第十二章 ぼくらが怪異を調べ始めた日 2.展示会~小豆洗いと天狗倒しの事~
~Side 優樹~
そう言って真凜が指さしたのは、音の怪異を集めたコーナーだった。いくつかのものについては、録音したものを試聴できるようになっている。
「へぇ……小豆洗いって、チャタテムシの羽音だっていう説があるのね……」
「チャタテムシ?」
チャタテムシならぼくも見た事があるけど、鳴くような虫には見えなかったな。鳴き声を聞いた事もないし。
「……家の中にいる種類は障子とかをこするかどうかして、サッサッという音を立てる事があるんだって」
「あぁ……だから『茶立て虫』っていうのか……」
「それで、その音を小豆を洗う音に見立てたんじゃないか――って、書いてあるわね」
録音したものを聞いてみたんだけど、その感想は――
「似てると言えなくもないけど……山の中で、こんな虫の羽音が聞こえたのかな?」
山の中に障子とかないし、そもそもさっきの説明だと、チャタテムシは障子を叩いているだけで、音を出してるのは障子の方だよね?
「小豆洗いって、夜の山とか川べりでどこからともなく小豆を洗う音が聞こえた――って話じゃなかったっけ?」
「そうそう。それでお終いに、〝小豆研ぎやしょか♪ 人取って食いやしょか♪ ショキショキ〟――って続けるのよね」
……真凜ってば……熱がこもってるなぁ……どれどれ?
「……真凜ちゃんが言うのは、長野県バージョンの小豆洗いみたいだね。決め台詞は各地で少しずつ違うみたいだよ?」
「へぇ、そうなんだ……あ、大分県のも似てるのね」
しばらく――こっちは本物の――小豆を洗う音を聴いてから隣に移ると、そこにあったのは、
「『天狗倒し』……って、また天狗かぁ。メジャーだよね、天狗って」
「夜の山で木を伐る音がするけど、翌朝行ってみるとどこにも木を伐ったり倒した跡がない……っていう怪異みたいね」
「……似たような話、聞いたよね? 谷戸杜キャンプ場で。真凜ちゃんのお父さんが話してくれたんだっけ」
「……そう言えばそうだったわね……。あ、正体についてもここに書いてあるわね。凍裂っていって、寒い時に樹木が音を立てて縦に裂ける現象なんじゃないかって。本当のところはまだよくわかってないみたい」
「……だったら、天狗倒しって冬に特有の怪異って事になるよね?」
「冬は狩りのシーズンで、山に入る機会も多かったからじゃないの?」
「あぁ……そういう事情もあるのかぁ……」
他にも人魚のミイラとか、雪男の頭の皮とかが紹介してあって、思っていたより楽しめたよ。
「妖怪とか怪異って言っても、こういう風に科学で説明できるんだね」
ぼくがそう納得していたら――
「……他人ごとみたいに言ってるわね? 優樹ならもっと関心を持つと思ってたけど」
「え? ……だって、ぼくの興味はむしろ昆虫とかの方だし……」
そう返事したら真凜はじれったそうに――
「そっちじゃないわよ! マヨヒガの事は気にならないの!?」
あ…………
「……うっかりしてた。アレも怪異って言えば怪異だよね」
「んもう、てっきりそれを調べるつもりで誘ったんだと思ってたのに」
「……ごめん……」
「はぁ……まぁいいわ。どっちみちマヨヒガの展示はなかったんだし」
「一応ネットとかで調べたんだけど……マヨヒガって東北とか関東地方の言い伝えらしいよ?」
「あたしも調べたわ。……この辺りにはマヨヒガの伝説はないみたいなのよね」
「うん、それ、ぼくも気になってた」
ぼくたちの前にマヨヒガが現れたのは事実だけど、これまでにこの辺りでマヨヒガを見たって話はないんだよね。
「……あたしのお祖父ちゃんが近くに住んでるんだけど……土地っ子だから昔話とかにもくわしいのよね。……行って話を聞いてみる?」




