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勇者などいない世界にて  作者: 一二三
第一章 二つの世界
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第一章08 新月の狩人


 目の前には、つい最近(というか数時間前)に見たばかりの光景が広がっていた。

 エメラルドグリーンを透明に近づけたような色と光を帯びた神聖な湖と、その中心にとぐろを巻いて鎮座する大きな蛇ヘキサ・アナンタの姿。まるでさっきまでの戦いが無かったかのような状況だが、周囲の木々は薙ぎ倒されたままで、戦いがあったことはそれらを見れば明らかだ。


「で、次は俺はもう一度あいつを気絶させられれば勝ちな訳だな」


 というのも、グランの試練は奥にいる巨大な蛇を殺して、かつ生け捕りにしなければならない。つまり、2回戦う必要がある訳だ。

 ただ、敵の強さが変わるわけでも無いらしいから生け捕りにするのも簡単だ。


「ってことで、どうせだし今回は趣向を変えて戦ってみるのもいいかもな?」


 例の如く、グランは自身に補助魔法をかけて水上を堂々と歩行する。同時、大蛇ヘキサ・アナンタも向かってくる男の存在を危険視し警戒態勢をとる。

 歩きながら、グランは更に魔法を使用した。


「『ノイモント』」


 すると手の中に真っ黒な球体が現れる。球体と一言でいっても、揺らめく炎のようで、闇に無理やり形をつけたと表すのがピッタリな球体だ。

 ついさっきの戦いではこれに『ヤクト』と呼ばれる、物体を武器として定義する魔法を重ねがけすることにより三日月型の武器を形成した訳だが、


「今回はこの闇の状態のままで戦ってみるか」


 三日月の刃をもった武器と対比して、グランの手のうちにある闇を「新月」と表現するのが適切だろうか。

 グランはその新月を体の周りでクルクル浮遊させて蛇に近寄っていく。大蛇の鋭い敵意を全身で感じながら、それを全く気にしない様子で話しかけた。


「よお、ヘキサ・アナンタ。と言っても、お前は俺を知らないだろうし、ついさっきまでここで何が起きてたかすら知らないんだろうけど」


 頭を掻きながら申し訳なさそうに、そして圧をかけながら言う。


「早速だが、始めさせてもらうぜ」


 ドヒュウ!!という風を切る音をたてながら新月が大蛇の顔めがけて突っ込んだ。


 しかし、振り払うような尾の攻撃に迎撃され黒いオーラはいとも簡単に弾けてしまう。

 グランはそれを見ても余裕のある表情で、分散した新月に両手を向ける。するとその破片は勢いを失うことなく、そのままぬるっと尻尾をすり抜けす大蛇のアギトに到達した。


 たった一度、新月が衝突しただけでは威力は低いかもしれない。しかしそれら何度も何度も、徐々に速度を上げて衝突を繰り返していく。遠目からみたら黒い蜘蛛の巣が張り巡らされているような、それほどに速い猛攻だ。


 ギウゥゥゥゥゥーーーと唸りながら首を振り、鬱陶しそうに小球の攻撃から逃れようとするも、


「『ノイモント』追加で行くぜ!」


 更に5個の球体が量産され、頭部だけでなく他の多くの部位にも攻撃が行き渡る。それが何十、何百回と重なっていくことで相当のダメージになる。

 速度は既にとんでもないことになっており、一度でも重い攻撃がのしかかる。


 目視では分かりにくいことだがこの新月は衝突と同時に分解 & 即結合を繰り返している。それが運動量を相殺されることなく衝突後もそのスピードを保てている要因だ。


「『ノイモント』は超効率的な魔法だ。そのままでも強いし武器にしても強い! どやぁヘキサ・アナンタ!」


 これで敵の攻撃手段はほとんど潰せたか_____と思ったが、忘れていた。敵の本気がどれほどヤバいかを。

 ただ暴れ回るだけでは鬱陶しい新月を取り払えないと気付いたのか、一旦動き回るのを中断し、頭部にエネルギーを集中させ始める。


「や、やべ。調子に乗りすぎたあれはやばいぞ〜」


 それが破壊光線を放つ為の予備動作だと気付いたグランは急いで新月を手中に戻す。

 だが、大蛇はもう破壊光線の準備を止めないらしい。

 光線の回避方法は水中に潜り込むだけで特に恐れるべきではないのだが、少し好奇心が湧いてしまってグランは、


「ちッ、仕方ねぇ。一か八か、やってやるぜ」


 6つの小球をひとつに合体し、バレーボールくらいの大きさの新月になる。なぜ攻撃を避けようとしないのか。それは間近で一度、敵の破壊光線を見たことがあるから知っていたのだ。


( あいつがエネルギー砲を放つ寸前、一度中央の首に全エネルギーが集中するときがある。その一瞬、その時さえ狙えれば……!! )


 非常に濃い魔力的なエネルギーが頭部に集結していくのが目に見えてわかる。

 赤と黒の混ざったようなバチバチとした力と湖の発するキラキラとした光のコントラストが場をより一層幻想的に引き立てる。この大蛇はいるべくしてこの湖の上に存在するのだと、今冷静なグランは気付く。


 世界唯一の存在が、かような特殊な湖にいる理由。それが湖の持つ神秘的なものを独占し、利用することにあったのだと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、という疑問は残るが今は考えてもいられない。


( 力を溜め終わったか。そろそろ、来る!)


 時間にして僅か10秒、禍々しい大蛇を中心とした突風が吹き始め、それは前回の比ではない。

 まだ戦いが始まったばかりで、首の再生もしていない。つまり大蛇は、疲労はほぼ蓄積していないに等しい状態にある。


 これはまずいと本能が訴えかけてくる。

 正真正銘、これから来るのは一撃必滅の破壊光線。


 何が来ても良いように構えるグラン。彼と敵の視線が交差して、それを合図に、時はきた。

 ほんの数センチ、大蛇の頭が引いたのを目で捉えた瞬間、グランは躊躇わず手の内の新月を投げ放つ。楕円型になりながら高速で中央の頭目掛けて飛んでいく。

 同刻、6つに集められた禍々しいエネルギーが全て一点に集められ、


 ドバッ!と、どこからともなく音が響いた。


 ただそれは破壊光線が放たれた音でもなく、というより、今にも戦場に一線を引こうとしていたそれが訪れない。

 まさに異変の二文字。

 風も吹き弱り、まるで戦闘中の様子を写真に収めたかのような静寂の濃い一瞬が過ぎる。


 パァン!という破裂音。

 ただし、それは風船が割れる時のものとは違い、何か柔らかいものが中から強引にぶち破られたような破裂音で。

 鉄臭く赤いものが花火のように宙を舞う。その中には黒い不純物も溶け込むように混ざって飛んでいた。

 黒い影のようなそれは赤い破片とは明らかに異なる軌道を描き、やがてひとつへ集結する。

 ご存知の通り、新月だ。

 すなわち、弾け散ったのは巨大な肉塊、大蛇の首であり、エネルギーの全てが集中していた右から三番目の場所。


「その莫大な力を操る首が無くなったら、その先は…… 」



 須臾の後、轟音と豪波が世界を埋め尽くす!



 大地を軽々と抉り、大気をなめらかにかき混ぜ、湖をすくうように逆巻かせる。行き場のないエネルギーは同心円上に、そして超スピードで戦場を大破させる。

 当然、グランとてその被害を避けることはできず、気付いた時には水面に身体を強く打ち付けられていた。


( だ……だが! これも、計算の、内だ……!)


 ゴボゴボゴボ……と、勢いを殺しきれずグランの身体が深くまで沈んでいく。次第に強くなる水圧との板挟みに身体は締め付けられるが、逆に直接余波を受けずにすんでいる。あの馬鹿げた力をまともに喰らうよりかはずっとマシだ。


( 外の様子は……わからんが、俺の、予想だと)


 ようやく力がつり合い、体が静止する。


( 奴も、この秩序の無い嵐に飲み込まれて相当の被害を(こうむ)ったはず!)


 『オリヘプタ』を残り少ない酸素を温存するため無詠唱で使用して、その推進力で浮上していく。

 未だ止まることを知らない力の塊が荒れ狂っていることが水面の揺れ具合から見て取れる。


 ドッ!と、浮上するだけで上からの重圧に押し負けそうになる。


 そして、


 ガッ!と、その圧に肺から空気が押し出され力が抜けていき、グランはまた深くまで押し戻されてしまう。


 もう、酸素は足りない。酸素をつくり出す魔法もなく、魔法球で自身を覆ったところでそこは真空だ。則ち、グランが助かる方法はただ一つ、早く浮上すること。

 苦しく途絶えそうな意識のなか、かろうじて拳を強く握りしめる。


( 『オリ……ヘプタ』……!! )


 いつまで経っても消えることを知らない、難攻不落の圧の壁に再び挑む。




===================




 その時、グランはようやく気付いた。

 とはいえ、それでは既に遅すぎた。


 周囲が暗転する。今までは、湖が独自に発する不思議な光のおかげで暗いなりに周囲の状況が見えていた。もちろん、今このときも不思議な水はグランを照らしている。

 だが、グランにはもう身体を動かす力がなかった。

 故に、周囲が暗転している。


 そもそも、グランが()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 水中歩行を可能にする魔法は、実際には水に沈まないようにする魔法だ。自発的に潜ろうとしない限り、魔法使用者が下方へ移動すればそれに対応するように水面も凹む。

 本来なら、この戦いでグランが濡れるなんてことはあり得ない。


 ではなぜ、グランは沈んだのか?


 答えは簡単だ。

 ただ、かき消されたからに他ならない。

 そう考えれば、『オリヘプタ』の力とグランの確固たる意思が圧力などに負けた理由が説明つく。グランとて、そう簡単に強い力に平伏すような極端な弱者ではないのだから。

 もともと、行き場の失ったエネルギーが気圧を大きく変化させ気流を捻じ曲げ、戦場を大きく掻き乱すところまでが作戦の内だった。それを狙って、グランは破壊光線が発射される一瞬前に首を大破させた。

 自分がその爆破に巻き込まれるところも計算に入れた完璧な作戦。それは思惑通りに進んでいる、はずだった。


 でも、予想外はいつでも起こり得る。


 突然、グランはパッと目が覚めた。息もできず苦しいまま意識だけが呼び覚まされたのだ。

 余りを見渡してもまだ水面が見えるくらいには明るく、どうやらまだ浅いようだ。つまり、意識が途絶えてからほんの数秒しか経過していないということになるが。


(……ッ!! )


 そこで気付いた。グランは、痛みが引き金となって目覚めたのだと。そしてその原因は、


( また、この魚か…… )


 グルグルと渦をつくるようにグランを囲い、傷をつけたのだ。今回もまた、さっき爆ぜた大蛇の肉に誘われてやってきたのだろう。短期間で何度も血の雨や肉塊が降り注いでいるからか、前回よりも明らかに個体数が多い。そんな中沈みつつあるグランは、もしかしなくとも恰好の餌のはず。


 しかし、それは意外な形でグランに利益をもたらした。

 大量の肉食魚が高速でグランの周囲を回転している。そして今はまだ浅い地点にいる。そして、グランは目覚めた。

 だから、そこに活路が現れた!


 ゴオォォ……という感じで渦巻く水流が、やがて水面にまで到達した。それにより、規模は小さいが渦が生じた。

 水面下にて、グランはそんな渦の中心で横たわっていて、だからこそ、そこに空気が届いた。





 湖の上に大蛇は横たわっていた。

 しかし、それは休んでいるのではない。余りにも強すぎる力の余波に押され、まともに身体を動かさないでいるのだ。故に、潰された頭を回復させることもできず、ただ、目の前にぽつんと存在する謎の力が消えるのをひたすら待っているのだが。


 大蛇自身にも、その不可思議な現象が何なのかを理解できていなかった。破壊光線の為のエネルギーは紛れもなく大蛇のものだ。でも何故、そのエネルギーがこのような無秩序に周囲を巻き込む破壊を引き起こすのか、自身にもわかっていない。

 ひょっとしたら自分の内に秘められた力なのかもしれない、だとか考える。でも、もう一度やってみようとしても絶対にできないだろうということは直感していた。

 というか、再度この莫大な力を展開させたところで自身にも影響がでてしまう分、逆に隙を晒すことになってしまう。


 さっきまで戦っていた人間がもう長いこと浮上してこないことに大蛇は気付いていた。また、水上歩行の魔法が解除されていたことにも、だ。

 だからすっかり、敵は場を荒らすだけ荒らして自滅していったものだと思い込んでいたのだ。でも、


 突然、ゴオォォ……と言って、渦が発生した。


 当然、大蛇はギョッとして目をかっ開く。勝利を確信していたその隙を突かれる! と焦った。でもよく考えれば、それは不可能。

 なぜなら、際限のない不思議現象が続いているから。



「『オリ……ロート』ォォォォァァッ!!」



 しかし今度こそ、大蛇は確信した。身震いした。

 もうくたばったと思っていた人間が再起したから、だけではなく。


「はぁ……はぁ……まじで……死ぬかと、思った……」


 息を荒げてこれでもかと空気を吸っている青年。そんな彼の手には、とても綺麗な炎が宿っていた。その炎を噴射させることで水中____厳密には渦から脱出したのだ。

 魔法は未だ使えず水面を歩けない為、首から上と炎で光る腕しか見えないが、水に濡れても消えないところを見るとあの炎は魔法だろうと予想がつく。

 また、何故あの炎は謎の力に打ち消されていないんだ? と思うのは至極当然のこと。


 しかしグランはそんな大蛇の疑問と視線に気付かず、ただ呼吸を整えることだけに集中している。それも、大蛇が動けなくなるほどの強い圧力を全く気にせずに、平然としているように見える。

 プカプカと燃え尽きた魚たちが周囲に浮き始め、大きな渦が消えていく。そして、完全に水流が鎮まり最後の一匹がポチャッと音を立てて浮き上がってきたのを合図に、


「予想より手間取ったが、終わらせよう」と告げ、「『オリロート』」と詠唱する。


 ボワッ!と業炎が発生すると、水上を一直線にヘキサ・アナンタ目掛けて走り出す。

 必然、ぐったりと横たわり動けない大蛇はされるがまま火だるまにされ、おぞましい叫び声が戦場に響く。鱗が(ただ)れていく痛みを紛らわそうと動き回りたいのに動けない、そんな生き地獄が始まったのだ。


「このままだと焼け死ぬぞヘキサ・アナンタ。ここは、命懸けで自身を回復させないとだな?」


 火の化身となったそれの勢いはあっという間に落ち、叫ぶ余力も無いらしい。しかし、グランの言う通り早く再生をしなければ死を避けられない。

 今の大蛇は、崖を踏み外したところでギリギリ手を凹凸に引っ掛けることができたような絶体絶命な状態。

 大蛇の脳裏に、走馬灯のようにいくつもの考えが過ぎる。


「俺の『オリロート』の炎は " 消えない " という特徴を持つんだ。だからこの魔法はかき消されないし、いくらでも追加でお前に打ち込んでやることもできる。つまり、詰みだな」


 いつまでも周囲を照らし、燃え続ける様はまるで太陽だ。プロミネンスのように逆巻く炎が敵を(むしば)み続け、そしてついに、


 グルルゥゥシャアァァ_____ッ!!


 決死の咆哮が、再生の狼煙(のろし)が上げられた。

 パカパキパキ……という風に燃え盛る鱗が剥がれる音が響き、花火のように、赤い光が四方八方に散っていく。一切の火の粉も身体に残すことなく、消えることのない魔法の炎の地獄から抜け出したのだ。

 しかし、それで限界だった。これ以上何かをするだけのスタミナは尽きていて、今はただ、身体を圧迫し続ける見えない力に耐え続けることしかできない。

 故に、気付くのが遅れた。懐にいる男の存在に。

 ゴツゴツした鱗の凸部に手を掛けると、強引に腕の力だけで大蛇のアギト目の前まで飛び上がる。

 命の危機を感じたか、咄嗟に身を引いてグランの拳の射程から避けようとするも、動けない。


「だあああぁぁぁぁぁぁあああぁ!!」


 ガコンッ!と、強烈な一撃が鼻先に放たれる。しかも、グランの拳には『オリロート』で熱された灼熱の水滴が付着していた。


 ここでひとつ、豆知識だ。

 蛇の鼻孔周囲にはピット器官と呼ばれる、とても敏感に熱を感知できるとかいう窪みがあるのだ。

 そもそも蛇は変温動物であり、高温は苦手である。ということは、熱々の水滴が鼻孔付近に付着すればどうなるかは、もうお分かりだろうか。


 繊細に熱を感じ取れるからこそ、熱湯に過剰反応を示す。

 拳で一撃しただけでは倒せないかも、と考えたグランの策だった。

 ちなみにグランの腕にも熱湯が付着しているのだが、それはグランの魔法による副作用として認識される為、自身に害はない (ご都合主義と言われればそれまでかもしれないが) 。



 勝負は、ヘキサ・アナンタを気絶させることにより終焉を迎えた。




====================





 流石にあの巨大を拠点まで持ち帰ることはできないので、あらかじめグランは黒龍ラグラスロと合図を決めおいた。

 合図と言っても、魔法を空高くに打ち上げるというだけのものだが、それを認識したラグラスロが湖まで飛んでくることで生け捕りにしたことを確認するという手段だ。

 そして現在、拠点に戻り試練達成の報告を済ませているという状況である。



「随分と、苦戦したようであるな」


「俺も驚いてるよ。突然意味の分からん重力波みたいな現象が起きるし、意識は失うし、生け捕りにする方が生死の境いを彷徨(さまよ)った感あるな。でも、大蛇が気絶するとあの変な力も消えてくれてよかったよかった」


「ふむ、そうであるか。だが、これで試練は達成だな」


 黒龍ラグラスロが言うと、ドッと達成感が立ち込める。同時に疲弊もやったが、ひと段落したことによる安堵の方が大きい。

 ふと、安心しきっているグランを見て、黒龍は一瞬何かを懸念するかのように目を閉じ、


「試練達成に喜んでいるところ悪いが、これはあくまでも、帰還を目的として行動する為に、まず汝がどれだけやれるかを測るものでしかない。」


 グランを戒めるような声色で言った。


「従って、汝が慢心するには早計というものであるぞ。苦戦したと言うならなおさら、な」


 一瞬で、軽かった肩に超重量の岩でも投げられたかのような感覚に陥った。

 静寂が訪れる。

 時間にすればほんの数秒と言った短い間の静寂だったが、グランにとってはとても長いように感じられ、様々な思考が脳内を駆け巡った。

 試練の達成を迎え掛けられる言葉が、「早計」と来た。いや、その意見は至極真っ当な正論なのだ。

 ラグラスロからすれば、この試練は()()()()()。もとの居場所に帰るという目的を果たすための、ほんのオリエンテーションでしかない。


 だからこそ、グランの心に最も来ているのはそれだ。


 こんな最初の関門で少し(つまず)いて、あまつさえ、いつのまにかこの試練を、できたら凄いものとして捉えてしまっていたことに驚いているのだ。


「そうか、これは、俺の……自惚れだったってのか」


「うむ、その通りよな」


 黒龍は無慈悲にも追い討ちをかけるように言った。それはただの叱責か、或いは鼓舞するつもりなのか、その真偽は分からないが、何にせよラグラスロはこのまま正論を貫き通すらしい。


「そうだな。これが試練ってことは、これからはもっと難関な事ばかりが待ち受けてるってことだし……休憩するついでに頭冷やしに外ふらついてくる」


 グランは自分の非を認めた上で、黒龍の言葉の波から流れるように拠点の外へと足を運んだ。表情は陰っていてよく見えないが、しかし背中には悲壮感があった。

 それを見て黒龍が静かに頷いたのをグランは知らない。



 かくして、苦難の旅はようやく開幕した。


お読みいただきありがとうございます!

試練編がひと段落しました!

また次回もよろしくです!

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