1.心の準備
お久しぶりのマヨヒガです。本章では前章(第二十四章)に続き、事態が大きく進みます。
~Side 優樹~
来るべき運動会に備えて、空港跡地で〝なんちゃって力走〟の練習を済ませたら、もう夕暮れが近くなっていた。懸命に走ってるふりをしつつ、その実は手を抜いて走る……っていうのが案外難しかったんだよね。
いや、日頃からスポーツにあまり興味がないと公言してるぼくはともかく、スポーツ少女と目されてる真凛の場合、中途半端に手を抜くとかえって目立っちゃいそうだったから。
ちょうどいい手加減のコツを見つけるまで、思ったよりも時間がかかったんだよ。
それで、時間があればこの後にやろうと思ってた繰越村のアレコレの報告会は、残念だけどこの日は中止して、明日の放課後にでもどこかで相談しようという話になったんだけど……家に帰って部屋――と言うか、ぼく用のプレハブ――に引き籠もってたら、思いがけないイベントが発生したんだよね……
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「はぁっ!? マヨヒガが完成した!? いつよ!?」
鼻息も荒くぼくを問い詰めてるのは、学校が終わって一緒に下校中の真凛。こんな事もあろうかと、さりげなく人目のなさそうなルートを通ってたから、世間の目ってやつは気にしなくていい。……人目を気にしなくてよかったせいで、真凛の追及も容赦のないものになったけど……
「昨日の夜遅く……ちょっと落ち着いてよ、真凛ちゃん」
「これが落ち着いていられますか! どうしてもっと早く教えてくれなかったのよ!?」
「夕べは遅い時間だったし、そんな時間に電話したら、お家の方が変に思うよね?」
家族の不審を買うようなまねは避けないと――って言ったら、真凛も納得してくれた。……くやしそうにだけど。
「う……だ、だったら学校へいく前とか、せめて校内で耳打ちしてくれてもよかったじゃない」
「だって真凜ちゃん、登校前や校内で教えたりして、授業が上の空にならなかったって言える?」
「う……それを言われると……」
「だろ?」
ぼくはどうにかポーカーフェイスを通せたと思うけど、真凜がどうだかはわからなかったしね。〝君子危うきに近寄らず〟――だよ。
「けど……やっぱり不公平だわ。いくら優樹のスキルだって、自分だけ先にマヨヒガに入るだなんて……」
「あ、ぼくだって入ってないよ? 遠くから見ただけで」
「……え?」
「抜け駆けするのはよくないっていうのもあったけど……本当はちょっと、確認するのが難しい状況でさぁ……」
ゆうべプレハブに籠もってると、〝マヨヒガが落成しました〟ってウィンドウがいきなり開いて、それに続いて〝マヨヒガを訪れますか〟って訊かれたんだよね。ちょっとボウゼンとしてたけど、すぐに気を取り直して〝はい〟を選んだんだよ。けど、そうしたら……
「ゲートっぽいのが開いたんだけど……その先にあったのが土の地面でさぁ……」
てっきり室内に通じるもんだと思ってたのが、予想を裏切る形になったんだよね。
「そのまま入ったら足が汚れちゃうし、汚れた足をお母さんに見られたら、何をしたのかって追及されるのは目に見えてたし。プレハブの入り口から靴を持って来ようかとも思ったんだけど、万一入口に靴がないのを見られたら、夜遅くにどこに出かけたんだって大目玉を食らうのは間違いないし、それで外出禁止なんて事になったら目も当てられないし……」
うん、真凛も呆気にとられてるね。……ゆうべ一人でマヨヒガに入ろうとした事、このままウヤムヤになってくれるといいんだけど……
「……けど、優樹は一足先に入ろうとしたのよね?」
……そう上手くはいかないかぁ……でも、
「先に確かめておきたい事があったからね。マヨヒガの内と外での時間の進み方」
「……時間の進み方?」
「真凛ちゃんは気にならなかった? マヨヒガに入っている間、外の時間はどう進むのか。……マヨヒガの中でどれだけ過ごしても、外に出てみたら時間が経っていない――っていうのならまだしも、浦島太郎みたいに何百年も経ってた――っていうのはヤバくない?」
「あ……」
「外で時間が経っていない場合も、逆に言えばぼくたちはマヨヒガの中で、一般人より長い時間を過ごしてるわけだから……早く老けるとかさぁ……」
「冗談!?」
「だよね? だから本格的に入りびたる前に、そっちを確かめておきたかったんだよね」
「そ、それで……どうだったの?」
――うん、さすがに真凛も不安になったみたいだね。
「実際にマヨヒガの中に入ったわけじゃないから、まだわかんないよ。……ただ一応、ゲートのすぐ内側にスマホを置いて、しばらく様子を見たんだけど……時間の進み方に差はないみたいだった。予備実験みたいなものだけどね」
迷い家を訪れたっていう話はあっても、迷い家の中で長い時間過ごしたっていう話は聞いた事がないからなぁ。迷い家の性質上、訪問客に害をなすとは考えにくいけど……内外の時間の流れに差があると、竜宮城みたいな結果にならないとも限らないんだよね。
「ま、しばらくの間は様子をみながら、短時間だけ過ごすようにすればいいと思うけど」
「そ……そうよね」
真凛は何だか心細くなったみたいだな。けど――
「真凛ちゃん、どうせぼくたちはマヨヒガと一蓮托生なんだから、気にしても仕方がないよ。けど……どうしても気になるんなら、真凛ちゃんは無理に入らなくても……」
「入るわよ!」
――うん、真凛も覚悟を決めた……って言うか、好い感じに開き直ったみたいだね。
明日以降もこの時間帯に更新の予定です。




