第三章 現実という名の落とし穴 1.土曜日の悪巧み
~Side 優樹~
ぼくたちがマヨヒガに出会ってから次の次の土曜日、万十山の山頂の広場――
「この世界は魔法使いの卵に優しくないわ……」
ぼくの目の前には、ベンチに腰かけて無念そうにつぶやく真凛がいた。
マヨヒガでもらった巻物でめでたく魔法を得た真凛だけど、それを訓練する段階で、現実という名の落とし穴にはまっていた。
「……魔法の事は秘密だから、人目のあるところで気軽に練習するわけにはいかないし、練習しないとレベルは上がらないだろうし……」
「おまけにぼくたち小学生だから、一人で遠出とかできないしね」
ラノベとかだとダンジョンが出現して、そこで魔法を撃ちまくってレベルアップ……ていうのが定番なんだけど、現実はそう甘くないよね。
「いえ……マヨヒガがあったくらいだもの。探せばどこかにダンジョンだってあるかもしれないわ……」
「落ち着いてよ真凛ちゃん、魔法も使えない小学生がダンジョンに突入するなんて、普通に自殺行為だよ」
……真凛ってば、大分追い詰められてるな。
「魔法の訓練は上手くいってないの? この前は発動したって言ってたじゃない」
マヨヒガで魔法を手に入れてから五日後の金曜日には、ほんのちょっとだけ魔法が発動したって、浮かれまくってスマホで連絡してきたもんね。
その次の日の土曜日には訓練計画を再確認して、魔法の練習に没頭してたと思ったけど……上手くいってないのかな?
「……一応は上達してるの。風魔法の【風刃】……ウィンドカッターで、ゴキブリを退治できるくらいには……」
「すごいじゃない!」
うわぁ……威力は別として、狙撃精度は実用レベルに達してるんじゃないか?
「……でも……ゴキブリなんか大嫌いなのに、風魔法のスキルアップのために、ゴキブリが出てくるのを待っているあたしがいるの……」
「………………」
「何か大事なものをなくしたような気がして……」
「え、え~と……と、とりあえず、敵性存在を撃退する力を得たのは事実なんだから……」
――何とか真凛をなだめる事はできたけど……要するに、ゴキブリ以外の的を用意してやるのが、真凛の精神衛生の上でも望ましいって事だよね?
……まぁ、いつかは必要になるだろうと思って、訓練場の候補地は探しておいたんだけど……〝物色する〟――って言うんだっけ、こういう時。
「真凛ちゃん……『ばんば山』って知ってる?」
「採石場の跡地があるところでしょ? 裁判だか反対運動だかのせいで、閉め切りになってる場所?」
「うん、そこ」
「ばんば山」っていうのは、万十山から少し離れたところにある山だ。元の名前は「番場山」だとか「馬場山」だとか「婆山」だとか言われてるけど……今は町の地図にも「ばんば山」ってなってる。どう書くか意見がまとまらなかったんじゃないかな? 〝収拾がつかない〟――って言うんだっけ、こういうの。
で、問題はそこの採石場跡なんだけど……違法操業だとか自然破壊だとかで反対運動みたいなのが起こった挙げ句、閉め切りになったまま放置されてるんだよね。周りは高い壁で囲まれてるんだけど……
「山の反対側から登って崖……採石地の上に出たら、そこから降りて行けるんだよ」
「……あそこって……周りを壁で囲まれてたわよね……?」
「うん。注意する必要はあるけど、余計な邪魔は入らないと思う。採石地で石がゴロゴロしてるだけだから、多少なら威力のある魔法を撃っても大丈夫じゃないかな。土魔法で的を作って、終わったら消してもいいんだし」
土魔法で穴を掘ってその中で火を燃やせば、火を操るっていう火魔法の訓練もできそうだよね。後始末は水魔法でやればいいし。木魔法は草や木にかけてやればいいし。
「――素敵じゃない!!」
真凛はすぐにでも突撃して行きそうな様子だったけど、
「今日はダメだよ。ちゃんとヘンソウして行かないと。いつネットにさらされるかわからないご時世なんだよ? 真凜ちゃんなんか、魔法が使えるって知られただけでカイボウされちゃうよ?」
そう注意したら、嫌そうにしながらも同意してくれた。
そうそう、下手をするとぼくにまでとばっちりが来るからね。