第十一章 ぼくたちのキャンプリゾート 3.谷戸杜奇談
~No-Side~
そんな二家族六名、その夜は集まって歓談を愉しんでいたのだが……
「元々ここは藩のお留め山だったらしいですね」
――と、話し出したのは真凛の父親であった。
「そうだったの?」
意外な事を意外な相手から聞いたという真凛であったが、
「あぁ。キャンプ場の選定をしてた時にね、調べたらそういう事が書いてあった」
「ほぉ……長年ここに通っていたが、そういうのは知りませんでした」
「谷戸杜という地名も元々は、法度森または法度守だったそうですよ。それが訛って夜刀森に、更に谷戸杜に変化したんだそうです」
「「「「「へぇぇ……」」」」」
聴衆の反応に気を好くしたらしい来住野氏は、雰囲気を一層盛り上げて、その話の続きを語り出す。
「そもそも法度森というのも、濫伐で土石流が発生して被害が出たため、藩主が山を守るべく禁伐地に指定したのが始まりだそうですね」
「あ、木材を確保するためじゃなかったのね」
少し意外そうな顔で問い返す真凜に顔を向けて来住野氏は、
「あぁ。今もそれに絡んだ幾つか伝説が残っている。一つは――昔ここの山に入って木を伐っていた男たちが作業小屋に泊まっていると、どこからともなく〝行くぞ行くぞ!〟という声がしたそうでしてね……」
――と、途中から再び一同に向かって――雰囲気を出して低い声で――話を続ける。
「「「「「ほほぉ……」」」」」
「男たちが負けん気を出して、〝来るなら来てみろ!〟と叫び返したところが……」
「「「「「――ところが?」」」」」
「〝ならば行くぞ!〟という声と共に山津波が襲ってきて、誰一人助からなかったとか。……明らかに土石流ですよね。被害に遭ったのが木樵たちというのも、過剰な伐採を戒めたものだそうです」
「「「「「ふぅ~む……」」」」」
「この近くに『蛇の迫』という場所があるでしょう? 〝大蛇が山を抜けた跡〟だなんて言ってますが、あれも土石流で山が崩れた跡なんだそうですよ」
「「「「「はぁぁ……」」」」」
感心する事頻りの一同を見て気を好くしたのか、来住野氏は更に言葉を続ける。
「他にも興味深い話が伝わっていましてね。ここがお留め山だった時代に、冬の寒さを凌ぐための薪を得ようと盗伐に入った者がいたそうです。老いた母親のためだったとも言われていますが」
「「「「「ふむ」」」」」
「ところが、盗伐を繰り返しているうちに藩の山役人に見つかって、男は哀れ処刑されてしまうんですな。その後、老母も後を追うように亡くなったとか。それから山に入ると、どこからともなく木を伐る音が聞こえてきたが、伐られた木が倒れる音はしなかったそうです。死してなお母親のために薪を得ようとした男の亡魂の為せる業だとして、地元の領民たちが怯えていたそうですが、旅の僧侶の供養によって、恙無く成仏したとか」
「……どこかで聞いたような話ですね」
何か言いたげな鳥遊父に向かって来住野氏は一つ頷くと、
「えぇ。能や浄瑠璃にある『阿漕』でしょう。恐らくはそれに想を得て、後世に作られた話なんじゃないかと思いますね」
「はぁ……すると、亡霊云々は後世の付会ですか」
「ですが、昔から利用されてきた山ではあったようですね」
・・・・・・・・
一方、親たちが盛り上がっているその脇で、優樹と真凜は自分たちだけの内緒話を交わしていた。
「優樹、ここってあたしたちは初めて来たんだけど、何か見るべきものとかある?」
「う~ん……見どころって言うならそこそこあるから、それは明日にでも案内するよ。ただ……こっそり訓練とかできる場所って言うんなら、少し難しいかな。人が少なくて、一見すると訓練に好さそうに思えるけど、木が繁ってて見晴らしが悪いからね。どこに人目があるかわからないから、やめておいた方が無難だよ」
「そうかぁ……まぁ、明日は案内よろしくね」
「うん、まかせといて。取って置きの秘密の場所に案内してあげるよ」




