第二十六章 ぼくたちの報告会@マヨヒガ 4.検討会~野槌異聞~(その3)
~Side 優樹~
「で、話を戻すけど……問題は『沙石集』以降になって急に、それまでとは全く違う〝ワーム〟の描写が出てきたって事なんだよね」
「……実際の〝ワーム〟を見る機会があったか……少なくとも、その情報がどこからか伝わった……そう言いたいのね?」
「うん。繰越村でワームの素材が見付かった事を考え合わせると、そういう結論にならない?」
「……と、すると……ワームが転移して来たのは十三世紀より前! お手柄じゃない!!」
うん……そうなんだけど……いくつか気になる点があるんだよね。
「気になる事?」
「うん。さっき『野槌』のプロポーションの事を言いかけたよね?」
「ヤツメウナギの体型に似てるかどうかって話?」
「うん、それ。さっきの表を見てもらえればわかるんだけど……十八世紀の初めにはワームっぽい大ミミズの話が登場するのに、十八世紀の終わりになると、胴が太いとか寸詰まりだとかの話が急に出てきて、二十世紀に入ると、転がって追いかけてくるとかツチノコの成体だとかって話になるんだよね」
「……待ってよ優樹……それって……?」
「うん。もしも『ワーム』の体型がこっちなら、転移して来たのは十八世紀以降――って可能性も出てきちゃうんだよね」
「う~ん……」
あぁ……真凛てば、考え込んじゃった。
「……丹波国に出たっていう大ミミズはどうなの?」
「う~ん……体型的にはワームに近いような気もするけど、目撃者が大勢いるみたいな事を書いてる割に、討伐とか異人とかの話が出てないからね。繰越村の歯と魔石とは無関係じゃないか――って思う。そもそも、本当の話かどうかも怪しいしね」
ハッタミミズかナメラでも出たのが、話に尾ひれが付いたんじゃないかな。そこに野槌とかの話が混ざっちゃったのかもしれないし。
「……優樹はどう考えてるの?」
「そこまで確証はないけど、十三世紀の方じゃないかと思ってる。根拠は、第一に十八世紀に入ってから転移して来たとすると、十三世紀の描写の急変を説明できない事。そして第二に、もしも繰越村の『ワーム』がこれなら、鑑定文には素直に『ツチノコ』って書かれたんじゃないかって気がする。『野槌』じゃなくて。第三に、『ツチノコ』の報告は二十世紀に入ってから急に広まってるけど、もしもこの頃に転移して来て、それが日本各地に伝説として広まってるんなら、もう少しくわしい情報が残ってなきゃおかしくない? 魔石とか角質歯とかについても。時代はもう昭和だよね?」
「……そう……ね」
それに、「ツチノコ」っていう言葉のイメージが変わっちゃった可能性もあるんだよね。
「……どういう事よ?」
「少し毛色が違うんで、さっきの表には載せなかったんだけど……実は室町時代の終わり頃に、京都東山の女の人が『槌子』を産んだっていう話があるんだよね」
「――ちょっとそれ!?」
「落ち着いてよ真凛ちゃん。ここに出て来る『槌子』っていうのは、〝目鼻口のない〟異形の子供だったっていうんだけど、ぼくらのいう『野槌』じゃないみたいなんだよ」
「……そうなの?」
「うん。国語辞典で『槌子』を引いてみたら、〝目も鼻も口もない子〟っていう説明があって、初出の例がさっきの話だったんだ。まぁ、話自体は室町時代の話だけど、この話が載ってる……えーっと、『奇異雑談集』っていう本が出たのは江戸時代だったみたい。だから江戸時代頃までは、『槌』には〝目も鼻も口もない〟っていうイメージがあったみたいなんだ」
そもそも「沙石集」のお坊さん話にも、そんな事が書いてあったしね。
「……『横槌』みたいにズングリしてたからじゃなかったのね」
「うん。その辺りのイメージの変化も関わってそうなんだよね」
あと、それとは別にもう一つ、気になってる事があるんだよね。
「……もう一つは何よ?」
やだなぁ真凛てば。そんな疑いの目で見なくても。
「転移して来たのが十三世紀で、その体型がヘビみたいに細長いんだとすると、体長の推定値も十メートルでOKって事になるよね? これって、ちょっとした怪物だよね?」
「……充分に怪物ね」
「なのにこの頃の文献に、人を襲ったとか騒ぎになったとかいう記述が、どこにも出て来ないんだよね」
「……矛盾があるわけね? 体型の描写はワームの実物を見たとしか思えないのに、その実物を見たとか襲われたとかいう話がない?」
「うん、そう。そういう話が出てくるのって、十八世紀の終わり以降」
さすがに優等生って評判をとってるだけあるね。問題点にすぐに気付いたみたい。
「そうすると……納得のいく説明としては、討伐後の死体だけを見た――って事になるのかしら?」
「うん、ぼくもそう思った。で、さぁ……もしも〝異世界の冒険者〟がワームと戦ってる場面が目撃されていたら……それっぽい伝説が残っててもよさそうな気がするんだよね」
「……目撃されたのは討伐後の死体だけで、戦闘シーンは見られていない。……つまり、〝異世界の冒険者〟が戦う姿は見られていない……?」
「なのにワームの歯と魔石は、ショートソードといっしょに埋められていた。これってつまり、埋めた誰か、もしくはその先祖は、ワームの歯と魔石の価値についても、ショートソードとの関わりについても、ある程度は知っていた……って事にならない?」
「……誰からそれを聞いたのか……情報元は〝異世界の冒険者〟しかなさそうね……」
うん、真凛も気付いたかな?
「つまり、〝異世界の冒険者〟は……」
「……誰かに自分の正体を明かした可能性が高い。……言い換えると、〝異世界の冒険者〟が転移して来た事を知っていて、その事を隠している者たちがいた。もしくは、今もいる……」
「……あまり大っぴらに嗅ぎ廻るのは、まずいかもしれない……ってわけね」
「そういう事。ま、うさんくさい言い伝えだと思って、本気にしてないだけ――って可能性も高いけどね」
「……そっちの可能性も負けず劣らず高そうね……」
――けどまぁ、用心するのは悪い事じゃないよね?




