第六章 ぼくたちの校外学習 2.旅館にて~灯火採集~
~Side 真凛~
旅館に着いて晩ご飯とお風呂を済ませた後は、就寝まで短い自由時間になった。とは言っても、旅館の外に出たりはもちろん禁止。要するに、部屋でおとなしくしていなさいって事なんだけど……
(「ちょっと優樹! 何、外に抜け出そうとしてんのよ!?」)
(「ま、真凛ちゃん……」)
優樹ったら、こっそりと宿の外へ抜け出そうなんてしてた。まったくこの子ったら……少しくらいおとなしくできないのかしら? 昼間は昼間で、実習そっちのけでマメコバチの観察なんかやってたし。
授業態度が悪いって、減点されるわよ? いえ、それよりも、家の人に通知されたりしたらどうするのよ? 監視が厳しくなって自由に外に出られないなんて事になったら、あたしだって色々と困るんだから。少しは自重ってものをおぼえなさいよ!
(「い、いや……別に抜け出そうってわけじゃないよ? ただ……ほら、外の灯りとかに虫が集まってるし……ちょっとだけ見てこようかな――って……」)
……あきれた……この子の行動原理って、虫以外にないのかしら。
どのみち、このまま見逃すわけにはいかないわね。先生たちに知れて騒ぎになる前に、力づくででも……って……抵抗するわね……
早くしないと、見まわりの先生に見つかったら……
「こら! そこ! 何してるんだ!?」
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~Side 優樹~
押し問答してたぼくたちを見とがめたのは、新任の若い男の先生だった。確か理科の先生……ってか、昼間マメコバチの巣箱を熱心に観察してた先生だよね。宗内先生っていったっけ。
早く部屋へ戻るようにと言ってるけど、ぼくたちを連行しようとはしないみたいだ。……こういう時って、見つけた先生が責任持って、部屋へ連れ帰るんじゃなかったかな?
……何か怪しいなと思ってたら……先生が後ろ手に隠し持ってるのって、毒瓶じゃないか。採集した昆虫をすぐに殺すための道具だよ。ぼくの同類かぁ……〝同じ穴の狢〟――って言うんだっけ? こういう時。
ぼくを引っ張っていこうとする真凛に抵抗して、往生際悪く〝採集の時間がなくなる〟とか言ってみると……
「……仕方が無い。臨時に僕の助手に任命するから、採……調査を手伝うように。ただし、勝手に動かず、僕の目の届く範囲にいる事。いいね!」
「はい!」
「……はい」
真凛は納得いかないって顔だけど、先生のお申し付けとあっては嫌とも言えず、採しゅ……調査を手伝うみたいだ。ぼくの同類って思われるのが不本意なのかもしれないけど……ぼくらは仲間で運命共同体だからね♪
やる気なさそうにその辺りを見ていた真凛だけど、何かを見つけたみたいで声を上げた。〝首の赤い黒い虫〟って言うから、気になって見に行ったんだけど……
「クビアカツヤカミキリ!」
「――何っ!?」
「え?」
真凛はわかってないみたいだけど……特定外来生物のクビアカツヤカミキリだ! この辺りに侵入してるって話は聞いてないけど……
「……確かにクビアカだ。この辺りでの報告は無かった筈なのに……いや、それ以前に、成虫が出るには少し時期が早いような気もするけど……」
「ここ何年か暖かい年が続きましたし、成長とか出現時期とかが早まったんじゃないですか?」
「……そういう可能性はあるか……ともあれ、これは一大事だ」
「ですよね」
「えーと……話が見えないんだけど……何かまずいわけ?」
真凛が置いてけぼりになってるみたいだから、ぼくの方から説明する事にする。このクビアカツヤカミキリは特定外来生物で、見つけ次第の捕殺が勧められている事、そしてバラ科の大害虫である事……
「だからね真凛ちゃん、昼間行った農園のリンゴなんかもバラ科だし、この虫が入ると枯れちゃうかもしれないんだよ?」
「大変じゃない!」
真凛にも事態の重要性が飲み込めたようだけど、虫を触るのは嫌そうにしてたから、教頭先生を呼びに行ってもらう事にした。さすがに放置するわけにはいかないからね。観光農園の人とか地元の担当部署とかにも、多分連絡をいれなきゃダメだろうし。
――あ、ぼくと宗内先生はその間、クビアカツヤカミキリを探しまわらなきゃならないし。他の虫と間違えないよう、注意して調べなきゃね♪ うん、理論武装完了。