第一章 ぼくたちが迷い家に出会った日 2.「はざま」の世界
~Side 真凜~
一面の霧の中を、前方と足もとに注意して走っていると、ヌッと出てきた男の子にぶつかりそうになった。確か、同じクラスの……そぅそぅ、鳥遊君だった。栗色で柔らかい巻き毛のおとなしそうな子だけど、見た目に反してズボラなところがあるらしい。「ぱっと見王子」って言われてるんだって、後ろの席の木津川さんが教えてくれた。
その鳥遊君は、ここは移川二丁目なんだと言い張ってる。そんな馬鹿な事はない。あたしは家を出て中央公園の方に向かってたんだもん。移川とは正反対だ。
おかしな事を言う鳥遊君を説得しようとしていたら……霧が晴れた。
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「……どこなのよ……ここ……」
「少なくとも、ぼくん家の近くじゃないみたいだね。来住野さん家の近所?」
「違うわ……って、どうして鳥遊君は落ち着いてるのよ!?」
「え~? だって、取り乱してもどうにもならないし」
「それはそうだけど……」
あたしたちが今いるのは、原っぱの中の一本道、それも車道とかじゃなくて、舗装もされてない細い道だ。もっとも、細いと言っても道幅はそこまで狭くない。あたしたちが並んで歩けるぐらいの幅はある。
ただ……見渡す限りの草原で、家とか建物は一軒も見当たらない。
……あたし、知ってる。これって「異世界転移」ってやつだ。ラノベとかだと、この後この世界で成り上がっていくんだけど……鳥遊君と一緒なの? ……大丈夫かなぁ……
あたしが少し心細くなってるのに、鳥遊君は道に落ちてた木の枝を拾うと、のんきに歩き出した。
「ちょ、ちょっと鳥遊君、なに勝手に歩いてるの!?」
「え? だって、ボーッと立ってても仕方ないよね? 待ってても助けが来るとは限らないし、だったらこういう時には移動するのがお約束だよ?」
「そうかもしれないけど……どうしてそっちの方向に進むのよ?」
鳥遊君が歩いて行こうとしてるのは、あたしが来たのとは反対方向だ。
「どうしてって、ぼくは元々こっちに進むつもりだったし、来住野さんもそれは同じでしょ? 進行方向は一致してるじゃない?」
「それは転移してくる前の話でしょ!」
「あ、来住野さんもファンタジーとか読むんだ」
「うん、割と。……って、そうじゃなくて!」
どこともしれない世界に飛ばされたわけだけど、どうせなら少しでも元の家に近い方へ進みたい。転移させられた今では意味がないかもしれないけど、気分的に。
なのに、鳥遊君ときたら……
「そっちは来住野さんが来た方だよね? 道がおかしくなってるのは確実じゃない? だったら、おかしくないかもしれないこっち側に進むのが無難じゃないかな?」
今度はどこに飛ばされるかわかんないよ――と言われると、あたしもそんな気がしてくる。だけど……
「……本音は?」
「こっちの方が面白そうだから」
……だめだ。この子に付き合ってると身がもたない。
根がズボラなせいなのか、考えるのも面倒がって、深く考えずに決めるって聞いてたけど……うわさ以上だわ。
「だったら別行動にする?」
「それは嫌」
こんなのでも少しは頼りに……見張りぐらいはできそうだし、いざとなったらイケニエに……
「……何か、不穏な事考えてない?」
「気のせいよ。それより……」
ラノベだと、こういう場面でゴブリンとか狼とかに襲われるのが定番なんだけど……
「そういうのは来住野さんに任せるよ。ぼく、荒っぽい事には向いてないから」
確かにそんな感じだけど…
「信じられない。女の子に戦わせるつもりなの?」
「適材適所って言葉、来住野さんだって知ってるでしょ?」
ゴブリン相手に空手でどうしろって言うのよ! ……と、言いたいところだけど……この子、そっち方面はからっきしっぽいしなぁ……はぁ……
「……だったら、鳥遊君の担当は何なのよ?」
「さぁ? そのうちわかるんじゃない?」
あまりののんきさに腹が立ってくるけど、怖がってわめき立てられるよりはいいのかもしれない。変な意味で落ち着いてるよね、鳥遊君。
どっちにしろ、当分あたしたちは運命共同体ってやつなんだし、
「真凜でいいわよ」
「……呼び捨てでいいの?」
「緊急事態に長い呼びかけはできないでしょ? 短い言葉を選ぶのが鉄則なのよ」
「うん……だったらぼくも優樹でいいや」
「よろしくね、優樹」
「……よろしく、真凜……ちゃん?」