第十一章 ぼくたちのキャンプリゾート 4.鳥遊親子による谷戸杜案内
~Side 真凜~
さぁ、今日はここのベテランを自認する優樹たちの案内で、ここの森を見てまわる予定になってるのよね。優樹のとこのおじさんおばさんは大学で登山か何かのクラブに入っていたそうだし……ワンダーフォーゲルっていったかしら? 山歩きには慣れてるそうだから、案内はお願いできそうね。
あたしたちだけだったら、森の外側を少し歩くだけでお茶を濁す事になってただろうから、案内は素直にありがたいわよね。
優樹は「秘密の場所」に案内するなんて言ってたけど……男の子って子供よねぇ。
――そう思ってたんだけど……
「ははぁ……これ、炭焼き窯の跡なんですか?」
「えぇ。とは言っても、そこまで古いものじゃないと思いますよ。昭和の初期か、戦後直ぐぐらいのものじゃないでしょうかね。周りの木の生長具合から見ても」
「ほぉぉ……」
優樹のお父さんが説明してくれてるけど……これ、教えてもらわなければ、炭焼き窯の跡だなんてわからないわよね。見た感じ、ただの窪地だもん。まわりに石が並べられてはいるけど。
テレビで見た炭焼き窯って、確か――もっとこう、立体的な……
「あ、それ、地上部が無くなってるからだよ。元々、そこまでしっかりした造りじゃなかったみたいだし、時間も経ってるしね。……けど、ほら!」
「何?」
優樹が窯跡の地面から得意そうに拾い上げたのは……
「……これって……木炭……?」
「うん。炭の破片だよ」
「へぇ……これが……」
何十年も前にここで焼かれた炭の破片――って思うと、中々感慨深いわね。歴史の証拠ってやつ?
「この辺りで焼かれていた炭は、いわゆる黒炭だったらしいですね。原木はクヌギとかコナラでしょう」
黒炭って何の事だろうと思ってたら、あたしたちが普通イメージする〝木炭〟の事だったみたい。もっと高温で焼いてから掻き出して、灰をかけて一気に消火すると、備長炭みたいな白炭ができるんだそうだ。ちなみに備長炭の原木はウバメガシで、この辺りには生えてないみたい。
「この辺りはコナラやクヌギが多いですね。萌芽再生で維持されていたせいで、株立ち樹形のものが多いでしょう」
木を伐った後の切り株から芽が出たのを萌芽って言って、それが再び大きくなって再生するのを萌芽再生って言うらしい。この辺りの森はそういう形の木が多く、持続的な利用がされていた事を示しているんだって。
「いわゆる里山だね」
……ドヤ顔の優樹がちょっとムカつくわね……
・・・・・・・・
優樹のとこのおじさんおばさんの案内で、そこからまたしばらく歩いて、森の奥へと入って行った。歩いている間も優樹は虫とか見つけてはしゃいでたけど……お父さんまでいっしょになってはしゃぐのはどうかと思う。〝童心に返る〟――っていうのかもしれないけど……お母さんの目が少し冷ややかになってるわよ? まぁ、お父さんが楽しんでるんなら、あたしは何も言わないけど。
そうやって案内された先は、さっきの森とは打って変わって、大きな木が立ち並ぶ森だった。
「さっきの森はコナラやクヌギの落葉広葉樹林、いわゆる夏緑樹林でしたが、ここは常緑広葉樹林……照葉樹林といわれる森林ですね」
「照葉樹林……聞いた事がありますね……」
「確か……日本の原風景――って呼ばれてる森林じゃありません?」
……お父さんもお母さんも聞いた事があるみたいだけど……あたしは知らなかった。……何か……くやしいような、申しわけないような……
「いや、森林植生のタイプとか里山としての利用とかは、多分高校で教わる範囲だから」
「小学校の社会科でも、森林の重要性については教えるみたいですけど、照葉樹林と夏緑樹林の違いにまでは踏み込まないでしょうからねぇ」
「地方によっては、大学の演習林を案内してもらう事もあるみたいですけど、うちの小学校ではそこまでやらないでしょうからね」
……う~ん……よくわからないけど、小学生はまだそこまで知らなくてもいいって事なのかしら。
「ま、それは措いといて、お見せしたいものはもう少し先なんですよ」
優樹のお父さんに案内されて来てみたけど……大きな木が何本かまとまって生えてる以外は、別におかしなところはないような……
「いや……違うぞ真凜。木の根元を能く見てごらん」
根元? ……そう言えば、何かボロボロに腐った木が円形に並んでるけど……ちょっと待って!?
「……これ……切り株なの……?」
「そう、切り株から再生した木が大きく育ったのがこれなんだね。さっきの森でもあっただろう?」
……優樹のお父さんはそう言うけど……
「だって……これが切り株って……一メートルくらい……ううん、それ以上ありますよ……?」
……信じられないけど……優樹のお父さんの言うとおり、これは大きな切り株らしい。他にもあちこちにこういうのがあった。
「多分、昨夜に来住野さんがお話になったお留め山の件、あれが関係しているんでしょうね」
「あぁ……最初に伐採されたのが、ここの林だったわけか。……で、その後は藩による禁伐が続いて、ここまで復活した――と」
「そういう事なんじゃないでしょうか」
あの話はここに続いてるのかぁ……
「森と人のいとなみって不思議だよね、真凜ちゃん」
同意するけど……ドヤ顔の優樹に言われると、少しムカつくのよ。
明日もこの時間に更新の予定です。