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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第二章 宿命の動乱
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第二章20 第一予選②


 フェルナンド・オールという男は常に前を向く生物だ、と周囲の者らは彼を評する。生物という言い回しにに不服は残るが、なまじ常人にはない力を持っているとしての評価だそうだ。

 現にオーロイド朝での戦闘に際しても、苦境にあっても勝利を信じて力を絞り出したし、結果完全な勝利とは言えずとも生きて帰ることができた。


 ただ、集落の皆がそれを知ってか否かはさておき、フェルナンドも全く考えなしに敵に立ち向かうだけの脳筋ではない。

 後々メイアに小言を挟まれはしたが、敢えて息を合わせないという策を巡らし脳筋を演じてみせたことからも、その柔軟さはある程度持ち合わせていると分かるだろう。


 そんな彼がいま、デモクレイ城下町を舞台とする第一予選にて、グラナード・スマクラフティーの前に姿を見せた。

 両者共に他の参加者から狙われる側にありながら、敢えて一地点に固まるということは、止めどない数のライバルに囲まれることを意味する。


 ただの気まぐれや愚行と、そう断ずるも易いこと。

 なぜならフェルナンドに二つの目的があることを知る者は、ごく一部に限られているのだから。



______話は、フェルナンドらカンペリア集落の戦士たちが中央へ向けて出立する、少し前まで遡る。



「前提。この大規模な決戦の為に多くを失うことになる。けれど、それは現王を放置していてもまた同じ。なれば、進まねばなるまい」


 集落長の邸宅にてフェルナンド、メイア、シーニャ、ウル、メレフ、ビスクレットの六人を前にしてアッバースは語る。


「確かに我々は大きな軍事力を前に臆するだろう。それでも我々は武器を持たず、一般人を演じることが可能なれば、虚を突き趨勢を返すことも能うはずだ」


 その言葉に、逞しくフェルナンドが返す。


「おうよ! 『銀字軍』がなんだって、ここにいる皆は勿論、カンペリアの戦士はみんな強え!」


「その通り。何せワシが指揮して育て上げた一枚岩な魔法剣部隊よ。王国の兵士にも負けず劣らず戦い抜ける」


「ビスケットさんも見た目とは正反対の強さですもんね!」


「だからワシの名はビスクレット…… 」


 既に齢七十にもなる御老人だが、確かにビスクレットは今でも現役で戦士の指導をしているし、強い。

 彼が得意とするのが魔法剣であり、そのため皆にも魔法剣の使用を推奨しているが、それに限らず近接戦に於いては多くの技を習得している。


「諸君。作戦の概要はご存じの通り、戦士たちを複数部隊に振り分け、城内あらゆるところで暴れ回ってもらう。城への道は一本しかないが、観客として潜入できたのなら、多少の潜伏も容易になるはずだ」


 最初にアッバースが言及したように、魔法剣は創造魔法の一種であるために武器を担がずとも良いという利点がある。だからビスクレットの編成した戦士たちは一般人として王城まで入ることが可能なのだ。


「しかして彼らも『銀字軍』を前にしては勝てまい。彼らからすれば我々なぞ塵芥も同然だろう。塵は積もっても塵。息を吹きかけられれば一気に崩壊する。そこで、フェルナンドの出番だ」


「おっしゃ! なんでも任せてくれ!」


「単純。とにかく大会で目立つんだ。ただ悪目立ちするんじゃなく、俺は強いぞと振る舞う姿を見せつけてほしい」


「お、おお……もちろん俺はそれでいいけど、それって凄い警戒される事、だよな?」


 フェルナンドの疑問は尤もだ。自らを危険に晒せと述べるのと同様の内容に、おそらく他も同じ疑問を浮かべたことだろう。

 だが、それでいいんだとアッバースは言う。


「予想。ただの目立ちたがりの若輩者と思ってくれればそれに越したことは無いが、普通に反徒の一人と警戒されるはずだ」


「えぇ〜、目立ちたがりの若輩者って評価いけ好かないなぁ____ってなんでみんなしてこっち見るんすかぁ!?」


 自覚無かったのか? なんて風な目で囲まれる。

 一度オーロイド朝まで足を運んだだけの付き合いしかないメイアでさえ、皆と同じ反応をしていた。


「はっは! いまここにフェアギッス様がいらしたら、それはもう盛大に息子を煽ってただろうな」


「わわ、ウルさんが砕けた言葉使うの初めて見た!」


「ちょっと! せめて俺の話題は続けてくれって!」


「はぁ……結局目立ちたがりか」


「うぇ!?」


 最終的に普段は寡黙なメレフまでもが会話に参加し、それにフェルナンドは反撃できず唖然と絶句。呆れのため息により軍配はメレフに上がった。

 話題は、次いでメレフが問いを投げることですんなり脱線から復帰する。


「それでアッバース様、敢えて目立たせることによる利点とは」


 アッバースはほくそ笑んで答える。


「相手方はこれを純粋に警戒し包囲網を巡らすか、或いは罠と睨んで保留とするかのどちらかになるだろう。実際のところ、どちらで来られても構いやしない。だが果たして『銀字軍』は、とりわけ目立つ強者がいるのにこれを無視することができるだろうか?」


 ビスクレットはその意味を反芻し、わかりやすく言い換える。


「ワシらが複数に解散して乗り込んだとて巨大な組織を前に容易く一掃される。それを防ぐための陽動……あわよくばフェルナンドに厄介な敵方戦力の排除を任せようということですな」


「然様。流石に将軍ドンケル・ナハトアングリフほどの化け物をひとり相手にするのは酷務だが、【閃耀】ナヴィル・ブリッツ、【魔殺】カタリスト・グレイグ、【忌避】ノースポール・リベルテを相手にできれば可能性は大いにあると見ている」


 アッバースの予想に即座に疑問を呈したのはメレフだった。


「将軍ドンケル……前に彼の演説を生で聞いたことがありますが、その場にいた他の、名をなんと言ったか、小太りじいさんの方が強い印象を受けました」


 彼女は過去にビスクレットと共に敵情調査の一環としてデモクレイ城下町まで赴いた経験があるのだ。

 その際に見かけたのが『銀字軍』による演説。内容まではもう覚えてはいないが、少なくともその理念には共感を覚えた記憶がある。


「確かに『銀字軍』が私たちの計画最大の壁とも言えましょうが、彼らに非がない以上、本当なら敵に回したくはないというのが本音でもあります」


「その気持ちは同じだ。しかし、王国のトップを正さんとする以上、我々は悪にならねばいけない。つまり悪を崩すが彼らの仕事なれば、な。ゆめゆめ、ぬかるなよ」


「はッ」


 アッバースは自分たちの行動を正義などとは思っておらず、必要悪だと自負している。それがレーベン王国の為であるという気持ちに偽りはない。

 それを理解しているから、メレフは長についていくのだ。


「補足。将軍より小太り爺さん____【激震】のディブルク・クラーの方が強そうというメレフの話、あながち間違いとも言えない」


「てことは、一応はディブルクって人も化け物級ってことだよね?」


 アッバースは深く頷く。


「平時こそ爺さんの方が注目を集めるが、戦時になれば将軍が脅威となる。メレフの言うように爺さんが強者として目立つ分、足を掬われやすい」


「あれより脅威的とは、この国の戦力はどうなっているのやらな」


 信じられないとビスクレットは肩をすくめる。

 彼もメレフと共に演説を見た一人として同じ考えを持っているようだ。


「あのぅ、話の腰を折ってしまいますが、本作戦に於いて(わたくし)は無力そのものです。それでも私がここに招集されたことには、私が『竜の寵児』であること以外にも理由があるのでしょうか?」


 謙虚な姿勢でシーニャが発言する。彼女は竜神の加護を授かった『竜の寵児』であり、年少でありながらも紛うことなき集落の重役だ。

 つまり寵児であることを理由に招集されることは()()()()()呼ばれたと言い換えられる。聡いシーニャには、それが意味するところがハッキリしている。


「明快。糾合させた中にシーニャが含まれるのは『竜の寵児』だから。それに他ならんよ」


「そう、ですか」


「(アッバース様、シーニャ様が落ち込んでいられますよ)」


 ウルが小声で言う。もっとも、こんな静かな空間だと囁いたところでシーニャにただ漏れである。

 だがウルのお陰で今、シーニャが下を向いて落胆した様でいる理由がまさに()()()()()に起因しているのだと、アッバースは気付く。


「気に病むでないぞシーニャ。つまりだな、お偉方だからと形式的な理由でなく、『竜の寵児』としての力が必要だから糾合したのだ」


 表情の晴れないシーニャを見て、慌てたように言葉を紡ぐ。


「ほれ、先程敵戦力の分散について話をしたが、カンペリアは竜神を祀る集落。竜と言えば飛竜、つまり空から攻めるのだ!」


「つまり、カリギュラに乗れる私が空から城を? でも」


「『竜の寵児』として様々な魔法を扱えるが、詠唱に時間が必要。だから戦闘には不利と言いたいのだろう。しかし地上から蒼穹にいる者を迎撃するとなれば弓か魔法のどちらか。お主とカリギュラの絆なら、やり過ごせないこともなかろう」


 シーニャは深く考え込む。

 以上の理由から『竜の寵児』として彼女が主に使う魔法は転移か、隠された部屋への入り口を作ることくらいのもの。


( カンペリアにはカリギュラ含めて今三頭の飛竜がいる。敵の迎撃全てが(わたし)に向かうわけじゃない。それに、確か『銀字軍』の中に弓を使う人がいるって以前聞いたことがあるから、その人の注意を惹きつけられるかも )


 シーニャの人生はまだ日が浅いが、それでも常に激動の中にあった。特殊な力を授かってしまった以上、来る日も来る日も寵児として皆の前に立って働いた。


 だがメイアを迎えに異世界へ渡ったとき、彼女は初めて、閉塞した密室空間に新風が吹いた感覚を覚えた。何かいい兆しだと、そう思い始めた。

 それを見計らってか、アッバースは衝撃の事実を追って加える。


「長らく言う機会を見逃していたのだが……リーニャが、国王直々の指名手配を受けている」


「ええ!?」


 真っ先に反応するしたのはメイアだった。

 シーニャも声には出さないだけで、目を泳がして動揺を隠しきれてはいない。


「伝聞。どうやら集落(カンペリア)の外に出ていたところを捕まったようで、謁見の間で王と対峙したと報告を受けた」


「それで、リィは情報を開示したんですか」


 アッバースは首を横に振る。


「沈黙のあと、警備兵の壁を突破して逃げた。けどリーニャも我々の作戦については軽く知っているだろうから、まだ城下町に隠れていることだろう。こちらでもリーニャを救う手立ては講じているのだが、飛竜による敵戦力の拡散と同時、リーニャを上空から探して欲しい」


「そう、ですか……よかった」


「シーニャちゃん、その、それって…………」


 メイアは言葉途中で口を噤んでしまう。この先の言葉を声にしていいものか、分かりかねたからだ。

 視線だけをゆっくり動かし皆の反応を探ろうとするも、この会議の場で、当然真剣な顔以外見当たるはずもなく、結局これから言わんとしたことの是非が釈然としなかった。


「メイアさん。()()()()、の続きはなんですか?」


「え」


 困ったことに、シーニャから追い討ちをかけられる。

 憚られる質問の続きをするべきか、その答えは無いのだろう。だから、その是非を決めるのはメイアなのだ。


「ごめん、()()()()じゃなくて、()()()シーニャちゃんは、私たちの作戦に参加してくれるの?」


 メイアは深く追及することを避けた。多分、今聞くのは正解じゃない。仮に聞いたとしてもスルーされる。そう判断した。

 だから代わりに、目を合わせて強く、シーニャの志を問う。


 シーニャは目を閉じ、数呼吸の間を置いて、再び面を上げる。


「____やります。私も、戦地に赴きたい」


 曇った顔はもうそこにない。

 ウルも、メレフも、ビスクレットも、メイアも、アッバースもしかと受け止めた。何かに縋るような、幼き少女の願望を。


「感謝。これで粗方の作戦概要は固まったか。あとは集落の皆に共有して、部隊ごとに作戦を練ろう」


 一度皆の顔を見まわしてから、再びアッバースは続ける。


「当然全てを捌くには至らないのは承知だが、向こうも全てが強力なアタッカーではない。並びに、戦況を打開するための策なら手立てがある。それは後々紹介するが、ひとまずは今した話を念頭に置いてくれ」


 皆は頷き、アッバースの説明に理解を示した。

 そして話も終わり、この緊張のある空気を崩したのはシーニャのため息だった。


「ふぅ。ではひとまず、今日は解散して出立への英気を養いましょうか。くれぐれも、無茶な訓練なんてしないようにお願い致しますね」


「え、ちょっとシーニャちゃん、なんで私の方見るの〜!」


 シーニャは言って、メイアに絡まれながら部屋から出ていく。それを見てウルとメレフも持ち場に戻った。フェルナンドも伸びをした後、家に帰ろうかと踵を返したところで、


「すまないフェルナンド、最後に少しだけいいかな」


「ん、おう」


 場にはビスクレットを含めた三人が残っている。


「ワシは席を外したほうが宜しいかな?」


「構わん構わん! 誰の前でも話せる些事ゆえな」


 話の後で呼び止めたことに意味があると踏んだビスクレットは空気を読んだが、アッバースはそれを些事と言って制する。


「先述。フェルナンドには大会で十分に目立って欲しいと言ったが、実はそれに加えて確かめて欲しいことがあってな。とりわけ第一予選でのことなのだが______ 」



============



 激化する第一予選の中で、はやり今年は例年通りの進行とは異なる部分が多かった。その最たる例が、参加者の中に紛れ込む唯ならぬ人々。


 『縛蛇会』のドルネは前回大会の雪辱を果たさんと、屋上組の一人として暴れ回り他者を近づけさせない。土属性魔法で上手く対処しているようだ。

 或いは路地裏でなりを潜める仮面の人間は、手の内の一切も明かさずに他者を捻り倒していた。

 或いは別の路地裏にいる男は、一体どういうわけか建物の壁や地面が湾曲してできた隙間に隠れてやりすごしている。


 実力だけで言えば皆一様に優れていて、決して来年の大会のレベルが低いなんてことはない。けど、明らかに一枚、彼らとの間に壁が隔たれていた。


 紅の髪を持つこの男もまた、唯ならぬ者の一人として、城下に君臨す。


「さーてさて、面倒なストーカーどもは放っておいて、あいつのもとへ馳せ参じますかね」


 第一予選が始まって早く、遠くの屋根上で戦ってる一人の男を見据えフェルナンドは、屋根を跳び伝っていた。

 ちなみにストーカーと言うのは、フェルナンドを狙って確定進出枠を得ようと躍起になる者たちのことだ。


「っと、あいつピンチじゃねーか」


 視界に映ったのは、お目当ての男の足下を這いつくばっていた魔法使いがどでかい火属性魔法を放とうとしていた瞬間だった。あの近距離だと回避は厳しめに思える。

 と、思った矢先。

 素早い判断で先制して踵落としを炸裂させ、見覚えのない青い魔法が天井から数階分をぶち抜いていた。


 ヒューウ、と思わずフェルナンドから口笛が鳴る。あれでもまだ実力を隠しているだろうと予測をつけるが、そんな予想を遥かに超える光景が次の瞬間、視界に飛び込んできた。


「あいつマジか……呑気に座って景色眺めはじめたぞ」


 屋根の端に足を投げ出すその様は、何を考えてか知り得ないが、ただ愚行であることは確かだ。

 知っての通り出場者の多くが彼を狙っている。どれだけ強くても、足を投げ出しているんじゃ一手の遅れが生じる。


『大闘技大会に、我々カンペリアの民を見つけ出すため潜伏している出場者がいるらしい。臨時『傾聴者(スラオシャ)』の子供の方が連れてきた男で、実力は不明だが『銀字軍』に匹敵する可能性がある』


 王璽尚書という役職を利用して得た情報をアッバースが教えてくれた。

 実力不明でも大役を任せられてる。勝てるか否か、それすらも怪しい。それでも兎に角、フェルナンドは男に接触を図らなくてはならない。そして今、自分にできる最善策を考えて。


 林立する建物の壁を蹴り、縫うように進む。

 敵意も、悪意も、殺意も持たない。ただ呑気に座る男への好奇心を持って背後に着地する。敵が背後を取ったにもかかわらず、何故か男は動かなかった。


「……なんで、敵がいるのに警戒しない」


 そう聞くのは自然のことだった。


「噂をすればってことかな……なんて、独り言を噂と言い換えても良いものか定かじゃないけど」


 質問に対して、振り返って顔を見せることもせず、ただ訳の分からぬことを呟く男。まさか話の通じない人間なのかと眉をひそめ、首を傾げる。

 しかし、回答はすぐに得られた。


「問いの答えは、ただ敵意を感じないからだ。逆に、なぜ俺の所に足を運んだのかを教えてくれるかな、85番」


 質問し返すと、遅れてフェルナンドの方へ顧みる。

 さっきまで戦いがあっただろうに疲れの色はない。誰もが大会を生き抜こうとしている中、その気配すら見せていない。値踏みするよう沈着にこちらを見上げるのみだ。


 ふぅ、と心の中でため息をつく。


「質問に答える前にまず、俺のことは85番ではなくフェルナンドと、そう呼んでくれ」


 自ら名乗ったのには確認の意味があった。

 向こうは自分の名前までも把握しているのか。フェルナンド反徒と認知しているのなら、少なからず反応がでる。


( ふむ、誰が反乱者なのかは明快としてないか。予想通り )


 ちなみに言えば、フェルナンドも目の前の男が潜伏車という確証はない。けど、それを確信に至らせる情報は持っていた。


『突然。第一予選では数人の強者が狙われやすい役回りとして選出されることになった。だが、確かなことがふたつある。一つには、参加者に扮して探ってくるその者が、意図的にその役回りに組み込まれること』


 選ばれた五人の中にはフェルナンドとひとり女性がいたから、実質的に範囲は三人にまで絞られる。ではその中で一番怪しい動きを見せているのは誰かと言えば、()()()()()()()()()()この男に縛られる。


『もう一つ。その者の姓までは聞けなかったが、注意すべき男の名は____ 』


「グラナード、それが俺の名だ」


 フェルナンドが名乗ったことは、まさしく意味をなした。

 対話に於いて、片方が名乗るならもう片方も当然そうする。だから分かった。


( ビンゴだぜ、アッバース様。こいつが、この男こそが、俺らを探るため参加者に扮して送り込まれたっつう )


「それで、俺の問いにも答えて欲しいのだが」


 グラナードは____多くは彼をグランと呼ぶが、未だに隙を晒した状態で駄弁る。もうすぐそこまで出場者たちの声が響いているのに、焦る様子はない。


「考えられるのは二通り浮かんだが……はてさてどっちか」


「二通りだって? 嗚呼、俺らは狙われる立場だが、逆に言えば俺らが戦って、そして勝った方は逃げる必要が無くなるはずだろ。つまりそれがまず一つだ。そんで」


「「もう一つを考えてるって時点でお察しだな」」


 彼らが何を言いたいのか、それは簡単だ。

 二人が同一の場所に立つことは、単純計算で二倍の量の相手が降り注ぐことを意味している。ならば、早くに別の「屋上組」を倒して進出を確定させる以外にメリットはあり得ない。


 だから、いま思い当たる理由など普通は一択に絞られなくてはおかしい。ならば自然、二つ目の可能性が思い浮かぶ時点で、戦闘とは関係ない部分に理由が介在していると言えよう。


____すなわち、互いに敵は割れた。


 満を辞して大勢の大会参加者たちも追いつき始める。話はここで中断されるが、両者ともに必要な情報は揃っている。会話を続ける必要はもうない。


「そうだ、ちなみに言っておく。俺がここに来た理由は二つあると」


 最後に言い残してフェルナンドの声は周りの音にかき消される。聴覚的情報とはおさらばでも、視覚的な変化は顕著に表れていた。

 フェルナンドが深く息を吸うと同時その身体、その全身が赤く発行したのだ。


「急に力が増した……? でも」


 グランは放っていた足を地につけ、少なくともいつでも離脱できる体勢に切り替える。敵意が彼を射抜いていた。

 しかし、


( 俺を排除しに来たにしちゃあ、敵意の濃さが薄い……いや、これは分散していると見るべきか? )


 確実にグランは標的の一部であり、されど一部でしかない。つまりフェルナンドの真の狙いは、


「ここに集合した有象無象の、全てを叩くか……!」


「ささあここに集まりましたるは力自慢、魔法自慢の紳士淑女たち!」


 退路を塞がれた状況で、大声を上げての演説を始めるフェルナンド。追い込まれて血迷ったかと周囲が混乱する中、一身に注目を浴びる彼は続ける。


「誰が勝つか負けるか、一進一退の大戦! 我ら囲んでいざ往かん! かくも猛き紳士淑女よ、いざさらば!」


「ああ、オラがお前を倒すっからさらばだべな!」

「なにおう、私以外みーんな落ちちゃえ!『瓦解』!」


 360度全方位から畳み掛けられる大合戦。残り六十人にまで縮んだ第一予選。そしてその大半が一点に集結した状況で、ニィ、とフェルナンドは白い歯を見せて笑う。


「この距離はまずッ……くそ、『オリノナン』三重障壁!」


「俺式『限界超圧(オーバープレス)』! ドッ____らああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」


 グランが慌てて魔法障壁(マジックバリア)を張るとほぼ同時、フェルナンドを中心とした広範囲の圧力攻撃が、並々ならぬ速度で球状に拡大した!

 全てをとは言わないが、この場に居合わせた五十人弱の参加者たちの多くを無理やりに捩じ伏せ、床に縫い付け、或いは吹き飛ばし、気絶を誘った。


 『限界超圧(オーバープレス)』とは、魔素(マナ)の力によって、詠唱者の者が持つ気迫や威圧と呼ばれるものを擬似体現させる魔法と理解される。が、今回のこれはフェルナンドが「俺式」と言ったように正確な『限界超圧(オーバープレス)』とは言えない。


( 予想を立てるとすれば、この叫び声……! 音の波を魔力で活性させて、常人が立っていられないほどの音圧を生み出したのか! )


 すなわち、魔法とは違ってここでの圧力とは気圧だ。物理的な力がはたらく以上は魔法耐性も意味はなく、効果は多少薄くなれど空気だからグランの魔法障壁(マジックバリア)も迂回できる。


 その破壊力は建物にも影響が出ていた。

 先の魔法『瓦解』により開いた小さな穴を起点に、その魔法の効果は途切れているのに足元が崩れて始める。微小な(ひび)に打ち込まれた音圧と言う楔。その関係に古のアル・ツァーイを想起する。


 拡大した穴にはもちろん『瓦解』の術師を含めた、周囲を取り囲む圧力に身体の自由を奪われた者らが落ちていく。

 それだけではない。

 声という広範囲に渡る現象だからこそ範囲も広く、幅にして建物数棟は軽く飲み込んでいると見える。


「かはぁ……ッ! はぁ、はぁ、はぁ」


 時間にして僅か十秒と少し。

 大声を無限に出し続けられる人間など当然いない。フェルナンドの息が切れた瞬間、全身にのしかかった鉄塊のような窮屈さから解放された。


『ここで第一予選終了〜!!』


 そこで、大きな銅鑼の音と共に司会の声が会場全体に響き渡る。今の爆音波で大半の人間がやられ、ボーダーの32人を下回ったのだろう。


『これより運営役員が進出者と敗退者の確認を行いますので、確認が取れるまで待機をお願いします!』


 簡単なアナウンスが終わると放送がプツリと消えると、静まり返った城下が戦いの終わりを実感させる。

 しかしグランの意識は未だフェルナンドの最後の行動に向いていた。


「三重障壁を全て割ってくる、とはな。しかもこれで広範囲にベクトルが分散された攻撃だなんて」


「く、悔しいぜこのぅ、倒せなかった!」


 全身から白い霧状のエネルギーが漏れ出ている。体躯を赤に染め上げる攻撃の威力は知れたが、それも代償なしとはいかないらしい。


「この破壊力を一点に注がれちゃあ爆死は免れなかった。決着は本戦で着けよう」


「は、フォローのつもりかそれは。随分と余裕そうに振る舞ってくれるじゃないすかグラナードさんよぉ」


「目的が二つあると言ってもまだ片方しか声にして聞いてないからな。警戒しているだけだ」


「へえ、いつまでそれを貫けるか見ものよね」


 グランの言葉に返したのはフェルナンドではなく、グランの背後で動く影だった。


「……敢えて気にしないようにしてたんすけど、誰すか」


「俺もひとまず放置してたんだが、お前も気になるよな。はぁ、なんでここにいるんだよ、ドルネ」


 名前を呼ばれて背の影から立ち現れたのは『縛蛇会』の筆頭がひとりドルネであった。彼女も五人の「屋上組」に選ばれていて、彼女こそは本当にここにいる理由が分からない。


「よもや俺を倒しに来たなんて言わんだろうな」


「いや、その通りなんだけど? 容赦なく四方八方を囲まれてるから漁夫の利で勝利を貰おうと思ったのだけれど、もう散々な目に遭ったわ」


「俺と俺の三重障壁を盾にしといて何を言うかと思えば」


 こうして話をしていると、初対面の印象とはだいぶ異なることに気づいてくる。出会いが『縛蛇会』領地ということで状況が状況だったが、ドルネという女性自体はそう悪い人という印象を抱かせない。


「まあいいわ。待機命令が出ていることだし、休憩がてら何か話しま____ 」


「オラ、まだ、負け、みどめで、無」


 ドルネが言葉を途中で止め、一点を見つめた。その直後、生気ここに無しと表現するのが適当なような、枯れた呻きが足元から聞こえた。

 崩れた屋上の、その穴から這い出るように、血走った目をした男が立ち塞がる。


「がああああああ……おれこそ、ちょうてんにふさわしき」


 上から見下ろすと、商店街の道からも廃人のごとく生気を喪失した人たちが再起し、グランらを睨みつけていた。


「こいつら、さっきも同じ症状の奴がいたが……」


 グランの脳裏に浮かぶのは、フェルナンドと邂逅する一分前の一幕。あの魔法使いは血走った目で、己が負けを認めずに、そして自身のキャパシティを越えた力を要して襲ってきた。


「____これは、ドーピング剤の副作用だね」


 何が彼らをそうさせるのか、その答えを明らかにしたのはドルネだった。


「ドーピング剤を含めた薬剤はレーベン王国の法で制限されている。けどね、大会でいい成績を残さんが為に違法レベルの強力な薬剤に手を出す人間が後を断たないんだよ」


 その結果がこうだ、と神妙な面持ちで語る。


「なら、これ止めないとあいつらの身がもたない」


「自業自得よ? 果たしてあたしらがわざわざ苦労してまで止めてやる必要があるのかしら」


「「あるな(あるっしょ)。俺は人の苦しむ様を見逃せない」」


 二人の意見が一致したことに、二人が一番驚いた。

 互いに敵対する者同士だと気付いているからこそ、同じ信念で動いていることが意外だったのだ。

 そんな驚きなどつゆも知らないドルネが「じゃあ」と言葉を綴る。


「仕方ないから早く片付けるわよ。はぁ、心労が絶えない」


「うぇ、どういう風の吹き回し?」


「さっき前回大会の優勝者は倒してきた。なら、いま警戒すべきはあなたらクソ坊主どもじゃない? 観察しておかないと」


 全く人助けとは異なるベクトルの理由だが、結果的に薬物服用者が助かるならそれでいいやと前を向く。

 いま把握できる薬物の影響を受けている参加者は三人。目の前に一人と商店街に二人だ。


「そこの奴は俺がやろう。フェルナンドとドルネは下のを」


「おう!」


「指図されるのは癪だけど、いいわ。だってあたしらはお国の運営に選ばれた人間様なんだもの」


 グランの指示で三人ともぐっと意気込む。

 戦闘終わりの小さな後始末が始まる。


「ちょおおおおおっと待ちなあああああああああッ!!」


 と、今にも足を踏み出そうかとした直前も直前、いや既に一歩動かしてしまったが、まるで弾丸みたいに脚を前に伸ばして、ひとり女性が空から飛んできた。


 伸ばした脚はそのままの勢いで目の前の薬物使用者の鳩尾に突き刺さる。見ているだけで痛い。蹴られた男は空気が全部肺から抜け出ると同時、胃の中から吐瀉物をぶちまけた。


「ていッ、やあッ、そりゃああぁ!!」


 颯爽と現れてエグい攻撃をかました彼女は、勢いを落とさず視界から消えたかと思えば、可愛い掛け声と一緒に壁を蹴って既に商店街の方まで辿り着いていた。

 なんなら残りの二人もジャンプ蹴りでひと薙ぎしてしまっている。


「およよ?」


「しまっ____あんなところにまだ居たのか!」


 かと思えば、血走った目をした四人目の服用者が影に潜んでいて、全方位を魔法のナイフで囲まれる。

 それでも彼女は微笑んでいた。


「私の耳があなたを把握してないと思った? えい!」


 言って彼女は手に掴んでいた紐をぐいっと引いた。直後、四人目の頭上が小さく爆発して、建物の壁が落下する。

 断末魔すら聞こえぬ内に瓦礫は積み上がり、当然落下に巻き込まれたその人は怪我確定だ。でもその甲斐あって周囲を揺蕩っていた魔法ナイフは消滅していた。


「……すっげぇ」


 ぽつんと、フェルナンドが呟いた。


「あれが噂の『銀字軍』で、その一人【衛星】のクォ・スィールか」


「探査役だからって『銀字軍』である事実は変わりない。は、こりゃ舐めてると十分死ねる」


「じゃあ死ね」


 フェルナンドの感想に続きグランとドルネも言葉を溢す。そうして商店街のクォ・スィールを見下ろしていると、ガバッと彼女が振り向いて、


「こらぁ! そこの21番ちゃん、63番ちゃん、85番ちゃん! さっき放送で待機命令が出てたの聞いてなかったの! こーゆー厄介ごとはウチら運営に任せんかーい!」


 怒られた。強者の覇気みたいな身体を震わすものは一切たりとも感じなかったが、なぜか萎縮してしまう。


「その肩書きだけで十分畏怖の対象だ……」


「なるほど、これが『銀字軍』なんすね……」


「はぁ、このクソ坊主どもは何を言っているんだか」


 敵同士であった、いや現在も敵同士であることを忘れて男二人は妙な共感を覚え、それを目を細め冷ややかに見たドルネは深く嘆息するのであった。


 兎にも角にも、第一予選は無事、閉幕である。




なんと前回投稿日から三週間経っての投稿です。

一二三は筆が遅い! 本当だからだ!


というわけで、今回最後にクォ・スィールが強いと分かったところで、また次回もよろしくです。


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