第一章 ぼくたちが迷い家に出会った日 3.迷い家(その1)【間取り図あり】
~Side 優樹~
山すそに沿ってゆるくカーブした道を歩いて行くと、山の斜面に一軒家が見えた。
「真凜ちゃん! ほら、あれ!」
「――家ね! ……魔女が住んでたりするのかしら?」
「和風の家みたいだし、どっちかって言ったら山姥じゃないかな?」
「……鬼女とかじゃない事を期待しましょう……」
そんな事を話しながら、ぼくたちはこっそりとその家に近寄って行った。誰が住んでるのかわからないんだし、やっぱり用心は必要だからね。
そうやって、近くから見たその家は……
「どう見ても、昔の民家って感じよね」
藁か茅かは判らないけど草葺きの、破風って言うのかな? あれが付いてる大きな屋根の民家だった。曲り屋って言うのかな? あんな感じ。
一軒だけじゃなくて、周りにいくつか小屋みたいなのが建ってるけど。あの白塗りのは土蔵かな? その反対側には屋根付きの井戸もあるし。釣瓶が見えてる。
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「山姥の家なら人間の骨とか捨ててありそうだけど、裏手にもそんなのなかったよね」
「……優樹ったら……そんなものを探してたの?」
「用心は必要じゃない? それより、この展開だと……」
「えぇ。異世界転移じゃなくってタイムスリップとか……単純に田舎へ飛ばされただけって可能性もあるわよね?」
「でも、田舎にしては電線とかなかったよ? 道にもタイヤの跡みたいなのはなかったし」
「優樹……あなた結構目ざといのね」
「こういう場合だと、情報はぼくらの生命線だから」
これくらいの用心は当たり前だよね。……真凜はやっぱり脳筋枠……
「何か言った?」
「……ううん、何も」
……勘が良いのは武道をやってるからかな、それとも女の子だからかな。……どっちにしても頼もしいけど。
「で、どうする?」
「どうしよっか?」
相談の結果、少し離れたところから呼びかけてみようという事になった。〝案内を請う〟って言うんだっけ?
「たのもーっ!」
「違うわよ! 何言ってるのよ優樹!」
「あれ……? 〝お控えなすって〟――だった?」
「違うってば! あぁもぅ……すみませーん! どなたかいらっしゃいませんかーっ!」
あぁ、そっちか。やっぱり真凜は頼りになるなぁ。
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しばらくの間呼びかけながら待ってたんだけど、誰も出て来る様子はなかった。表の道を通る人も――人以外も――いないしで、
「……ごめんくださーい……」
「……おじゃましまーす……」
ぼくらは用心しぃしぃ家の中に入る事にした。縁側から上がり込むのも何だし、突き出てる部分の戸が開いてたので、そこから入ったんだけどね。
「……変な感じね。地面?」
「あ、三和土って言うんだよ。いわゆる土間だね」
「随分広いのね……土間」
「昔の農家とかじゃ普通だよ。真凜ちゃんは初めて?」
「うん……。うちはどっちのお爺ちゃんお婆ちゃんも市内だから」
「へぇ。うちの田舎はどっちも山の中だし、やっぱりこんな感じだよ」
「ふ~ん……だったら、お茶とかおむすびとかが二人分、それもいつの間にか置いてあるのも普通なの?」
「……それはないかな……」
家のつくりは確かに田舎家なんだけど、置いてあるものは何かおかしいんだよね。土間の脇から上がりがまち、そこから続いてる板の間にもやたら棚とか置いてあって、そこに色んなものが置かれてるし。
部屋のふすまも開け放ってあって、奥の和室の様子も……そこにも色んなものが置かれてるのが丸見えだし。……〝これ見よがし〟って言うんだっけ。
そして、あいかわらず……
「すみませーん……って、やっぱり誰も出て来ないね」
「……間違いないわ。きっとこれは『迷い家』よ!」
「『迷い家』?」
――迷い家、或いはマヨヒガとは、東北から関東地方に伝わる伝承である。民俗学の泰斗・柳田國男が、現在の岩手県土淵村(現・遠野市)出身の佐々木喜善から聴き取った話を「遠野物語」として纏めた事で広く知られるようになった。
それによると、山中で迷い家に遭遇した者は、そこから何かを持ち出す事が許される……と言うか、持ち出さねばならない。それというのも、迷い家はそのために姿を現したのだからという。
「――だから、ここにあるものは何でも一つだけ持ち帰っていいのよ!」