第十二章 ぼくらが怪異を調べ始めた日 4.真凜の祖父から聞いた話(その2)
~Side 真凜~
気を取り直したようにお祖父ちゃんが話してくれた続きは……
・年に一度、夏の新月の夜、墓場の周りで猫たちが手拭いを被って踊る。それを見た者は、一晩中猫の踊りに付き合わされて、精根尽き果てるのだという。
・今は無くなった称明寺の鐘撞き堂で、梵鐘がひとりでに鳴ると死人が出る。一度村で疫病が流行って死人が続出した時は、ブラック勤務にキレた梵鐘が地面に落ちて不貞寝していた。
・一人で夜の山径を歩いていると、後から足音だけが蹤いて来る。お先にどうぞと言って先へやると何事も無く足音だけが去って行くのだが……ある時からすれ違いざまに膝カックンをして、笑いながら逃げるようになった。
・御式場山の祠の前に湧いていた清水は、どんな旱魃の時でも涸れる事が無かった。ある年の事、欲深な庄屋が水量を増やそうと清水の周りを掘ったら、それっきり水が出なくなった。祠もいつの間にか消えてしまって、それ以来見た者もいない。
・巳之助という男児が川の淵で溺れ死んで、その後河童となって住み着いた。その淵が今の巳之助淵であり、夏にキュウリを供えておくと、子供を水難から守ってくれるという。
・蛇の迫または蛇ん迫というのは、昔大蛇が山を突き崩して通って行った跡である。
・昔街道脇にあった首掛けずの松というのは、そこで首を吊ろうとして縄が切れ、男が墜落死した――打ちどころが悪かったらしい――ところである。死に方に納得できなかったらしく、成仏できなかった亡霊が通行人に取り憑いて首吊りをやり直そうとするので、称明寺の和尚に頼んで供養してもらった。その松は枯れてしまって残っていないが、地名だけは今も残っている。
・ちなみに、称明寺の和尚は狐か狸が化けていたという評判であったが、立派なお坊さんとして崇められていた。
・ある年の盆の事、家の前で頼む頼むという声がするので出てみたら、誰もいない。そんな事があちこちで続いた。世界初のピンポンダッシュであると言われている。
……改めて聞くと微妙な話が多いわね。……何なのよ、膝カックンとかピンポンダッシュって……
「いや、膝カックンちゅうんはな、どうも足音が通り過ぎて行った時に膝が笑ったっちゅう話が、面白可笑しく伝わったらしくてな」
「妖怪説話が生まれるプロセスを現したような話ですね……」
「そうね……けどお祖父ちゃん、七不思議どころじゃないじゃない」
「そう言われてものぉ……特に『七不思議』っちゅうもんが選ばれとるわけでもないしのぉ……」
「けど、お話を聞いてると称明寺に関係する話が多いみたいですけど……何か理由があるんですか?」
「どうじゃろうのぉ……儂が子供ん時にゃ、あっこはとうに空き地になっとったしのぉ……悪い噂は聞いた事が無いんじゃが……」
お祖父ちゃんはしばらく首をひねっていたけど、
「そうそう、一度だけじゃが称明寺の跡に墓参りに行った時、ちょっと肝を冷やした事があったの」
お祖父ちゃんが言うには、お墓の前のお茶碗にザッと水を入れたら……
「茶碗がの……こぅ、ジリっと動いたんじゃ。ひとりでにの」
「……ジリッと……ですか?」
「そうじゃ。じゃが、暫くすると動かんようになったんで……ちょいと上から押さえてやるとな……」
「お、押さえたの?」
「おぉよ。……そうすると茶碗のやつ、押さえるのに反撥したように押し返してくるもんでな。……手を放してやると……やっぱり動きよるんじゃ」
「「…………(ゴクリ)」」
「えぇいと思ぅて茶碗を取り上げてやるとな……」
「「…………(冷汗)」」
「……茶碗の下にカエルがおっての。迷惑そうな顔をしとった」
「……何よそれ――っ!?」
「ま、怪談なんちゅうもんは、案外こういうもんかもしれんの」
・・・・・・・・
その後もお祖父ちゃんに話を聞いたけど、マヨヒガに関する話はないみたいだった。
「『迷い家』のぉ……ありゃ岩手かどっかの伝説じゃろ? いや、ここらじゃ聞いた事がないのぉ……」
土地っ子のお祖父ちゃんが知らないという事は……やっぱりこの辺りにはないのかもしれないわね、マヨヒガの伝承。
「やっぱりあれか? ゲームとかアニメとかで評判になっとるんか?」
……そういう事にしておいた方がいいかしらね。
お祖父ちゃんからは称明寺跡地のお墓についても聞いたけど、その後新しいお寺の墓地に移したとかで、今はなくなっているそうだ。